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4話

「さて、火はどうするか……」


 無事迷宮から生きて出てきた。

 おまけにホーンラビットや謎の棒もゲットした。


 そんな訳で意気揚々と歩いてたんだけど、そういやどうやって食うんだと気付いたのかついさっきだ。


「あと包丁も欲しいよな。せめて毛皮くらい剥がさないと丸焼きにしても食いにくそうだし」


 考えれば考える程必要な物が出てくる。


 くそ、せめて平民に転生させろよ。

 ここまで何もないとかどうしろってんだ。


「はぁ〜……朝が来るなぁ」


 太陽が山からほんの少し顔を出して、空は紺とオレンジのコントラストを描いている。

 徹夜を強要されたせいで分かるが、ここから明るくまではあっという間だ。


 そうなると人も動くだろうし、その中には俺を殺した奴だっているかも知れない。

 焦る気持ちが膨らみ、手にじわりの汗が滲む。


「……どうする?隠れる場所、水、あとこの兎を最低限調理できる場所…」


 どこかの民家を訪ねてお願いするか?

 もしくは飲食店とかに持ち込んで捌いてもらうとか。

 ……いやダメだろうな。こんなスラムのガキに良くしてくれるイメージが湧かない。


「浮浪児って辛い……ん?」


 浮浪児といえば、こういう世界観なら孤児院があるんじゃないか?

 親のいない孤児の面倒を見る施設で、教会なんかが思い浮かぶ。


「どうせ行き場も思いつかないし……」


 それに賭けよう。腹減りすぎて思考も鈍くなってきたし。

 となれば人が増える前に行こう。

 暗くて確信はないけど、昨晩徘徊した時にそれっぽい建物は見たし、ひとまずそこに向かってみるか。


 それから兎片手に素足で走る。

 やはりチラホラと人が出てくるので、念のために隠れながら進む事体感15分くらい。


「おぉ、教会っぽい……」


 古びて汚れた外観だが、木製ながらも白く塗られた外壁に、尖った屋根にそっとそびえる十字架。

 敷地や庭というには狭く、おまけに雑草でろくに地面も見えないが、一応はりぼて程度の柵に囲われているスペースもある。


 ドキドキとうるさい心臓を深呼吸で落ち着かせ、そっと正面扉へと向かう。

 そして兎を左手に持ち替えてノックして、すぐに少し離れて右手を自由にさせておく。

 万が一の場合、すぐに謎の棒を出現させて武器にする為だ。


 そして待つ事数十秒。

 扉が蹴られたような音を立てて勢いよく開いた。


「ったく朝から誰だい?!つまらねぇ用事なら蹴り返してやるよ!」


 出てきたのは女性にしては背の高い、肩くらいまでの白髪をまとめもせずに乱雑に跳ねさせた老婆だった。

 服装こそいかにもシスターと分かる黒と白を基調としたゆったりした装いだが、片眉を跳ねさせて口の片方を尖らせる表情はまさにヤンキーの威嚇そのものだ。


「……野盗がシスターに成り代わってんのか?」


 割と真剣にそう思うが、老婆は俺の声が聞こえたらしく更に目を吊り上げた。もはや山姥といった顔である。


「ンだってぇクソガキ!もっぺん言ってみな、アンタを捌いて昼飯にしてやるよ!」


「……さては喋る魔物か?」


「よぉし良い度胸だねぇ……!あたしゃ歴とした星聖教会のシスターだよ!おら見な!あたしの名前が刻まれな十字架をさ!」


 鼻を鳴らして胸元の十字架を見せてくるシスターに思考が止まる。


 シスター、シスターか……。

 いや詐欺だろこれは。頼むぞ『どうかこの星に救いを』の製作陣よ。

 いや、ゲームに出てきたシスターや司教とかはまともな人も居た。単にこの老婆がやべぇだけだ。


 まぁスラムの一角にある教会だし、これくらいの人じゃないとやってられないのかも知れない。

 ……まぁ左遷されて配属されたのだろう。そう思えば可哀想に見えてきた。


「……うん、そうだな。ごめんな、貴女はシスターだよ」


「なんだい?気色悪いね。つぅかなんだいアンタ、その喋り方は。頭でも打ったかい?」


 微笑んでみせるとドン引きされた。

 

