魔術師団長にバレる
それからアルヴィンは王宮へ馬を走らせた。王宮の厩舎に馬をとめ、そのまま見慣れない道を歩きはじめた。
なんで王宮へ来たんだろう。侯爵家に戻らないのか?
「俺は最後まであがくぞ、シトリン」
「ニャ?」
「騎士団長と魔術師団長に直談判だ。ローランドを捜索するために」
「ミ、ミャー!!」
うそだろ。
そんな大物を動かして俺を探させるなんて絶対にやめてほしい。そもそも俺は生きてここにいるのだ。特に魔術師団長はヤバい。今後が怖すぎる。
「どうした、シトリン」
「ミー!!」
「お前をどこかへ置いていくとでも思っているのか? 大丈夫。お前も一緒に行こうな」
そうじゃないー!!
猫のような生き物(俺)を腕に抱いて王宮内を歩くアルヴィンはとても目立っていた。そりゃそうだろう。どう考えてもこの人、動物を愛でてそうな感じじゃないし。
アルヴィンは騎士団の中枢へ進んでいく。本当に俺ごときの捜索のために騎士団長に訴えるつもりだろうか。
(まずいんじゃないのか、これ……)
あと数日で魔力が回復しそうなのだ。魔力さえ回復すれば俺は出現する。捜索など、まったくの無駄。それなのに、騎士団まで巻き込んでしまったらどうなるのだ。
迷いない歩みで進んでいくアルヴィンの腕の中で、俺は丸まった。脳内で暗示をかける。俺はカーバンクル……みたいな猫。ローランド・グラフトンではない。ないったらない。
とある扉の前でアルヴィンは立ち止まり、扉の前にいた騎士に声をかけた。騎士の一人が中に入り、しばらくすると「どうぞ」と促される。
中にはたくさんの人がいて、その真ん中に位置する机に騎士団長がいた。そして俺に関わり深い上司——魔術師団長も。アルヴィンはいつの間にこの二人の予定を抑えていたんだ。
魔術師団長がじっと俺を見たような気がする。怖い。
「来たかアルヴィン。座れ」
「はい」
アルヴィンが促されたソファに座ると、侍女が紅茶を机の前に置いた。それを確認した騎士団長が部屋にいた他の人たちにしばらく下がるようにと命じた。
残ったのは騎士団長と魔術師団長。アルヴィン、そして俺。
(ヤ、ヤバい……)
俺は二人の目線から逃げるように、頭をアルヴィンの腕の中に入れ、ただの毛玉になりきる。
「お時間を頂いてありがとうございます」
「まぁたまたま空いていたし、お前が俺と魔術師団長に用があるなど珍しいからな。で、その前に。お前の腕の中の動物は何だ。魔物か?」
「この仔は偶然拾いましてね。シトリンといいます。魔物ではありますが、人に対する敵意もなく、おとなしいので家族にしました」
「そうか。はは。シトリンは随分と照れ屋なようだ。私の顔を見ないじゃないか」
朗らかに騎士団長が笑い始めた。
風評被害!
別に俺は照れ屋じゃない。断固抗議したいところだが、顔を出すのが怖すぎる。
頼むから俺に注目しないでくれ。気付かないでくれ。
この部屋にいる間、俺はじっと動かずに毛玉になっていることに決めた。
——おい、お前。ローランドだろう。
毛玉になりきる俺の脳内に、無情にも、聞きなれた声が響いた。
魔術師団長からの念話だ。確信を持った声に、俺はため息をつきたくなった。いや、団長は気付くよな。分かってたけど。
——無視するなよ。俺はまだお前の上司だぞ。念話するぐらいの魔力は回復してるみたいじゃないか。聞こえてるんだろ。
——はい……。すみません。
——ローランドなんだな?
——はい。俺です。
——山ほど聞きたいことがあるが、まぁ、無事で良かった。心配していたぞ。
——あ、ありがとうございます。
思いもよらない団長の言葉に、俺は意外な気持ちになる。めちゃくちゃに罵倒されるか、問答無用でクビを宣告されると思っていた。この人は容赦がないから。
——それで、何がどうなってアルヴィンのペットになってるんだ?
——これには色々と深い事情がありまして。
——何だそれ。俺たちがお前を見つけられないのも当然だな。まさか猫に変幻しているとは思わんだろ。これからはアルヴィンのペットとして生きていくつもりか? シトリン君。
——違います! ご迷惑をおかけして申し訳ありません。魔力が回復すればすぐ元の姿に戻り、また魔術師団で勤めたいと考えています。
——それは良かった。我々も貴重な変幻の使い手を失わずに済みそうだ。お前の回復力だと明日か明後日ってとこだな。待ってるぞ。
どうやら俺は魔術師団をクビになってはないようだ。
少々ホッとしてアルヴィンの腕から顔をだした。ちらりと魔術師団長の顔を見ると、俺を見てニヤッと笑っていた。
「俺は、ローランド・グラフトンを愛しているのです」
「ナ!!!」
アルヴィンの愛の表明に、俺は目を剥く。
ちょっと待って。俺と魔術師団長が念話している間に一体どういう話になってんの?
「お前が魔術師ローランドに普通以上の感情を持ってるのは大体の奴が気付いていたぞ」
「まぁ分かりやすすぎるよな。やたらと話しかけるし、餌付けするし、大した用でもないのに魔術師団に来るし。肝心のローランドは全く分かってなかったけど」
二人の団長がハハハッと笑いながら言う。アルヴィンは若干顔を赤らめた。
え、そうだったの?
