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11話

 クラウスと会ってから2週間が経った。

 あと少しで俺が転生して1ヶ月になろうかという今日、俺はシスターに呼び出された。


「なんだよ?肉はまだあるだろ?」


「違うよ、バカタレ。アンタ、上級魔法を刻む気はあるかい?」


 客室で向かい合って開口一番のセリフに驚き目を丸くする。


「……いや待て、初級で指だけ、中級で一気に手の全体まで増えたよな。上級ってどんくらいの範囲に文字刻むんだよ」


「体に刻めば体半分全部使うだろうねぇ」


「却下ァ!二つ刻めば耳無し芳一ってか!嫌だわアホか!」


「バカだね、目だよ目、前にも言ったじゃないかい」


 呆れたように溜息をついて首を振るシスターにイラッとするが、確かに聞いたな。でもそれは。


「いや失明しても成功と言い張る施術はちょっと……」


「まぁそう慌てるんじゃないよ、あたしがそんなミスすると思うかい?」


 くつくつ笑うシスターは、確かに危険な施術をすでに10も完璧にこなした実績がある。

 腕が確かなのは間違いない。


「でもなぁ、目かぁ……」


「なんだい、ヒビってるのかい?上級となると初級とは比べ物にならない武器になるさね」


 まぁそうだろうけどさ。

 いやだって怖くない?前世でコンタクトやレーシング手術すら怖がる俺だぞ?


「それにこれが最後さね、いくらアンタでもこれ以上の魔刻紋は無理さ」


「……ちなみにどんな魔術がある?」


「ふ、そうさね」


 一応カタログは聞いておきたい。

 シスターが指を折りながら口にしていく魔術達は、確かにゲームでも愛用していたような強力なものが多かった。

 そしてその中の一つに、目を丸くする。


「……マジかシスター、そんな魔術も扱えるのかよ?」


「扱えはしないよ、ただ魔法陣は知ってるさね。あたしのとっておきさ」


 そうだろうよ。ゲームでも個人で扱う奴は裏ボスと最強魔術師だけの魔術だぞそれ。

 

「そんなのが使えるのか……?」


「アタシの授業を受けて魔術への理解は深まってるだろう?使いこなせるだろうさ」


 俺は魔刻紋を指に刻んでる頃から孤児院の子供達と一緒に授業を受け始めた。

 それなりに理解も深まり、自前でもそろそろひとつくらい魔術を発動させれそうなところまで来ている。


「刻むのに必要な魔石は十分溜まったしね。まぁ好きなだけ悩むがいいさ。欲しくなったら言いな」


 どさ、と大袋いっぱいに溜まった魔石を机に置きながらニィと笑うシスターに、俺はゆっくりと頷いた。





 そしてその日の夜。


 いつものように教会の少し外れに腰を下ろして夜空を眺めていた。

 薄汚いスラムだが、空は本当に綺麗なんだよ。天の川が二つ線を引いて、その周囲にも夜空を彩る星達が煌いている。


「……おい、てめぇ悪童じゃねぇか。やっぱりまだ生きてたんだな」


 ぼーっとしていると、知らない男の声が聞こえてきた。

 視線を向けると、やはり見覚えのない顔。しかし、その男の発言から推測出来るものはある。


(……ニクスを殺した男か)


