2話
頼りない火が灯るも、明るさの足りず仄暗い空間。
壁や天井、床は歴史を感じさせる古びて薄汚れた灰色の石材で出来ており、ひんやりとした冷たさが素足の足の裏に伝わる。
そのせいか肌寒さを覚える部屋らしき空間を見渡すと、壁には扉のない出入口が二つ。
それらは侵入者を食わんと口を開く石の怪物かのように見えてしまい、背筋に冷たいものが走る。
これが迷宮。
迷宮を荒らす侵入者を喰らう魔物が跋扈する、人類の敵対者の住処。
しかし、しかしそれよりもだ。
「ニクス………ニクスかぁ……」
この身体の正体に血の気が引いて仕方ない。
そういやニクスの容姿は確かに白髪に赤い瞳だよ。
「使い捨てキャラとか最悪すぎるだろ……」
ニクス。浮浪児で孤児という経歴から姓はない。
主人公の仲間……ではなく、かといって敵でもない。
ゲーム「どうかこの星に救いを」ではサブクエストをクリアする事でニクスとの縁が生まれる。
その縁とは『セレスティア』というキャラを通じて生まれるのだが、詳細は省く。
とにかくそのセレスティアが生きているという条件をクリアした状態なら、強制ゲームオーバーである『魔物の大氾濫』が起きても一度なかった事にしてくれるのだ。
「くそ、転生責任者め。そりゃニクスが死んだなら確かに生き返らせるだろうよ……」
キャラの蘇生とは違い、ゲーム進行そのものの救済措置であり、プレイヤーとしては必須のサブクエストとして攻略サイトも推奨していた。
俺も何回かニクスにはお世話になっており、非常に便利なキャラだと思ったものだ。
なんせ俺が攻略サイトを開く事になったゲームで行き詰まった場面。
それを解消したのがニクスだったのだから。
余程上手く立ち回らないと同時に二つの迷宮が氾濫を起こす場面があった。
俺ではどう足掻いても片方しか鎮静させられず、片方が氾濫して強制ゲームオーバーになっていた。
しかし攻略サイトに従ってニクスのサブクエストをこなす事で解決した訳だ。
「……考えてみたら可哀想なヤツだよな」
『◯◯で発生したスタンピードは、ニクスが一人立ち向かう事で無事解決した』
『代償としてニクスは命を落とした。以後、キャラクター《ニクス》は使えません』
こんなたった二行のみでニクスの活躍は終わる。
映像や後日談的なイベントもなく、主人公達の会話に出てくる事すらない。
ただゲーム進行での救済措置として使い捨てられる、潤滑油でしかない1キャラクターなのだ。
……かく言う俺も記憶の端っこにある程度しか覚えていない。だから自分の顔を見ても思い出せなかったのだろう。
「餓死、魔物に殺される、ニクスを殺した誰かにまた殺される。加えて使い捨てられて殺される、か……死亡フラグが乱立しすぎて先が見えねぇよ」
なにせ無事クリアする為には死なないといけないのだ。
回避するには主人公達が余程上手く立ち回ってくれないといけないし、逃げれば人類が滅ぶからどのみち俺も死ぬ。つまり逃げられない。
こうも執拗に死亡フラグを立てられるといっそ笑えるわ。乾いた笑いしか出ないが。
「善人ぶってりゃ上手く生きれるキャラが良かったなぁ……」
それで死亡フラグ回避できるんだもんなぁ。
こちとら人類滅亡が天秤にかけられた死亡フラグだってのに。
俺は別に悪人じゃない。善人かは分からないが。ただ悪役令息とかにされて善人ムーブかますくらいの立ち回りくらい出来る。
しかしスタンピードを止める武力はない。
何度も言うけど平和大国の日本人なめんな。ケンカすらろくにした事ねぇよ。
「でもどう考えても強くならないとだよな……」
強くなって原作より良いポジションに着こう、なんて明るい話じゃない。
強くならないとスタンピードが起きても食い止められず人類が滅ぶし、強くなってもスタンピードで死ぬのだ。
……救済措置キャラ、本人に救いがなさすぎる。
……いや、スタンピードを止めた上で生き残れるくらい強くなればいいのか?
「そうか……『原作より強くなって良いポジションに着こう』ってのは間違いじゃないのか」
脳筋の極致みたいな思考だが、ひとつの打開策である事には変わりない。
問題があるとすれば、それが俺に出来るのかって話だけだ。
なにせ人類が滅ぶような脅威を一人で止めるんだぞ?頭おかしいんじゃない?俺じゃ想像すら出来ねぇわ。
ニクスが使えるようになるサブクエストでも、ニクスと一回戦うんだけど主人公達瞬殺されてたよ。
負けイベだもんね、超強かった。俺にあんなに強くなれってか?ブラック企業より無茶振りだろ。
「いっそ主人公達の仲間になるべきか……?」
前述の戦闘後、主人公が「その力を俺達に貸して欲しい!」と誘うんだよな。でもニクスは「テメェらとはつるまねぇ」と突き返すんだよ。
協調性がエグい程無い超個人主義なニクスだが、蓋を開けてみれば人知れずスタンピードを止めるというツンデレなんだよな。攻略サイトでも〝ツンデレニクス〟とか書かれてたっけ。
なら仲間になれば……いやダメか。別の場所でスタンピードが起きたら結局人類滅亡だ。
「……じゃあ俺も仲間を増やすとか?」
超個人主義のニクスは一人スタンピードに立ち向かったけど、それが複数人なら?
