10話
セレスと話してから10日が経った。
教会は何も変わらず平和だし、シスターは相変わらず人使いが荒いし、ディウスとカレンは突っかかってくる。
俺の指にはきっちり10本とも魔刻紋が刻まれており、最近は『天喰』に魔力を溜めながら10の魔術に慣れる訓練をしている。
「かかっこーいっ!」
「こっちのセリフだ」
その空いた時間に飽きもせず挑んでくるディウスに木の棒で相手をしているのだが……成長速度がヤバい。
さすが将来剣士の頂点の一角を担うだけある。
「食らいなさーいっ!」
「遅い」
カレンデュラはというと魔術の練習台代わりに俺を使うようになった。
シスターからは周りが壊れるからと攻撃魔術は禁止されていたらしいが、『天喰』が魔法でも壊せない事を知ってからはこうなった。
今日もまたカレンデュラが撃つ魔法を『天喰』でホームランして掻き消す。
「で、お前は何がしてぇんだよ」
「……観察かな」
逆にメメリィは怖いくらい静かだ。
ふと気付くと俺を見ていたりするので、割と本気でホラー感がある。
もっとも、シスターの授業で圧倒的に一番の成績を誇るメメリィだ。訳の分からない時間の使い方をしても余裕なんだろう。
「……ね、ね…お肉、ありがとぅ…」
「…………おう」
そしてなぜかセレスティアが話しかけてくるようになった。
こちとら若干罪悪感が拭いきれてないから、微妙に気まずいというのに。
それとセレスティアは最近シスターに分からないところを積極的に質問するようになったそうだ。おかげで最近は勉強が順調だと言ってたな。
そしてシスターはというと。
「はぁ、ったくいつ来るか分からないってのに気張りすぎだよ」
「逆にシスターはのんびりしすぎだろ」
襲撃の可能性を伝えたにも関わらず、一番変わりなく過ごしていた。
肝っ玉どうなってんだよこの婆さん。
「それよりだいぶ調子良さそうじゃないかい、ええ?」
「まぁおかげさまで。便利なもんもらったよ」
実は昨日、猪がいた迷宮も最奥まで踏破してきた。
最奥ボスはオークだった。しかもラッキーなことに、オークが持ってたでかい包丁みたいな大鉈をゲットした。
刀ではないけど、やっぱ斬撃武器は欲しかったからこれには思わずにっこり。
十指の魔術にも慣れてきたし、戦力強化は順調だ。
そんなある日、珍しいお客さんが教会へと訪ねてきた。
「前触れもなくすまない。どうしてもシスターマリエにお伝えしたい事があって足を運ばせてもらった」
そう告げる俺と同年代の少年が爽やかに微笑む。
柔らかな金髪と光を受けて輝く碧眼。顔立ちも非常に整っており、絵に描いたような王子様といった風貌だ。
つーかすごい今更だけだシスターの名前マリエって言うのか。微妙に似合わない。
「そいつはご苦労様だねぇ。それでなんだい?神童と騒がれている子がわざわざ一人お忍びで来るくらいだ。大層な話なんだろうね、ええ?クラウス・ヴァン・ウィトゥルム侯爵子息様」
シスターは態度変わらなすぎな。侯爵子息相手にもその口調なのかよ。
そしてーーまぁ、今回は見た時から分かってたけどさーーまた出てきたな、ゲームのキャラが。
クラウス・ヴァン・ウィトゥルム侯爵子息。
極めて優れた知能を持ち、幼少から神童と騒がれた天才だ。
その知性と血筋による魔力が合わさり魔術にも長けているだけでなく、貴族の嗜みとして剣技も高水準にこなす。
ゲームでは魔法剣士として出てくるのだが……立ち位置は中ボスだったりする。
とあるヒロインを攻略するルートの中ボスである。(ちなみに別のヒロインルートに進むとクエストで倒すサブクエストのボスとして出てくる)
俺は別ヒロインをメインに使ってたのでクラウスはサブクエストで倒したのだが、えらく強かったので記憶に残っている。
しかしクラウスがねぇ。こいつはシスター関係を匂わせる懐古のセリフとかも言ってないし、シスターとの関わりも深くないとは思うけど……訪れたのはたまたまか?
話の内容は気になるので扉の前にへばりついて『気配遮断』しつつ『感覚強化』で聴覚強化して盗聴しますか。
「ええまぁ。実は不確定ながら危険な情報がありまして」
「へぇ、うちの子の一人が狙われてるって話かい?王位継承権にゃ関わるつもりなんてないのにねぇ」
「……!」
息を呑む音がした。クラウスが驚いてるらしい。
セレスティアが狙われてるって情報を掴んでここに来たのか。……ゲームの腹黒な黒幕的立場と違って良い奴じゃない?