 転生した切っ掛け。血溜まりに沈むニクスの衣服にあいた無数の刺し傷……こいつが、やったのか。


「へっ、まぁいいぜ。今度こそ殺してやるからよぉ」


「うるせぇ、返り討ちにしてやる」


 口が勝手に動いた。なのに不思議と違和感がない。

 湧き立つ怒りに従って腰を上げ、低い体勢でいつでも動けるように備える。


「はっ、悪童も所詮ガキなんだよ!この俺に勝てると思うなよ?」


 男は腰から2本の短剣を抜いて両手に構えた。舌なめずりして口が裂けるように嗤う男は、相対すると確かに強そうな威圧を感じる。


 あのニクスが勝てなかった相手だ。

 恐らく俺も勝てないだろう。


「はっはーッ!今度はバラバラに刻んでやるよォ!」


「ふっ!」


「ッ、魔術だとぉ?!」


 ただし、それは真っ向勝負ならの話だ。


 突っ込んできた男に向かってファイアボールを撃ち、その影に隠れて距離を詰める。

 男が慌てて横に回避したタイミングで飛び出し、左手を大きく振りかぶって跳ぶ。


「ハッ、焦ったが所詮ガキだな!そんなテレフォンパンチが当たるかよ!」


 即座に気持ちを切り替えた男は、飛びかかる俺に短剣を振り抜こうとして。


「っがッ?!」


 死角からカチ上げられた右手に持つ『天喰』によって動きが止まった。

 そりゃあね、あんなテレフォンパンチなんてブラフに決まってるだろ。

 振りかぶった左に注目していた男に、死角で出現させた『天喰』を不意打ち気味に食らわせた訳だ。


 顎をカチ上げた事で脳が揺れたのか、くらりと覚束ない足取りで一歩後ろによろめく男に追撃をかける。

 油断させる為に伏せていた身体強化を思い切り施して、両手で『天喰』を思い切り振りかぶってからフルパワーで振り下ろす。


「ぐびぅっ!」


 脳天を打ち抜いて地面に強かに叩きつける。

 男の頭はバウンドするくらい跳ね返り、更にその頭を横から蹴り払う。

 頭を打った際に既に気絶していたのか悲鳴はなかった。首がだらりと曲がった男はピクリとも動かない。


「……ふぅ、やっぱ魔刻紋強いな」


 魔術をより実戦的な機能に落とし込んだ魔刻紋は、すでに手放せない代物になっている。

 ニクスのような出鱈目で無茶苦茶な強さはないからね、俺。武器はあるだけあった方がいい。


 さて、せっかくだからと懐から金と、短剣2本をゲット。そりゃ資源を仕入れる方法もないスラムだからね、もらえる物はもらうよ。


「男は……そこらへんに捨てとくか」


 驚いた事に、ここ一ヶ月だけで数人の遺体を見ている。餓死や暴行によるものだったりと様々だが、要はこいつを転がしておいても騒ぎにすらならない環境だって事だ。

 まぁ最初こそ吐きもしたけどね。嫌でも慣れるというか、慣れないと、適応しないと死ぬ環境だし。

 さて、死んでるか生きてるかも分からない男だが、さっさと投げ捨てとくか。


 そう思った時、俺の耳にギリギリ届くような悲鳴が聞こえてきた。


「ッ、まさか!」


 男を放置して走る。すぐ近くだったのでほんの数秒で辿り着くと……生い茂る雑草ばかりの庭が荒らされ、教会から微かに声が漏れている。


「くそっ、さっきの男は囮か!」


 もしくは単純に別働隊か。いやそんな事はいい。

 身体強化を施して走る。その途中、上空にファイアボールを打ち上げておいた。来てくれるといいが。

 そして蹴破るように扉を開くと、聖堂でシスターが男6人と相対している。


「っ、シスター!」


「なんでこっちに来てんだいバカタレ!裏から回ってガキどもを守りな!」


 えー……助けようとしたら怒られたんだけど。

 とはいえこのシスターなら本当に六人相手でも勝ちそうだし……いやよく見たら既に何人か倒れてるわ。


 確かにセレスを殺されたら敗北には変わりないし、見たところ本当に余裕そうだし……ここはシスターの言う通りにしよう。


 ただし置き土産にウォーターバレットを男達にばら撒いておく。

 予備動作ゼロからの魔術に驚いた男達はほとんど全員ウォーターバレットをくらい、その隙を逃さないシスターが魔術と手に持ってる錫杖みたいな杖で更に何人か倒していた。


 それを横目に走り出し、裏口に回ると、そこには既に男が4人程扉あたりに集まっていた。

 そしてその男達と対峙しているのはーーディウスとカレンデュラ、メメリィだ。


