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彼と彼の絵

作者: 天月黎祠

 まだ私が現役の刑事であった頃の話だ。私はある失踪事件を担当することとなった。それは奇妙な事件であった。


 失踪した人物は執筆業をしていて、あるアパートの三階の一室に住んでいた。同じアパートの住民の間では「好青年だ」と言われていた。しかし、それはある日を境に徐々に変化していった。アパートの大家の話では、その日、彼は腕に絵を抱えて帰宅した。どこで手に入れたのかと聴くと、偶然、通りかかった骨董品店に、魔法にでも掛かったのがごとく惹き付けられ、そこでその絵を一目見るなり大層気に入り、購入したのだと言う。それは、灰色の空の下、草木が一本も生えていない、灰色の荒涼とした大地が広がる奇妙な絵であったという。


 しばらくすると、彼は外出を控え、部屋に篭ることが多くなったそうだ。しかし、それも毎日何かしら外出していたのが、週に二日三日篭るようになっただけで、それ以外は何ら変わったことは無かったそうだ。だが、それから数日が経つと、彼はますます部屋に篭るようになり、確実に外界との接触を遮断するようになっていった。そればかりか、彼の部屋からは、何か呪文めいた奇声が聞こえるようになり、それは日に日に激しさを増していったという。そして、変化は「彼自身」にも起きていた。肌は青白く、まるで石膏を塗りつけたかの様であり、さらに顔や首には、植物の蔓か何かが巻きついたような、青黒い痣があったそうだ。最後に目撃された時、その痣は彼の手にまで現れ、まるで彼の身体に何かが絡み付いている様であったそうだ。


 ある日、いつもの様に彼の部屋から奇声が上がっていたが、突然止んだ。それからどれだけ経っても、彼は姿を現さなかったので、仕方無く、大家は彼の部屋へと赴いた。どれだけ呼んでも返事が無く、それでいて鍵は掛かっていなかったので、大事が起きたのでは、と、慌てて部屋へ駆け込んだが、彼の姿は無かった。絵が掛かっていたであろう、四角い跡のある壁の前には、彼の衣服がストンと抜け落ちた様にしてそこに有ったという。


 結局、その事件は有力な手掛かりが無く、解決される事は無かった。彼は今も行方不明のままなのだろう。手掛かりとなるはずだった絵も、見つけることは出来ず、行方知れずである。まさしく、「蒸発」したとしか言い様が無い失踪事件であった。もしかしたら、彼は魅せられた灰色の大地へと旅立ったのかもしれない…等と、私も馬鹿な空想が浮かぶ歳になった。


 余談だが、彼の居た部屋には、何かが這いずり回った様な跡と、ヌメヌメとした粘液が乾ききらずに染み付いて残っていたが、結局、それが何だったのかは、今も分からない。

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