1話
何歳だったか覚えてない。
友人の顔も思い出せない。
両親すらも思い描けない。
それなのに異様なまでに思い出せる記憶がある。
鮮明に、詳細に、まるで記憶容量の大半をそこに注ぎ込んだかのように思い出せる。
それが「どうかこの星に救いを」というゲームの内容だ。
親や友達の顔よりゲームて。
偏りすぎてる記憶に溜息をつきたい。酷い情報操作もあったもんだ。
しかしながら転生させられた理由こそがこのゲームなんだから仕方ないといえば仕方ないのかもだけど。
かろうじて覚えている記憶を覗いてみる。
あれは法律のおかげで消化しないといけなくなった有給休暇をまとめて使った連休のこと。
黒い企業勤務だから趣味や家の事をする時間もなく、長く放置してた掃除やら買い物をして、時間の合う友達もいないので残る時間をゲームに注ぎ込んだ。
好きなメーカーのビールとお気に入りのつまみであるカツオのたたきに舌鼓を打ちながら、流行りだというゲームを堪能した。
これがなかなかのボリュームで、メイン画面には「ストーリー」「ヒロインとの逢瀬」「クエスト」の三つの選択肢が表示されている仕様だった。
一つ目の「ストーリー」はタイトル通り星を救う為の旅を進めるRPGとしてメインストーリーを進めるもの。
とんで三つ目の「クエスト」はストーリーで発生したサブクエストをこなしたり、ストーリーでクリアしたクエストを再度楽しむ事が出来るもの。
そして二つ目の「ヒロインとの逢瀬」がメインストーリーが進む事で随時発生するヒロインとの好感度を上げる為のイベントをこなす為のものだ。
つまりRPGを主軸に恋愛シミュレーションを合体させたゲームである。
RPGの内容は雑にまとめたらダンジョン攻略して『魔物の大氾濫』を起こさないようにしながらラスボスを倒すというもの。ちなみにスタンピードが起きたら強制ゲームオーバーだ。
恋愛シミュレーションの方は必須ではないけど、ノータッチでのゲームクリアは一流の廃人でもない限り不可能だと思う。
というのも、僕もどっぷりRPGパートをやりこんで恋愛シミュレーションを放置してたら途中で行き詰まった。
そこから恋愛パートもこなしたけど、かなり楽に進めれるようになったんだよね。主人公の誑しぶりが凄いのなんの。
それでも1週間の有給休暇の半分あたりで攻略サイトを開く事になった。1箇所どうしても詰まるところがあってさ。
でもその難所をクリアしてからは割と早かった。
あとはのんびり可愛いらしいヒロインと共に星を救ってやったよ。攻略サイトしゅんごい。
と言っても、それはラスボスを倒すところまでだ。
いやラスボスを倒したならクリアだろ、と思うだろう。
僕もそうだと自分を騙したかったし、そうあるべきだろと思った。
けどしっかりと裏ボスも用意されており、その難易度が「クリアさせる気ある?」と製作陣に胸ぐら掴んでお伺いしたいレベルだったんだよ。
ラスボスと裏ボスを分けたのも、裏ボス討伐を諦める人が自分を騙せる余地を用意する為だとしか思えない程に。
しかしだ。
有給休暇も数日余っていた事、僕の性格が割と凝り性な事、そして「クエスト」欄のおかげで初めからやらなくても取りこぼしを消化できる救済措置があった事。
これらもあって僕はチート級の裏ボスをぶちのめす覚悟を決めて、そして無事有給休暇の内に勝利をおさめてやった。
仕事での重みのある達成感とは違って、趣味における達成感は思わず「よっしゃ」と声が出るような湧き上がる充足感があったっけ。
振り返れば何をゲームに1週間ぶち込んでんだとぼやいたりはしたが、実際はたまにはこんな休暇もアリだな、と思ったり。
そう思える程度には楽しめたゲームだったし、シンプルでストレスの少ない(裏ボス以外)割にボリュームがあるもんだから流行るのも分かると思えた。
ヒロイン達との絡みも後回しにしたのが勿体なかったと思える程楽しめたし、素直に可愛かった。
手をつけれていない部分は恋愛シミュレーションである「ヒロインとの逢瀬」での個別ルート攻略だけだが、時間があればぜひやりたいと思う。