「……よくご存知で。さすがです」
「まぁあたしが掴んだんじゃないけどねぇ。最近出入りしてるクソガキから聞いたのさ」
「まさか……悪童ニクスですか?」
再び驚く気配のクラウスにシスターは愉快そうに笑う。
俺の情報も掴んでるのかよ……。
「はっはっは!神童を驚かせるとはねぇ、スラムの悪童も捨てたもんじゃないだろう?」
「そう、ですね。驚かされましたよ、こんな環境でどうやって情報を掴んだか見当もつきません」
そりゃね。ゲームから逆算したなんて分かる方がおかしいって。
「で、それを伝えてどうするってんだい?まさか侯爵家から兵を出してくれるって訳でもないだろうに」
「ええ、残念ながらそれは出来ませんでした。父上もセレスティア様を狙う派閥の一人でして、今日僕がここに来るのも少々無茶をしたくらいです」
「そうかい、気を遣わせてすまないね。礼を言うよ」
「いえ、お気になさらず。……それより、対策は打たれているのですか?」
だよな?これだけ知ってて余裕もあるんだからそう思うよな。俺も疑問だったんだよ、あの婆さん何も変わった感じがしないからさ。
「あぁ、もうとっくに打ってるさね」
「おぉ、さすがです!その策、差し支えなければ聞かせてもらえませんか?父上に漏れるのが心配でしたら神聖魔術による契約を交わしますので」
あーあったね。神の名の下による契約、だっけ。破ったらエグいペナルティがあるやつ。
しかしクラウス、急にテンション上がったな。
ゲームでも「知識は偉大だ」とか事ある毎に言ってた知識欲の塊だったし、単なる好奇心かもだが。
「あぁ構わないよ。そもそももうバレてるから契約も必要ないさね。対策ってのはニクスの事さね」
「はい?」
はぁ?
「はっはっは!神童が絶句する顔はなかなか面白いじゃないかい!」
固まるクラウスと俺。
いやいや婆さん、それ対策とは言わねぇから。マジかよのんびりしてると思ったらノープランだよこの婆さん!
「そ、それは……いえ、それほどの者なのですか、悪童ニクスは」
「さぁねぇ。まぁ面白いガキなのな間違いないさね、アンタも一度話してみたらどうだい?」
「……ふ、ふふふ……ええ、ええ是非とも」
うわぁ、なんか楽しそうに笑ってやがる。
こいつこんなキャラなの?もっとクールで裏から操る黒幕系だったろ。
なんでそんな好奇心任せに駆け回る研究者みたいな雰囲気出してるんだ?怖いって。
「今日はありがとうね」
「いえこちらこそ。思わぬ楽しい話が聞けました」
よーし逃げるか。
「いたっ!いつまで逃げる気だ、不敬だぞ!」
「うるせぇな!だったらこんなガキ無視して帰ればいいだろうが!」
「話を聞いたら帰るさ!さぁ早く答えるんだ、君はどうやって例の情報に辿り着いた?!その対策はどうしている?!まさかすでに手を打っているのか?さぁ、さぁ答えるんだ!」
「こ、怖ぇええ!なんだこいつ斬新な変態じゃねぇか!」
神童舐めてました!
隠れても見つけるし、走っても撒ききれない。厄介すぎるだろこの変態!
「くっ、速いじゃないか!仕方ない、本気を出すか」
「出すなバカ!あーくそッ、絶対撒いてやる」
同時に『身体強化』発動。
格段に速くなる鬼ごっこだが、しかし速度の差は変わらない。
これは持久戦になる、と思ったその時。
「……わっ…!」
「っ!」
いきなり目の前に出てきたセレスティア。
「しまっ……!」
クラウスに集中しすぎて気付かなかった!
大慌てでセレスティアを抱き上げながら体を捻り、出来るだけ負荷がかからないように勢いを分散させる。
ひらりと回転しながら着地、地面を滑るようにして速度を殺した。
「……びっくり…!」
「俺もだよ……」
「僕もだね」
……まぁ当然追いつかれるよな。
セリスを抱える俺の隣に立って、がっちり肩を掴むクラウスに溜息をこぼした。
「さて聞かせてくれたまえ。何、時間は気にしないでいい。家の者を丸め込むくらい容易いからね」
「ちゃんと怒られとけ」
はっはっはと爽快に笑うイケメンにイラッとする。
こいつこんな愉快で面倒なキャラだったのかよ……。
けど、こいつは上手くすれば使えるのでは?
