本物の怪談
「私ね、春って嫌いなの。」
風に揺れる桜を眺めながら先輩はそう呟いた。聞いたことのない曇った声。自分が生意気な後輩だろうということは自負しているが、「どうしてですか」の簡単な一言を直ぐ飲み込ませる程だった。ゆっくりカメラを下げて問いかける。
「先輩、誕生日いつですか。」
「え?ここは、(何で春が嫌いなんですか?)じゃないの?」
「で、いつですか?」
「3月26日」
「……、へぇ。」
虫が出るからとか、花粉がとか、そういう類の嫌い……ではないのだろう。僕は、自分の生まれた季節がわりと好きだ。誕生日があるというだけで、なんとなくその月が特別に思える。
でもきっと先輩は、自分の誕生日さえも霞んでしまうような──
そんな“何か”を春に抱えているのだ。
「柳君はお誕生日いつ?」
「じゃあ僕帰りますね。」
「はい、出ました秘密主義。」
今日はご飯当番なんですよ…。そんなムッとした顔されても正直困ります、可愛いけど。
遠くに聞こえる運動部の掛け声を背に、「じゃあ、また」と軽く会釈しながら、僕はその場を後にしようとした。
「もうすぐ4時44分だね。うちの学校の七不思議始まるよ。」
僕が知らないだけでまさか巷で流行っているのか──学校の七不思議とやら。こんな短時間でこれだけの回数聞かされる方が怪談な気さえしてきた。
深めの溜息を出し切って「見つけたらラッキーみたいなやつですよねさっき顧問から聞きました。なんか今日はそう言うのお腹いっぱいなんで。」そう早めに言葉を走らせ身を翻す。
「 何言ッテルノ?本物ノ怪談ダヨ。 」
背後から聞こえたその違和感は、歩き出した僕の片足を地面から鷲掴みにして離さなかった。段々周りの音が遠ざかる。自分の心臓の音で耳が詰まってくる。理解が追いつかない。
おかしい。人から出る音では無い”ソレ”は、異様な高さから聞こえてくる。……美術室側ではない。まるで──
桜の木から、首を吊った様な高さからだ。
さっきまで少し暑いくらいに感じていた周りの温度が、急激に冷え込む。ガタガタと体は震えるのに変な汗が止まらない。こ……怖い。心臓が、痛い。何がいるんだ。僕の後ろには一体。さっきまでそこには、せ、先輩しか……
だめだ、振り返って確認なんて……到底できない。しかし断言は出来る。
──先輩のコエ、じゃ、無い。