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罪悪感



 アルヴィンは翌朝、少しすっきりした表情をしていた。反して俺のライフはゼロである。

 身支度を済ませると、彼は爽やかな笑顔で俺を抱き上げた。


「シトリン、お前のおかげでよく分かった。俺は、ローランドを愛している。彼を諦めることなどできない」


 愛。アルヴィンが俺を、愛している……。


(まじかよ)


 アルヴィンは男で、俺も男だ。まぁ、この国では同性同士のカップルはそう珍しくもない。夫婦だっている。でも、やっぱり多数派ではない。

 愛というのは、恋愛的なアレだろうか。愛にも色々あるだろう。友愛とか。親愛とか。そういう愛かも。

 しかしどうも、アルヴィンからはそういう爽やかな感情は見受けられない。昨夜の話からも、ビビる位重たそうな感情を俺に持っているのが伝わってきたし……。


「ローランドがいなくなってもう一週間以上経つんだ。俺はできる限りのことをしたい。今日は仕事を休むことにした」

「ニャ!」

「ローランドの家に行こうと思う。何か分かるかもしれない」

「ニャーッ!!」


 やめてぇ!!

 俺の家は多くの魔術師が住む集合住宅だ。休みの奴もいるだろうし、急に俺を尋ねて騎士が来たなんてことがあれば、どんな勘繰りを受けるか分からない。

 きっと俺が何かやらかしたとか、しかも騎士団が調査するほどの事態になっているとか、そういう面倒な噂が蔓延するに違いないのだ。

 ただでさえ絶望的な状況なのに、これ以上追い打ちをかけないでほしい。


「ははは、シトリン。なぜそんなに怒っている? 家はだめか?」

「ニャッ!!」

「そうか。確かに勝手に家に行くのはよくないかもしれない。やめておこう」


 良かった……。

 安心して俺は思わずアルヴィンにすりよる。彼はふふっと笑って俺の背を撫でた。


(いや俺、なにやってんだ)


 こんなのまるっきり猫じゃないか。冷静になると何となく恥ずかしい。


 でも、もう数日もすれば魔力も回復するだろう。そうすればこのお気楽なペット生活も終わりなのだ。それまではこの生活を満喫してもいいのでは……なんて自分に言い訳して、アルヴィンの優しい手を引き続き堪能する。


「本当に賢い仔だ。俺の言うことが分かっているんだな。今日はお前も一緒に行くか?」

「ミャー!」


 久々の外、行きたい!

 どこに行くんだろう。目覚めてから初めての外出だ。俺は安定感抜群なアルヴィンの腕にぐるりと収まった。





「今日もローランドは見てないね」

「そうか……」


 恰幅のいい男は屈託のない笑顔を浮かべた。


「お兄さん、あんまり思い詰めないことだよ。あいつ結構図太いから大丈夫だって。さ、元気だしな」


 アルヴィンは男にありがとう、と礼を言ってそこから立ち去った。

 ここは俺にとって見慣れた店で。対応していたのも見慣れた店主だ。店主がアルヴィンの顔を覚えて励ますぐらいだから、もしかすると毎日のように来ていたのかもしれない。

 そこまでして、俺を探していたのか。


「ナー……」

「ここはローランドが毎日食事を買う店らしい。前に彼から聞いたことがあるんだ。仕事の後は毎日、家に近いこの屋台で出来あいのものを買って家で食べると」


 確かにそんな話をしたこともある気がする。アルヴィンを交えて数人の魔術師と話しているときだったか。彼から「君たちは一人暮らしなら食事はどうしているんだ」と聞かれて、そう答えた。他の魔術師は王宮で食べて帰るとか、自分で料理をしているとか、通いの使用人がいるとか、色々だったっけ。

 あんな何でもない会話を覚えているのか。


「今日も帰ってきていない……」


 明るい日の下だが、その表情は暗い。今日のアルヴィンは平民が着るような商人風の服装をしている。服装を変えただけで、その気品は隠し切れていないものの、街中で浮いている訳でもない。


「さて、行くか」

「ニャ?」


 アルヴィンは俺を服の中に入れると、馬に乗った。

 次はどこへ行くんだ。俺はただアルヴィンの服にしがみつき、落ちないように注意を払った。




 しばらく馬を走らせて到着したのは、見覚えのある場所だった。俺がこの姿になってしまった、あの魔物討伐の場所だ。


「覚えているか? お前を拾った場所だ」

「ニャオ」


 この場所を忘れるはずがない。

 討伐前はそれなりに生えていた植物や木はきれいさっぱりなくなり、荒野のようになっている。沢山いたはずの魔物の気配だってない。あの馬鹿でかい風魔法が全て駆逐したのだろう。同僚の魔法の威力に、おののいてしまう。


 改めて、よく生き残ったものだ。


「ここには何回も来ているんだがな……」


 苦笑したようにアルヴィンが言う。俺は胸が苦しくなった。

 俺はここにいるのに。俺が出来損ないなせいで、彼にとんでもなく心配をかけている。どうしよう。なんて謝ればいいんだろう。


 アルヴィンは馬をゆっくりと走らせた。何か手がかりがないか探しているらしい。しばらく周辺を走らせて、彼は止まった。


 ここに俺の痕跡なんてないはずだ。俺の痕跡といえばあの結界の魔道具と、グリフォンに変幻する時に脱いだ服ぐらいだろう。それらはきっと団長が回収しているはずだ。

 魔術師団が俺を探している形跡はない、とアルヴィンは言っていたが、団長は何だかんだ言って俺を探してくれていると思う。まさか俺が猫になっているとは思わなくて、見つけられないだけだろう。探索魔法を使っても、肝心の俺が魔力枯渇状態である以上、魔法にひっかからないし。しかも今クラッセン侯爵家にいるとは、想像もしていないはずだ。


「……っ」


 声にならない声がして、俺はアルヴィンを見上げた。アルヴィンの瞳には、涙が光っている。俺は驚きで固まった。


「考えたくもないが、もうローランドはいないのかもしれない」


 ぽろり、とアルヴィンの目尻から一筋のしずくが落ちる。


「彼が仕事から逃げるはずはない。しかし、この凄まじい魔法を誤ってくらってしまったら、生きてはいないだろう……」


 その通りです。でも必死によけたから当たってないけど。


「ローランドは、いまや俺の大切な存在で……彼が誰よりも努力をして、一つ一つの壁を着実に乗り越えている姿が、俺を勇気づけていた。彼が前を向いているから、俺も、頑張れると……」

「ナー……」

「いつかローランドと親しく話せるようになりたいと、思っていた……彼が幸せに暮らしてくれたら、嬉しいと……もう、何もかも空しい……ローランドがいないのなら……」


 ぽろり。ぽろり。

 アルヴィンの頬を、またしずくがつたう。


「にゃお、にゃお」


 泣かないで。俺はここにいる。あなたが悲しむことなんて、ないんです。


「シトリン、ありがとう……」


 こんなに立派な人が俺のために泣くなんて。自分が人から大切に思われていたなんて。そんなの、夢にも思わなかった。


「会いたいな。ローランドに」


 俺はただ、アルヴィンの胸にうずもれる。自分の心の中に芽生える感情に気付かないふりをしながら。




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