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【完結】エデンの住処  作者: 社菘
第3章 逢引
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藍が勝手に由利の家に引っ越してきてから一週間ほどが経った。あれ以来、寝具を買い足していない藍は毎晩のように由利のベッドに忍び込み、抱きしめて眠っている。手を出されてはいないものの、不意をつかれてキスをされることが増えた。隙を見せないように気をつけているつもりだけれど、結局裏の裏をかかれて藍の手中にハマっている気がする。


そして、今日は二回目の『Camellia』の撮影。撮影自体は初回よりもスムーズに終わったのだが、最終チェックをしている時にふと藍から引き止められたのだ。


「由利さん、一緒に食事でもどうですか?」


まだ衣装も着替えていないし、現場にはマネージャーを始めスタッフやアシスタントも大勢残っている状態。今日も黒いマスクに黒いキャップを被った藍ことYURIから大々的に食事に誘われ、引き止められた由利よりも周りのスタッフのほうがザワついていた。


「――えぇっ!?」

「あのYURIさんが食事に誘ってる……!?」

「明日はもしかして雹でも降るの!?」


しまった、先手を打たれた。


先日の食事会の時に藍のアシスタントから有益な情報を得ていたのに、その夜に由利の家に引っ越してきていた藍に混乱してすっかり忘れていた。今月中は忙しいとアシスタントが言っていたので由利から誘って断られようと思っていたのに、まさか藍のほうから誘われるとは思っていなかったのだ。


マスクと帽子の間から見える目が笑っていて、由利の性格を知った上でこんなに大勢の前で誘ったのだろう。ほとんどの人は『YURIの憧れの人は由利』だと知っているようなので、ここで断ったら由利が悪者になるのは目に見えている。本当に、どこまでもずるい男だ。誰がうちの弟をこんな男に育てたのか、親の顔が見てみたい。


「でも、あの…YURIさんは飲み会とか苦手だって聞いてたんですけど……」

「二人きりだと行きやすくて……ダメですか?」

「い、忙しいってアシスタントさんたちが言ってたのは……」

「あはは、僕のほうから誘って忙しいですって言うわけないじゃないですか。由利さんと食事に行けるなら都合つけますので」

「ちくしょう……」

「なにか言いました?」


何を言っても『大丈夫』だと返してくる藍に、周りからバレないようにため息をつく。家に帰れば嫌でも顔を合わせるのにわざわざ食事に行く必要があるのか。いや、食事に行くのが目的なのではなく、みんなの前で約束させることで更に由利の逃げ道を塞ごうとしているのだろう。


「若手カメラマンと食事とか、そんな暇ないですかね……?」

「うっ」

「そうですよね、すみません。立場を弁えてなくて」

「ちが…」


YURIの正体を知る前までの印象とは大分違うのだが、周りのスタッフから『YURIさんの態度が違う』とヒソヒソ言われているのはいいのか?だとしても藍はただ猫被っているだけなので、別に痛手でもなんでもないのかもしれない。そもそも藍は周りからの評価なんて気にしていなさそうだし、なんて言われても気にしないのだろう。


「い、いっしょにいきましょう、しょくじ……」

「本当ですか?よかった。すごく嬉しいです」


由利は藍とは違うので周りの目や評価はそれなりに気にしている。兄の弱いところを確実に突いてくる藍に思わず舌打ちしたが、彼の咳払いにタイミングよくかき消された。


「じゃあ連絡先交換してもらってもいいですか?」

「……はい」


藍が引っ越してきた翌日、由利のスマホには勝手に藍の連絡先が追加されていたのだが、これもただの建前だろう。スマホを操作していると見せかけて藍が送ってきたのは【帰ったらお店決めようね】なんて、憎たらしいメッセージだった。怒っている絵文字だけで返事をすれば、目の前にいる藍がマスク越しにくすりと笑う。そんな藍を見ていたスタッフは「YURIさんって本当に由利さんが好きなんだぁ……」と言われていた。


「あのさ、現場では極力話しかけないでくれない?」

「どうして?」


家に帰ってくるとリビングのソファでカメラをいじっていた藍が顔を上げ、由利の言葉に首を傾げる。由利がわざとらしくため息をつくと、後ろからぎゅっと抱きしめられた。


「ただの世間話じゃん。意識しすぎだよ、兄さん」

「……どこがただの世間話なんだよ。みんなの前で食事に誘うとか俺が断れないの分かっててわざとやって、困らせて楽しんでるだけだろ」

「確かに兄さんの困った顔は好きだけど、本当に一緒に食事に行きたかったんだよ」

「今更だろ、そんなの。嫌でも毎日会ってるのにわざわざ食事に行く意味が分からない」

「じゃあ言い方を変える。好きな人をデートに誘ってるから、一緒に行ってくれたら嬉しいんだけど」


予想していなかった言葉と共に、うなじにちゅうっと唇を押しつけられる。藍が引っ越してきた日の夜に『愛してる』と言われたけれど、もしかしたらあの言葉は本当だったのか?ただ熱に浮かされて言ったわけでも、冗談でもなく、本気でそう思っているって――?


「……バカも休み休み言え。好きとか愛してるとか信じられるわけないだろ」

「じゃあどうしたら信じてくれる?一週間、一つ屋根の下にいても手出さなかったけど、出したほうが信じてくれるのかな?」

「は……?」

「8年避けられた挙句、絶好のチャンスなのに由利の気持ちを優先して手を出さないであげてるのに、あの頃みたいにがむしゃらに求められたほうが好み?」


そう言いながら藍の手は由利の胸元や腹部に伸びて、絡みつく蛇のような動きにぴくりと体が反応してしまう。久しぶりに藍に触れられて分かったことだが、由利の体は藍のことを覚えている。たった数ヶ月の出来事だったけれど、藍がどういう風に由利に触れるのか、彼の好みを律儀に覚えているのだ。これは由利にとっては誤算で、まさか今でも藍の熱や触れる手に反応するとは思っていなかった。


「デートくらいしてくれてもいいでしょ、兄さん。今まで自由にさせてあげたんだから」


会おうと思えばいつでも会いに来れたんだよ、僕は。


背筋が凍るような言葉に固まっていると、また顎を掴まれて唇を奪われる。息継ぎも許さないようなキスに、酸欠になって死んでしまうかも、なんて思った。





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