ゲームでも単なる腹黒ではなく、敵味方の区別が激しいタイプだったし。
よし、こうなったら路線変更だ。
「それにまさか同年代で僕が追いつけない速度を持つ者がいるとはね。これでも天才と言われてるんだけどね」
「知ってるっての。神童クラウス、天才的頭脳で謀略や暗躍までこなす魔法剣士。あんまり婚約者に夢中になりすぎるなよ?」
「……へぇ。本当に不思議だよ、一体何者なのかな君は」
食いついた。
さて、あとは釣れるかどうかだな。
「他にもいくつかお前が興味を持ちそうな話は知ってる。ただし、話すには二つ条件がある」
「ほう、なんだい?」
「ひとつは俺の正体は他言しない事。もうひとつはシスターとセレスティアを守る手伝いをする事。どうだ?」
「乗ろう」
……即答かよ、流石に驚いた。
「契約しても構わないよ。二つ目に関しては出来る限りになるけど、一つ目は命を懸けても守ると誓おうじゃないか」
さて、どうするか………よし決めた。
「契約はいらねぇ。お前の好奇心と高潔さに賭けてやる。もし破れば殺すだけだ」
「ふ、そうかい」
敵味方の区別が激しいとは、つまり仲間への思いやりも強いという事。結構ファンもいたし、敵として見なければ悪くないヤツなんだよな。
「じゃあ言うが、俺は前世の記憶がある。そしてこの世界の約10年後を断片的に知っているんだ」
目を丸くするクラウスが、震える口で呟く。
「……まさか……転生者、なのか…?」
「その呼び方は知ってたか」
遠回しに肯定すると、クラウスはそれはもう嬉しそうに溶けたような笑顔になった。
「ふは、ははははっ!素晴らしいよ、まさか転生者と話せるだなんて!はははっ、今日は実に良い日だ、屋敷を抜け出した甲斐があった!」
ちょっとやばい感じに笑うクラウスにドン引きしてると、天を仰いで笑っていたクラウスがぐりんと顔を戻してきた。怖えよ。
「それで、10年後の知識とはどのようなものだい?!」
「あー……そこからは流石に全て話せないんだがな。セレスティアが第三王女になり、王位継承争いから距離を置きつつ民に寄り添った施策や法案を作る事。それとお前が婚約者のリルに執着しすぎて暗躍する話なら出来るな」
「十分さ!ははっ、そうか、僕はリル嬢にそれほど熱中するんだね!今の所興味ないのに不思議な話じゃないか!」
「あー、あの人天才的な猫かぶりだからな。それにお前が気付いてから本性を知りたがるんだけど、なかなか見えてこないってんで段々ハマってくんだよ」
「へぇ、へぇ!実に面白いよ!そうなのか、確かに気付かなかったよ!」
それからしばらくハイテンションなクラウスを落ち着かせるように話をしていくと、ようやく落ち着いたらしい彼はふぅと溜息をついて空を見上げた。
「セレスティア様はご存命の未来がある。それなのに君は僕に守るよう交換条件を出した。………襲撃で亡くなるのは、シスターマリエかい?」
「ま、気付くよな。そうだ、聞いて驚け。なんとシスターが死ぬ事で魔王軍幹部が生まれたり、小国くらいなら裏から牛耳る商会が出来たり、金次第では騎士団長でも斬り伏せるイカれた剣士が育ったりする。そして全員が全員国に対して良い思いを抱いてない」
「はははっ……えー……それは不味いね」
「あぁ、不味いんだよ」
ストーリーは好きだったし、別に改変したい訳でもない。
ただ、それを捻じ曲げてでも世話になった婆さんくらいは守りたいんだ。
だから、そのためには。
「だから気にかけておいてくれねぇか?襲撃があった際は空に魔術を飛ばして合図をする。もし来れるなら援軍として来てくれ」
「ふ、任せたまえ。今日の鬼ごっこよりも速くなって、すぐに参戦してみせるとも」
ふ、とキザに笑うクラウスは自信に満ちた顔をしている。まぁ大丈夫だろう、〝クラウス〟は懐に入れた者は裏切らないしな。
「それじゃあニクス、何度も来ると怪しまれるからね。次会えるのは下手をすれば襲撃当日かも知れないが……その時はよろしく」
「……あぁ、こちらこそよろしく頼む」
握手を交わし、それからようやくクラウスは帰っていった。
もうすでに日が沈みかけている。
クラウスはぜひ家の者に怒られて欲しい。