とはいえそれなりの黒さを誇る企業に勤めてるし、時間もそうとれない。だから配信動画とかで少しずつ見ていった。
そんな仕事漬けのとある日、僕は死んだ。
過労や睡眠不足とかの体調管理不足や、トラックや通り魔なんかの外的要因でもなく、流行りのウイルスによる唐突な病死だった。
今更だがあの頃の僕に言いたい。油断するな、と。
「で、僕に星を救う手伝いをしろってか」
気付けば仰向けに寝転んでた僕の視界には、記憶にある月の横に、ゲームでしか見なかった黒い月が並んでいる。
体を起こして気付いたが、どうやら真っ赤な血溜まりに寝ていたらしい。開幕バイオレンスにびっくりだよ。
生温い血で濡れて気持ち悪さを覚えつつ、自分の体を見下ろす。
真っ赤に染まって穴だらけの服は、いかにも刺し殺されたといった有り様だ。
血溜まりも僕から流れ出たものなんだと思う。
「でも無傷……転生した時に治ったって感じかな?」
それくらいしか思いつかない惨状と、それに反して健康そうな身体。
改めて見上げれば、やはり「どうかこの星に救いを」で何度も見た普通の月と並ぶ黒い月。
今度は顔を左右に動かすと、ぼろぼろの木製の家や乾いた血痕等が目に入るいかにも治安の悪そうな景色。
「えぇ〜……転生したらスラムの子供でしたってか?星の前に自分を救うのに手一杯だなこれ…」
溜息混じりに吐き捨てる。
流石にこれは文句を言いたい。転生させた責任者の胸ぐら掴んでお伺いしたい。
僕だって電車の移動中にスマホで漫画や小説くらい読むし、転生する作品もいくつか見た事がある。
けど大抵は王侯貴族とか、せめて村人くらいじゃない?自分の血で作った水たまりで寝てたスラムの子にってのは、転生責任者にクレーム入れる権利くらいあると思う。
日本人なめんな?
少なくとも俺は外国行くのも怖いくらいの平和大国にどっぷりな一般市民でしかないっての。
とりあえず朝まで死んだフリして寝とこっかな、と投げやりな気持ちさえ沸いてくる。
「……いや流石にナイ。怖いし」
いや本当に怖い。だんだん怖くなってきた。
だって実際殺された後っぽいし。恐らく殺された子の身体に魂を放り込まれたんだろうし、同じ事が起こる可能性は決して低くないはず。
朧気な記憶にある学生時代に調子乗って山を探索して迷子になり、一晩暗闇の中で寝ようとした時と似た恐怖と不安。あの時も結局寝れなかった。
ふっ……良い歳して泣きそうだ。まぁ転生前が何歳だったかも、今の俺の体が何歳なのかも分からないけど。
「見たところ、完全に子供の身体だよなぁ……」
確実に中学生もいかない。10才いかないあたりか?
これもまた辛い。
慣れ親しんだ体格よりも心許ない小さな身体は、状況も相まって非常に心細くなる。
あぁもう、色んな感情が腹の中でぐちゃぐちゃにシェイクされた心地になる。なんだか大声で叫びたい気分だ。叫んだらすぐさま刺されそうだから我慢するけど。
「はぁ………けど、こうしてる時間が無駄か」
座ってても解決しないという事だけは明白だ。
腹の中で蠢く不安感や絶望感、目頭が熱くなって泣きたい気持ちやらを無理やり怒りに変換させて立ち上がる。
びちゃ、という粘性を帯びた液体の音を無視して、汚れた足を動かす。
夜だからか人気はなく、聞こえてくるのは虫の声くらいだ。気温も暖かく、夏に近い季節なのかも知れない。
野宿しても風邪をひきそうにないのは救いだな。
「木製の家か……建築技術が甘いからか、それともスラムだからか、杜撰な造りだねぇ」
どちらにせよ文明は進んでなさそう。
せめて井戸くらいはあって欲しい。身体中が鉄くさくてかなわないし、ずぶ濡れになっていいから洗いたい。
フラフラとあてもなく歩き回ってると、一際立派な建物が見えた。
隙間風も侵入出来そうにない壁に窓ガラスがはめ込まれている。
その窓ガラスに、月明かりで反射して俺の姿が映り込んでいた。
「うわ、ファンタジー。アルビノじゃないだろうな……てかどっかで見たような…」