……あれ?アリだな。アリだろこれは!
そうだよ、俺が仮に本来のニクスくらい強くなれなくても、それ以上に仲間を増やせばいい。
スタンピードを生き残れる仲間を集めて、俺も生き残る。これだ!
人類滅亡の危機となる大厄災のスタンピードに立ち向かうような勇敢通り越して無謀な仲間……いるかな?
しかも行き残れるくらい強いキャラでないといけない。
うーん、条件絞り込みすぎて中身全部飛び出してない?選択肢残るのかコレ?
「……いや、いるよ。いるいる、きっといる。地道に探していこう」
自分でも全く自信はないが、この身体の年齢的に時間の猶予はある。
ゲームで出てきたニクスは年齢こそ分からないけど青年の姿だ。二次元相手だから確信はないけど20歳いかないくらいに見えた。
俺の身体が10歳いかないくらいっぽいし、ざっと10年の猶予がある……はず。
それだけ時間があれば、スタンピードに挑んで生き残るような命知らずの超人も見つかる。きっと。
「よし、急拵えな方針だけど、とりあえずこれで行こう」
強くなる事。
仲間を探す事。
……とまぁその前に、まず生き残る事を考えないとな。
10年後の死亡フラグも大切だが、目の前にも死亡フラグは立ってる訳だし。
「迷宮かぁ。どうか危険値10以下であってくれ……」
明らかに貧弱な俺の細腕じゃ初心者ダンジョン以外クリア出来ない。
そこらへんに徘徊する魔物がゴブリンかスライムなら希望はあるんだけど……
「ブモォ……」
「ボアが出るかぁ〜」
迷宮さんは期待には応えてくれないらしく、通路からのっそりと現れたのは体高1メートルちょいの地球のそれより一回り程大きい猪。
ゲームではボア種と分類されてたっけ。地球みたくウシ目イノシシ科とかの分類じゃない。うんどうでもいいね。
さて現実逃避はここまで。
「ブモォオオ!!」
「逃げろッ!」
突っ込んでくるボアに直角の方向に全力ダッシュ。
どうか猪らしく方向転換が下手であってくれ!と角度をつけた方向に走ると、やっと俺の祈りが届いたらしくボアは走る俺に角度調整が追いついていない。
期待を裏切られ続けたが、やっと応えてくれたらしい。
とはいえその場しのぎには変わりない。走る速度の差が大きすぎる。
俺はボアが入ってきた出入口に弧を描くように走り、そのまま通路の奥へと駆け抜ける。
「……あぁっ?!」
そして気付く。迷宮から出れば良かったという事に。
「っ、引き返……せねぇかぁ!」
思わず振り返ると、すでにボアがこちらへと方向転換して走り出していた。
そのボアの奥には、この迷宮に来た時に触れた黒い鏡のような形状の『迷宮の顎』がある。
「くっそッ!最悪のミスだ!」
うっかりなんて可愛い言葉で済ませられない大失態だよ俺のボケ!ボアを見て慌ててしまい、脱出の事が抜け落ちてしまった!
くそっ、照明が弱くて遠くまでよく見えないのが腹立たしい。
今にも前から魔物が出てきそうで怖い、けど止まれば確実に後ろのボアにやられる。
狭い通路じゃ回避も出来ねぇ。走るしかない!
「ッ、分かれ道か!」
直進と左右の三方向。
直進は即却下。少しでも猪突猛進なボアにブレーキを踏ませるには曲がる必要がある。
左か、右か……!
「くそッ、頼む転生責任者!どちらにしようかなてんのかみさまのいうとおりィッ!」
走りながら超早口に運任せの詠唱を唱えて方向を委ねる。結果、天の神は左をお選びになられた。
「ブモォオオッ!」
「っくぉああっ!」
すぐ後ろまで迫り飛びかかるボアをベッドスライディングで回避しながら左の通路に身を投げる。
足先にペシッとボアの体毛が掠ってドッと冷や汗が浮かぶが、ギリッギリで回避出来た。
「っぶねぇ、急げ俺ェ!」
ドスドスと重い足音がブレーキをかけて遅くなるのが聞こえる。勢い余って走り抜けたが、すぐに戻ってきて俺を追うだろう。
距離をとる為すぐ立ち上がって走り出す。
しかしすでにしんどい……!息が上がり、足が重くなってきた。このままではジリ貧だ。
「はぁ、はぁっ!か、隠れる所は……っ!」
ねぇなぁ!シンプルな四角形で囲まれた通路は遮蔽物のひとつすらない。
どうにか迂回して戻りたいが、そう都合よくいくとは思えない。
「ブモォオオ!」
「速ぇなクソがッ!」
ボアもすでに後ろから迫ってきてやがる。
前を見て目を皿にしても分かれ道すらない。
やばい、死ぬ。
そう考えて、そして自覚する。
え、死ぬの?もう?
転生して一日も経ってないのに?
「っぅおッ?!」
そう思った瞬間、足を踏み外した。
え、踏み外した?ただの石の床で?
そう考える時には浮遊感が襲いかかっており、反射的に足元を見ると。
「落とし穴ッ……!」
迷宮にはトラップが存在する。
知ってたはずなのに、ボアに追われる恐怖で抜け落ちていた。
真っ暗な空間に飲み込まれるように、俺は穴へと力無く落ちていった。