確かに、遠征に行ったからとお土産をくれることもあったな。俺みたいな奴にまでくれるなんて、やっぱりこの人は良い人だな、としか思っていなかったけど……。
アルヴィンが言う愛について、それが恋愛的なアレかどうか疑問に思っていた。やはりどうも、友情とか、そういう一般的なアレではないらしい。
この俺を、恋愛対象として、好きだと言っているらしい。
「……とにかく、俺はローランドをどうしても見つけたい。ですから、彼の捜索に力を貸してほしいのです。彼は任務の途中で姿を消した。それならば、団として捜索をする理由にもなるでしょう。どうか、お願いいたします」
アルヴィンが頭を下げた。これは俺の為だ。俺の為に、アルヴィンは頭を下げている。
何の義理もない、俺なんかのために。
「ミィ……」
罪悪感がすごい。
俺はここにいる。
だからあなたがそんなことをする必要はないのに。
いたたまれない。申し訳ない。魔力が戻っていれば、すぐ人間に戻りたい。
しばしその場に落ちた沈黙を破ったのは、笑顔の魔術師団長だった。
「アルヴィン。我が魔術師団はローランド捜索をおこなわない」
「……なぜです……」
「その必要はないから、だな」
ちらりと俺に目線を配り、団長が言う。
そりゃそうだよな。ここにいる俺を探す必要なんてない。しかしアルヴィンは怒りの形相を隠さず魔術師団長へ向けた。
「前々から気になっていました。あなたはローランドのことが気に入らないのでしょう」
「いいや、まさか。可愛い部下の一人だよ」
「それならばなぜ! なぜ、ローランドを捜索しないのです。なぜ毎回魔物討伐に彼を連れて行くのですか。彼は明らかに……!」
「任務遂行のためにはローランドが必要だし、彼に能力があるからだ。そしてアルヴィン。当然、ローランドのことは私たちも探していたよ。そして今は彼の居場所について見当がついている」
「……!」
あっさりと言い放つ団長の言葉に、アルヴィンが少し腰を浮かせた。
「へぇ。ローランド・グラフトンはどこにいるんだ?」
「案外近くにいた。彼自身の事情で今は姿を見せられないようだが、その内現れるだろう」
目を丸くして聞く騎士団長に、魔術師団長は軽く返した。その間も、俺を抱くアルヴィンの力は強くなっていく。
「どこに……」
「さぁな。お前には言えない」
「なぜです!」
怒気を孕んだ声に、びくりと震えてしまう。
アルヴィンは青筋を立て、魔術師団長を威圧していた。当の団長は涼しい顔だ。なんなら面白そうに笑みを浮かべている。
(こ、こわぁ……)
なんであの人あんなに面白そうなの。あなた今、めちゃくちゃキレられてるんですけど。本当、魔術師ってああいうとこあるよね。
別にこのまま、団長から俺の正体を暴露してもらっても良いのに。
俺はアルヴィンにこれ以上怒って欲しくなかった。俺の為に心を乱してほしくなかった。
「ミャー!」
「シトリン……」
「みゃお、みゃお」
俺は彼の顔の前に移動した。
いつも通りのアルヴィンに戻ってほしい。俺は大丈夫だから。
俺を見て彼は困ったように笑うと、無言で俺を撫でた。その姿を見て、騎士団長が「ハハハ」と笑い始める。
「アルヴィン。お前もシトリン相手だと形無しじゃないか」
「……はい」
「お前の気持ちも分かるが、魔術師ローランドはその内戻る、と魔術師団長が言っているのだ。捜索の必要はないだろう」
騎士団長の言葉に、アルヴィンは何かを堪えるように瞳を閉じた。
とりあえず、魔術師団長も騎士団長も「必要ない」と言った以上、大々的な俺の捜索はおこなわれることはないだろう。俺はひとまずホッと一息ついた。
「アルヴィン」
魔術師団長がアルヴィンに声をかける。
「なんでしょう」
「これを」
魔術師団長が出したのは魔力回復ポーションだった。団長の意図が分からないアルヴィンは怪訝な顔をした。
「シトリン君に飲ませてやれ。魔力が枯渇しているようだ」
アルヴィンは目を見張って俺を見る。思いもよらないことだったのだろう。
「……そうでしたか」
団長が手に持っているのは普段から魔術師団で使われているポーションだった。俺もこれまでに何回も飲んだことがある。あれがあれば俺の魔力はすぐに回復するだろう。
「シトリンが魔力枯渇状態だとは思いませんでした」
「お前は魔術師ではないのだから気付かなくて当然だ。帰ったら飲ませてやれよ」
「ありがとうございます」
アルヴィンはそのまま頭を下げ、ポーションを受け取った。
(ポーションを飲めば)
人に……ローランド・グラフトンに戻ることができる。
——ローランド、さっさとポーションを飲んでアルヴィンを落ち着かせろよ。お前が戻らないと俺はずっと目の敵にされてしまいそうだ。これまで親戚の兄貴分としていい関係だったのに、寂しいだろ。
脳内に団長の念話が響いた。
何を言ってるんだ。アルヴィンを煽ったのはあんただろ。と思ったけれど、まぁポーションは助かる。
——承知いたしました。
ふと、もふもふとした自分の体を見た。この夢のようなペット生活も終わり。またあの必死な日々に戻るのだ。何とも言えない気分になり、俺は「なーお」と鳴いた。