白い髪に赤い瞳。アルビノの特徴だが、肌は日本人に近い肌色に見えるし、なんとも判断に迷う。
そして顔は思わず息子を確認するくらいの女顔だ。
改めて確認しても男なのは間違いないが、随分と美少女な顔面になってしまったらしい。
転生前の俺とは違う……のか?ダメか、顔を思い出せない。
というか人物関係の記憶がやられてるのか。多少なら知識や生活してきた記憶は思い出せるし。
いや、そういった自分の確認は後回しだな。
「まずは水、次に食糧、欲を言えば家。出来るだけ早く揃えていかないと」
何故か今は空腹感もなく、喉の渇きもない。
けど、そんなものすぐに必要になるし、欲しくなってから探すのでは遅い事くらい嫌でも想像がつく。
とにかく歩ける内に探し回る。……あぁ、靴も欲しいな。足の裏痛え。
そうして歩き回る事体感で30分。
「ん?あれは……」
井戸、だよな。良かった、とりあえず最低目標は達成出来そうだ。
確か飲まずで三日、食わずで二、三週間だったっけ。といってもモノに溢れた日本在住の俺としては毎日飯と水は欲しいが。
余裕が出たからかそんな事を思いつつ水を汲み上げ、口を開いて上を向いた状態で水を被る。
ざばっと落ちる水で喉を潤しながら血を流す。これを3回ほど繰り返してようやく一息ついた。
「はぁー……さて次は飯かぁ。いやその前に周辺の地理を確認しとくべきか?」
しばらく座って休憩したいところだが、人が少ない内に済ませたい事が多い。
若干痛む足裏やスラムに転生してからの精神疲労のせいで重くなる腰を上げる。
それから更に1時間くらいは歩いただろうか。
ゲームでは見慣れた、しかし俺の常識にはないモノを発見した。
「迷宮の顎か……リアルで見ると結構怖いな」
作中でも重要な役割を持つ迷宮、その入り口。
見た目は縦向きの楕円形の黒い鏡だ。これに触れると迷宮の入り口に転送される。
食料になるものを探して、探し回って……何も見つけれず、唯一可能性があるのが迷宮だった。
迷宮に出現する魔物を倒して食べれば良いのだから。
「……怖すぎるけど、行かないと餓死か…」
行けば魔物の脅威。下がれば餓死の危機。おまけに一度俺を殺したと思われる犯人も不明。どう動いても死亡フラグが寄り添ってくる!
ま、まぁいい。ダメそうなら即撤退だ。
ゲームの世界に来たってのに全然前向きに楽しめてねぇよちくしょう。
緊張と恐怖、あと小さじいっぱいの期待感にドキドキしながら迷宮の顎に手を伸ばす。
「……うおっ?!」
触れた瞬間、視界が暗転した。
真っ暗な中、足元さえ見えない。
自分が立っている感覚や重力すら曖昧なまま、ただ立ち尽くす。
ーー地球の人の子よ。
そんな中、唐突に声が聞こえた。
男とも女ともとれない声質で、感情が読み取れない無機質な声音が、空間全体から発せられたように響く。
なんだこれは。こんなのゲームになかったはず。
それに「地球」とか言ってるし……あっ!まさか転生させた責任者か?!丁度いいや文句言ってやる!っあぁ声が出ない?!くっそ一方的に言うだけかコイツ!
ーー先にこの世界へおりた他の二人の同郷の者と共に戦いなさい。
やかましいわボケェ!せめて衣食住揃った環境にチェンジしろや!
つぅか二人の同郷の者って転生者か?会う前に死ぬわ!
ーー運命が歪み、ニクスの命が途絶えた。ニクスが全うするはずだった救済を行うように。
やっぱ死んでたのかこの身体!あーニクスって子可哀想……ニクス?ニクスぅ?!
え、この身体ニクスなの?!〝あの〟ニクス?!
うわ、マジかぁ〜……てかニクスの運命を全うするって遠回しに死ねって言ってるよね。
最悪だな、この転生責任者。
くっそ、そりゃあこんな最低最悪な環境に放置される訳だわ。
はぁ〜……まだ悪役とかの方が救いがあるぞこれ。
なんせニクスの運命とは強制ゲームオーバーであるスタンピードを起こしてしまった時。
ーー 地球の子よ。
スタンピードを止めてゲームオーバーを回避する代わりに死ぬ、〝使い捨て救済措置キャラ〟なのだから。
ーー どうかこの星を救いを。