 するとふとシスターが俺の左手に視線を移す。


「なんだい、まさかホーンラビットを食うところを見せつけにでも来たのかい?ほんっとクソガキだね!」


「違います」


「け、けけ敬語ォ?!あんた本当にどうしたんだい?!ついに変なモン食って頭やっちまったか?!」


 普通の返事をしたら目を丸くしたシスターが駆け寄って頭を触ってきた。

 枯れ枝のように細く骨ばった手で頭をペタペタ触られ、最後には何やら手が光り始める。


「え、ちょっ、何だこれ?!」


「動くんじゃないよ!仕方ないから治癒魔術かけてやってんだ!」


 治癒魔術?あぁ、確かにあったな。

 星聖教会の者だけが使える設定で、ゲームだと主人公の仲間の『聖女』が使う奇跡の法。


 という事はマジでシスターなんだなこの老婆……。


 実際、落とし穴に落ちて痛む身体が楽になる感覚もある。思わぬラッキーだ。


「ありがとうございます。あの、治癒をして頂いて言うのも何ですが、実はひとつお願いがありまして」


「あぁダメだ!治っちゃいない!この悪童が貴族みたいな敬語を話すなんて!」


 あー、今更気付いた。

 なるほど、このシスターは転生する前のニクスを知ってたんだな。

 そしてニクスはかなりのクソガキだったんだろう。まぁスラムに住む子供が礼儀なんて知るはずもないだろうしな。


 となると、それっぽく話した方が早そうだ。

 今はさっさと飯にありつきたいし、俺を殺した奴に見つかるのは怖い。


「……るっせぇな。いいから話を聞けよ」


 ……さてどうだ?


「おっ、やっとまともになっなかい?ったくビビらせやがって!この歳になってこんなに驚く事があるとは思わなかったよ!変なイタズラの仕方覚えやがって!」


 セーフ!

 こんな感じでいけばいいか。さすがに良い歳してご年配の女性相手にこの口調は抵抗があるけど。


「はぁ、いいから話を聞けっての。この兎を食いてぇから、火と包丁貸してくれよ」


「あン?なんだいアンタ、いつもはそのまま齧りついてたくせに。やぁっとまともな食べ方に目覚めたのかい」


 ……は?

 おいおいマジかよ。

 え、ニクスこれまで生肉食ってたの?正気かこいつ?


「……ま、まぁな。腹壊したから、今度から食い方変えようと思ってよ」


「ふん、それでここに来たってのかい。ずっと意地はって近寄らなかったのにねぇ」


 あー……なんとなくニクスとシスターの関係が見えてきたな。


 多分シスターはニクスを心配してたんだ。

 それなのにニクスが意地になって単独行動を続けていた。調理せず生肉を食ってでもだ。なんせ超個人主義のツンデレだもんな。

 

 その証拠に、シスターは治癒魔術だったり言葉の端々に心配する気持ちが滲んでいる。

 口調は悪いが、このシスターは良い人なんだろう。


「……まぁ色々考えることがあってな」


「ふぅん、アンタがねぇ……どうせロクでもない事だろうに。まぁいいさ、それ持って入りな!言っとくけど他のガキ共にも分けるからね!」


 まぁ他にも子供はいるよな。

 調理の代わりに分けろ、か。まぁ生肉を食う度胸はないし、食えないより多少減ってでも食べれる方が良い。


「分かってるよ。さっさと台所貸しやがれ」


「はぁ〜?誰がアンタなんかに台所任せるかってんだよ!大人しく座ってなクソガキ!」


 お、おぉう。どうやら捌いてくれるらしい。

 まぁそう言ってくれるなら任せよう。魚はともかく兎を捌いたことはないし。


「あっそ。ほら」


「ふん!……なぁんか素直で気持ち悪いねぇ」


 まだダメか!これ以上のクソガキムーブはしんどいんだけど。


「るっせぇ、さっさと飯よこせ!」


「はいはい、分かってるよ!あとアンタ、他のガキが起きるから静かにしてな!」


 口調とは裏腹に安心したような顔を見せるシスター。

 生意気な態度の方が安心されるってのも妙な気分だな。あとシスター、貴方の方が声デカいです。


「だったらさっさと作れよ。ガキ共が起きるぞ」


「ったく口の減らないガキだね!」


 そう吐き捨ててシスターはずんずん教会の中へと戻っていった。

 俺も恐る恐る後に続く。

 

