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【完結】エデンの住処  作者: 社菘
第4章 疑惑
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『アルファがアルファに屈してうなじを噛まれると、オメガになる可能性がある』


藍の話を信じているわけではないけれど、やっぱり少し引っかかる。アルファ用の抑制剤をもらうため、通っている病院に来た由利は担当医にその話を聞いてみた。


「アルファ同士のカップルで片方がオメガに突然変異する事例は、国内でも数件寄せられていますね」

「そうなんですね……」

「ただ、アルファは元々プライドが高い人が多いので、オメガに性転換したことを報告していない人もいるでしょうから、本来はもっと多いかもしれません」

「なるほど…」

「この現象には一応名前がついていて"ビッチング"と言われています」

「あの……それってバース性の再検査とかで分かるんですか?それとも自分で体の変化が分かるとか?」

「それについてはまだ解明されていないことも多く、不確かのようです。……気になることがあるなら再検査しますか?」

「いやっ、い、いいです、大丈夫です」


医師が言うのだから可能性はなくはない、ということか。藍が言うようにうなじを噛まれたらオメガになるのかも――ただ、たとえそれが事実だとしても『アルファに屈したら』の話である。由利が藍に屈しない限りオメガに転換することはない、と思いたい。もしかしたら他にも転換する方法があるのかもと思ったが、担当医師からは『まだ不確かなことが多い』と言われるばかりだった。


ただ、実際に転換があり得る話だと分かったのは一番の収穫だった。ビッチングの話が出なかったら藍にいいようにされていたかもしれないが、藍に屈しないという条件が分かればこっちのものだ。


「由利、忙しいのに呼び出してごめんな」

「そんな、他でもない理人さんですから。いつでも呼び出してください」

「そう言ってくれるからついつい呼んじゃうんだよ」


病院の帰り、由利が寄ったのは理人が所有する個人スタジオだ。ポートレートを撮らせて欲しいと言われたので、久しぶりにそういう撮影もいいなと思って承諾した。理人はポートレートが得意でよく写真集を出しているし、撮り方を伝授するような本を出版したりしている。理人と新人時代に出会ってからずっと、時間があれば仕事以外でも彼に撮ってもらい、コレクションの一部にしてもらっているのだ。


「かっこよくなったよな、由利」

「はい?なんのお世辞ですか?」

「お世辞じゃないよ。まあ、由利は嫌かもしれないけど……また綺麗になったというか」

「綺麗、ですか」


かっこいいとかイケメンだと言われてきた人生だが、綺麗だと言われるのは久しぶりだった。久しぶりと言うか、由利を綺麗だと言うのは理人しかいない。綺麗という言葉はどちらかといえば女性が言われて喜ぶだろう。ただ、別に言われて悪い気はしない。理人から言われるならそれが馬鹿にされているわけではないと分かるし、褒め言葉として素直に受け取っているのだ。


「撮り甲斐があるモデルだよ、本当に」

「理人さんの撮り方がいいからですよ」

「そんなに謙遜するなって」


久しぶりに理人からカメラ越しに見つめられて、藍とは違うアルファのオーラを感じる。でも不思議と理人から見つめられる瞳に嫌悪感はない。むしろそれが心地いいとさえ思えて、藍と撮影している時とは違う感覚だった。藍と一緒に仕事をするようになってからカメラ越しに『見られている』と気になるようになったのは、彼の目のせいだ。隙を見せた瞬間に藍を取って食おうとしているような、そんな気配を感じるから撮影中も気が気じゃないのだろう。


「……YURIって、お前を狙ってんのか?」

「はっ!?」

「いやぁ、なんとなくそんな感じがしたから、この前」

「……そんなわけ、ないじゃないですか」

「そうかぁ?この前会った時、俺をめちゃくちゃ敵視してるように見えたから」

「YURIさんってあんまり人との距離感?とか分かってないみたいですよ。飲み会とかそういうのも参加しないみたいですし」

「へぇ。由利にしては随分な物言いだな」

「え?」

「仕事の関係者にそんなことを言うのは珍しいなと思って」

「弟なんです」


しまった、つい昔の知り合いだからと言ってペラペラと話し過ぎた。真実を話したところで理人は他の人に言うような性格ではないが、藍にそういう対象として『狙われている』と誤解してほしくないのでついYURIが弟だと言ってしまった。そしてカメラ越しに理人を見ると「なるほどな」と至極落ち着いた答えが返ってきて、なんだか拍子抜けした。


「弟ならそんな風に言えるか」

「……驚かないんですか?」

「まぁ、世の中誰が繋がってるかなんて分からないし、それが兄弟だとしても別に驚きはしないな」

「そういうもんですか……」

「少なくとも俺にとっては。で、実の弟に狙われてるのか?大丈夫か、家庭環境」

「……実の弟じゃないので」

「それはまた…狙われてますって肯定してるようなものだぞ」

「理人さんに隠すのも馬鹿らしくなってきて」

「ハハっ」


誤解されたくなくて藍が弟だと打ち明けたのに、結局は彼に狙われていると決定づける話になってしまった。それでも理人はさほど驚く様子もなく、絶え間なくシャッターを切り続ける。だからか由利もなんだか妙に冷静になり、ポーズを取り続けた。


「でもお前、アルファだろ?それにあっちのYURIもアルファのオーラが出てたし……まぁ、アルファ同士のカップルもいるとは思うけど」

「……ビッチングさせようとしてるみたいです」

「ビッチング?都市伝説だろ、それ!」

「今日担当医に聞いたら、事例は少ないけど実際にあるみたいですよ」

「はぁ、それは相当由利に本気なんだな」

「本気になられても困りますけど……」

「でも義兄弟ってことは結婚はできるだろ?」

「へ?」

「それで由利をオメガにしたいなら、相手はそういうことまで視野に入れてるってことじゃないか」


付き合うとか付き合わないとかそういうことばかり考えていたけれど、ただ付き合うだけならオメガじゃなくアルファでもできることだ。でも藍は由利をオメガにしたいと考えていて、愛していると言っていた。理人が言ってからこのことに気づくなんて馬鹿でしかないけれど、藍は『由利に子供を産ませたい、結婚したい』と考えているのかもしれない。そうじゃないと由利が『オメガ』になる意味がないのだから。


「厄介な男に捕まったな、由利」

「……楽しんでませんか?」

「次に会った時、お前が本当にオメガになってたら面白いなとは思ってるよ」

「俺は本気で悩んでるんですよっ」


由利が焦ったように声を荒げると理人は撮影していた手を止め、カメラの向こうからひょこっと顔を出した。


「それなら、本気で振るしかないな。中途半端が一番つけ入られる」


バイト代は来月振り込んでおくよ。


そう言いながら理人から頭をぐしゃぐしゃとかき回され、その日の撮影は終わりを告げた。




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