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ペットになった


 俺はどうやら助かったらしい。


 意識が浮上し目を開けたら、そこはふわふわのクッションが入った籠の中だった。てっきりあの地面の上で目覚めるものだと思っていた俺は、混乱した。ここはどこだ。

 自分のいる場所を見回してみると、そこは明らかに金持ちが住んでいると思われる部屋の中だった。


 死も覚悟していたが、誰かが保護してくれたのだろうか。カーバンクルは穏やかな気性の魔物だし、見た目が可愛いとペットにする人もいると聞く。そういう奇特な人間に拾われたのかもしれない。


(誰か知らんが、ありがとう……)


 痛む体を何とか動かし、とりあえず自分の体を確認する。手のひらは薄いピンクのぷっくりと膨らんだ肉球があった。体は金の体毛で覆われている。俺が金髪なので、それに引っ張られたのだろう。


(やべ。魔力全然ない。ビビる。はは……)


 教科書のような魔力枯渇状態だ。魔力回復ポーションでもない限り、回復にかなり時間がかかる。これでは人間に戻れるのがいつになるか分からない。


(こりゃ、クビかな……)


 魔術師団では今頃、俺のことはもう死んだと思われているだろうか。逃げたと思われているだろうか。どちらにせよ、人間に戻れたところで、もう俺の居場所はなくなっているかもしれない。


 今までの努力が、くらいついてきた日々が、水の泡……。


 暗澹たる気分になり、「はぁー」とため息をついた……つもりが、口から出たのは「なぁー」という鳴き声。


(ん? カーバンクルっぽくない鳴き声だな)


 カーバンクルはもっと獣っぽい声だったはずだ。

 俺は不思議に思い、ちゃんと自分の状態を確認することにした。籠から慎重に出て、ゆっくりと歩く。カーバンクルの特徴である長くふさふさの尻尾が……ない。

 尻尾はある。あるが、カーバンクルの尻尾ではなく、まるで猫のような……。


「ニャー!?」


 なんで?

 俺は確かにカーバンクルに変幻したはずだ。一体自分はどういう状態になってるんだ。ここは金持ちっぽい部屋だから、鏡もあるはずだ。俺は部屋を歩き始めた。

 そこで、戸が開く音がする。家主が入ってきたのだろうか。


「……目が覚めたのか!」


 男の声がして、ビクっと毛が逆立つ。俺を拾ったのは男? 拾ったのは男でも、飼うのは金持ちの女性辺りを想像していた。

 どんどん近づいてくる気配。こわごわと声の主を見て、俺は固まった。


「何と、お前の瞳はアメジストじゃないか……なんと美しい」


 身をかがめて、俺の顔を覗き込む美丈夫。短く整えられた黒髪に、煌びやかな衣装の上からも分かるほど鍛えられた体。

 なんであんたが!?

 その男を見て、俺は思考停止した。


「なによりその毛。俺が一番好きな美しい金の色。その額の魔石と同じ、黄水晶(シトリン)のように輝いて……そうだな。お前はシトリン。シトリンと呼ぼう」


 愛おしそうに俺をシトリンと名付けた彼の表情からは色気が駄々洩れだ。免疫のないご令嬢なら一発で落とせるだろうなって位。動物相手にそんな顔するんじゃねぇよ。

 しかし、この男がこんな顔をすることがあるんだな。俺は意外な思いで俺を抱き上げた人物の顔を見る。


(なんでアルヴィン・クラッセンが……)


 アルヴィン・クラッセン。騎士団が誇る有望株の一人である。クラッセン侯爵家の令息な上に、やたら整った相貌。あの流し目で見られるとドキドキしちゃうわ、と女の子が騒いでいた。まぁ、分からんでもない。

 アルヴィン・クラッセンに拾われたということは、ここはクラッセン侯爵家なのだろうか。


 この男は俺みたいな底辺魔術師と関わりがある人種じゃないんだけど、アルヴィンはたまに仕事関係で魔術師団の詰所や訓練場に顔を出していたので、何度か言葉を交わしたこともある。俺みたいな底辺にも親切に接してくれていた。

 高位貴族の令息で、容姿端麗で、人格者で、しかも有能。この人に欠点なんてあるんだろうか。初めて会ったときは、何というか世の中は不公平だよなと卑屈になってしまったのをよく覚えている。


 アルヴィンは俺をまた籠の中に置くと、うっとりと俺を見詰めた。


「お前を見つけられたことはまさに奇跡だ」

「ナッ」

「随分元気になったのだな。逃げないでくれ、シトリン。お前はもう三日も寝ていたのだ。もしかするともっと長い間意識がなかった可能性さえある」

「ニャ……」


 そんなに寝ていたのか、俺。


「勝手にこの部屋に連れ帰ってすまない。しかしなぜか、どうしてもお前を放っておけなくてな……元気になって良かった」

「ミィ……」


 アルヴィンの言葉に、俺の顔はどんどん下がっていく。

 何て言うか、ありがとうございますとしか言えない。マジでこの人に拾われなかったら死んでたな。あそこで三日も寝ていたら、間違いなく鳥とか魔物に喰われてただろう。アルヴィンは命の恩人だ。

 そう思うと、俺を撫でる彼の手を拒むのは悪い気がしてきた。


「お前は不思議な奴だ、シトリン。猫……ではないだろうな。額に魔石がある猫などいない。首輪はないから野良だろうが……」


 アルヴィンは俺を抱き上げて膝の上に乗せた。


「しかしお前には魔物特有の、人に対する敵意がない。とても賢いようだし……なぁシトリン。これからも俺と一緒に暮らしてくれるか」

「ニャっ!?」

「お前がいない生活はもう考えられないのだ……大切にするから」


 だからそういう顔と台詞は、動物に向けるやつじゃない!

 この人ってこんな人だったっけ。いや、殆ど関わりなんてないし、よく知らない人なんだけど。こんな甘い雰囲気を醸し出す感じではなかったのは確かだ。俺が寝ている間に一体この人に何があったんだ。

 やたらと良い匂いがする彼の腕の中におさめられながら、頭の中は疑問符でいっぱいである。しかし、温かい腕の中、抗いがたい睡魔がやってくる。


「なぁーお」

「ありがとう、シトリン」


 いや、今のは別に「分かった」と返事したわけじゃないんだけど。

 今の俺は抗議することもできず、そのまま彼の腕の中で丸まることしかできなかったのだった。



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