「おらぁあー!」

「ファイアボール!」

「ウィンドブロー」


 ディウスが懸命に男達を食い止め、カレンデュラが仕留めようと魔術を撃ち、メメリィは二人のフォローで突風を使って戦況をコントロールしている。

 最近熱心に鍛えてからといって大人複数人相手に勝てる程ではないが、かなり頑張って粘っていた。


「やるなぁ」


 思わず感嘆しつつ、ウィンドカッターをばら撒く。

 完全な不意打ちが決まり、それだけて二人倒れた。


「何っ……あっ、ニクス!」


「気を抜くな!」


 俺を見て叫ぶカレンデュラに声を張りつつ、追加でさっき拾った(奪った)短剣を投げる。

 投擲術なんて持ってないので回転しながら飛んでく不恰好な形になったが、それでも男達は慌てたように跳んで距離をとった。


「追撃しろ!」


 体勢を崩したチャンスを逃さないよう指示すると、弾かれるようにディウスが走る。

 それに男達が顔を強張らせて迎え討とうとするが……甘いな、それこそがフェイクなんだよ。


 『気配遮断』『身体強化』。


 ディウスに気を取られている内に、最大加速で男達の背後に回り込み、ディウスの追撃をどうにか受け止めた男を背後から『天喰』で脳天フルスイング。


「げはァっ?!」


「何っ?!」


 驚くもう一人の男に素早くもう一本の短剣を投げつけ、今度は躱されすに直撃する。刃が立っていないので顔にガンッとぶつかる形になったが、それで十分。

 体勢を崩して目を閉じるという、隙だらけの男に『天喰』フルスイングが決まった。


「ふうっ……てめぇら無事か?」


 ぶっちゃけ心臓バクバクなのを隠して確認すると、三人は無言で頷いた。

 よく見れば体が震えていた。緊張や興奮、恐怖で強張っているのだろう。

 まぁね、俺も怖いから気持ちはよく分かる。手合わせとは比べ物にならない恐怖だもんね。


「おい、他のガキ共は無事か?セレスは?」


 しかしまずは状況確認だ。

 問いかけると、いまだ震える二人は口を開けないが、メメリィがすぐに返事を寄越した。


「無事。部屋にいるはず」


「はず、か」


 大丈夫だとは思いたいが、もし暗殺者的な潜入するような敵がいたら困る。俺みたいに『気配遮断』をするだけでかなりバレにくくなるし。


「とりあえず戻る。全員合流するぞ」


「うん」


 頷くメメリィはディウスとカレンデュラの背を撫でながら押して歩かせる。

 そして子供部屋に直通の扉を開けると、そこには残る子供が全員固まって布団代わりの布を被って震えていた。

 その中には、セレスもちゃんといる。


「……ふぅ、問題なしか」


 どうやら無事らしい。心配は杞憂だったようだ。思わず肩の力が抜ける。


「よし、メメ達はここでガキどもを守って待機だ。何かあったら大声で呼べ」


「ど、どこ行くのよ?」


 カレンデュラが震える声で聞いてくる。ディウスやメメリィも気になったのか、俺をじっと見ていた。


「婆さんのところに加勢に行く」


「……分かった」


 答えたのはメメリィだった。

 他の二人は不安そうな顔をしていたが、しかし何も言わない。

 一応納得したみたいだし、急いで行くか。


 そう思った時。


「ーーくぅううっ!」


「ッ、婆さんっ!」


 遠くからシスターの悲鳴が聞こえてきた。


 弾かれたように駆け出して廊下側に出ると、バッタリと男3人に鉢合わせた。


「ちっ」


 男三人と俺の四人全員が同時に舌打ちして距離をとる。

 しかしだ、ちんたらやってる暇なんかない。


「どけぇえ!」


 右手からウォーターバレット、左手からウィンドカッターを連発。

 魔力の運用を無視した乱発でとにかく物量攻めだ。廊下の隙間を埋め尽くす程の魔術に男達は回避できずに防御に回る。

 苦痛の声を漏らしつつ頑張って耐えていたが、ついに一人が力無く倒れ、さらに二人目。そのタイミングで魔術を止めて駆け出し、すでに満身創痍な三人目の男を『天喰』で殴り飛ばした。


 そのまま足を止めずにボロボロになった廊下を走り、聖堂への扉を蹴り開ける。


 そこには大柄の男が振り下ろしている剣を、片膝をついて錫杖で受け止めて耐えているシスターの姿があった。


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