 教会は入ってみると外観よりは綺麗だった。

 と言ってもあくまで掃除が行き届いているという意味であり、経年劣化はかなりのものだ。

 外が明るくなってきたから分かるが、隙間も出来ていて何箇所か壁から細い光が差し込んでいる。恐らく冬あたりはかなり寒いだろう。


 広さはそれほどなく、学校の教室くらいのスペースだ。

 椅子が三列左右に並び、突き当たりの中央には壇があり、壁には球体を天使の翼が左右から包むような彫刻が施されいる。

 この絵が星聖教会のシンボルマークだ。


 そして左右の奥側の壁には扉があり、シスターは右奥の壁から奥へと消えていった。

 間取りから考えて左側の扉は外に出る事になるだろうし、中庭でもあるのかも知れない。


 ここで待つにも人が来たら困るし、仕方なくシスターを追って右奥の扉へ進む。

 扉の先には廊下があった。奥に伸びる廊下の突き当たりに扉があり、その途中に三つの扉が並んでいる。

 俺が廊下に入ったタイミングで突き当たりの扉がしまるのが見えたし、シスターはそこにいるのだろう。


 音を立てないように追い、突き当たりの扉を開く。

 そこには棚や竈門、水が入った大きな桶などが置いてある狭いスペースがあり、そこでシスターが手慣れな動きで兎を裁き始めていた。


「なんだい、調理場までついてきて。勝手に置いてるもん食うんじゃないよ」


 そうは言うが、数種類の調味料や小麦粉くらいしか見当たらない。野菜らしきものもあるが、茶色の人参みたいな見た目で、とても食べようという気にはなれない。


「食うもんねぇだろ」


「やっかましいね、暇なら手伝いな」


 音量が控えめでも口の悪いシスターだが、まぁ手伝いはアリだ。捌き方知りたいし。


「しゃあねぇな。婆さん遅いし、手伝ってやるよ」


「………。そうかい。じゃあほら、そこの桶から水持って横に立ってな。指示したら水で血を流すんだよ」


 へいへい、と答えながら大きな水桶の横に掛けてある小さな桶で水を掬ってシスターの横に立つ。

 迷いなく包丁を入れ、皮を剥ぐ手際は実に見事だ。

 横から観察する事しばし、内臓を取り外したシスターが指示を出したので水をかける。血が流れていき、残った内臓をまた台の上へ。

 そこから更に内臓を切り分けていく。食える部位と捨てる部位を分けているらしい。


 内臓をより分けて水で血を洗い流すと、次は本体の肉に着手。

 ……めっちゃ速い。職人かって手際でサクサク胴体から四肢を切り外し、スルスルと包丁を入れて骨を取り出していく。

 あっという間に肉の塊にしたシスターは、俺に鍋に水を入れて火にかけるよう指示。


 その間に、ザクザクと大雑把に肉を切って一口大にしたシスターは、まだ煮えてない鍋に先程外した骨を放り込む。


「あんまり時間はかけれないけど、これでちっとは出汁が出るんだよ」


「へぇ、手慣れてんだな」


「そりゃこんだけ生きてりゃ色々できるし、知ってるもんさ。……例えばアンタのその右手首の紋様とかもね」


 ぼーっとシスターの手元や鍋を見ていた俺は、その言葉で弾けるようにシスターの顔を見る。

 シスターは感情の見えない静かな視線で俺を観察するように見ていた。


 その視線に気圧される。

 この紋様や武器がバレていいのか判断がつかない。

 とりあえず一応言い訳をしようかと頭を回転させた瞬間。


「それにアンタ……ニクスじゃないね?転生者かい?」


「ッッ……!」


 今度こそ、思考が止まった。


「……やっぱりかい。ったく………そうかい、あのクソガキは死んじまったんだね」


「………」


 悲しげな顔をするシスターに、言葉が出ない。

 突然の展開への驚愕や混乱。悲しげな彼女へかける言葉が分からない。それらが合わさり、口を開いても言葉が出てこないのだ。


「……いや、アンタに言うのは残酷だったよ、すまないね」


「……いや、その…」


「気にしないでいいよ。わざと乗り移った訳じゃないんだろう?」


「まぁ、はい……昨日急に」


 口調も戻すと、シスターは山姥の如き気迫はどこへやら、優しくも儚く、正しく重ねた歳を思わせる皺を深めて微笑む。


「だろうね。極稀にあるのさ。死にかけた人間が起きたら別人のようになったり、死んだ人が生き返ったら他人みたいになったりね」


 どうやら転生者は過去それなりにいたらしい。

 こんなスラムのシスターが知ってるくらいだし、結構当たり前の話なんだろうか?


「その……それは常識の範疇ですか?」


「いいや、国でも極一部の者しか知らないよ。特に転生者って言葉はね。だからアンタも言いふらしたりすんじゃないよ。ニクスとして生きな」


「? じゃあなんでシスターは転生者をご存知で?」


「言ったろ?この歳まで生きると色々あるんだよ」


 鼻を鳴らして濁されてしまった。

 まぁぶっ飛んでるシスターの老婆だし、想像がつかないような事が過去あっても納得しそうだ。


「アンタにはニクスの言動を教えといてやるからちゃんと真似するんだね。それとこっちの知識も教えてやるよ」


「い、いいんですか?!その、ありがとうございます」


「いいよ、それくらい大した手間でもない。……しっかしニクスがその口調だと気持ち悪いねぇ」


 そう悪態をつくシスターは、しかしケラケラ笑っていた。


「ただ代わりにアンタの知ってる事や話なんかを言える範囲で教えておくれよ。転生者の話はなかなか面白いからねぇ」


「分かりました。俺としても擦り合わせたい知識もあるので、むしろ助かります」


「はっはっは!そうかい、じゃあ遠慮なく。それと、少しだけそのまま動かずにいておくれ」


 そう言ったシスターは俺の返事を待たずに俺の手から小さな桶をとって台に置き、そのまま俺の前に膝をついて手を組んだ。

 ……祈りのポーズだ。


 口を挟む間もない程に滑らかで淀みのない動きに目を丸くする。

 口の悪いシスターだが、その何千何万も繰り返したであろう動きや厳かな気配は誰が見ても敬虔なシスターでしかない。


「ずっと歯を食いしばって生きてきたね、ニクス。疲れただろうさ、どうか無事星に還ってゆっくり休みな」


 その言葉は確実に正式な文言ではない。

 でも、格式ばった祝詞より、きっとニクスには届いただろうと思えた。

 

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