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07.殿方は幾つになっても子ども

 控えの間に入り、侍従がお茶の支度をする。この国では、苦い薬草茶が好まれてきた。準備を終えた侍従に退室を命じる。彼の足音が遠ざかったところで、皇帝ウルリヒは着座したソファから立ち上がった。


「詫びて済むことではないが、貴族らの暴挙を止められなかった罪は俺にある。すまなかった」


 圧倒的な軍事力と広大な領土を誇るジャスパー帝国。属国のジェイド国を挟んだ先にある、ムンパール国と友好を結ぶつもりだった。故に王の来訪を受け入れる。そんな皇帝の意を汲まず、暴走した貴族は出向いた王を殺害した。


 犯人を特定し、裁こうとした皇帝ウルリヒの努力を嘲笑うように、暴走した貴族達はムンパールに攻め込む。一度開かれた戦端は、決着をつけずに収まらなかった。父王を殺された王太子は、国と名誉、領民を守るために戦い敗れた。


 膝をついて詫びるウルリヒの言葉に嘘はない。アンネリースは泣きそうな顔で聞いた。誤解や行き違いで、家族は失われてしまった。その悲しみは、事情を知ったからと薄れはしない。主君ウルリヒの謝罪に合わせ、将軍ルードルフも膝をついた。


 最強国家と謳われる帝国の主と、大きな熊のような軍人。両方が可憐な姫の前で頭を下げる。この光景は外から見たら滑稽だろう。だが本人達は、それぞれに後悔や悲痛な感情を抱いた。


「許すことはできません。ですが、弔意なら受け取れます」


 殺された家族の痛みを、詫びられても消せない。当然だ。彼女は父も母も兄も、すべてを失ったのだから。それでも、女神パールの教えに従う。口にした言葉に、ウルリヒは深く頭を下げた。


「ムンパールでの略奪、搾取は一切を禁じている。あなたの身の安全を確保するため、最強の護衛であり我が友であるルードルフを選んだ。失礼な表現をしたが、どうか受け入れてもらえまいか」


 命じる立場にいる皇帝が、アンネリースへ願い出る。断ることは出来なかった。皇帝ウルリヒは気づいていないだろう。今の発言は、国の安全を守ってやるから、この男の妻になれと言ったも同然。気づいたのはアンネリースのみ、ウルリヒもルードルフも理解していなかった。


 殿方は幾つになっても子どもなの。母の言葉を思い出した。なるほど、こういう意味だったのね。アンネリースは溜め息にみえないよう細く息を吐き出した。


「承りました。スマラグドス将軍閣下の妻となります」


 ほっとした様子の皇帝の隣で、固まって動かない将軍を見つめる。この人は真面目で誠実だ。優しさもある。政略結婚のような始まりだが、尊敬から始まる夫婦があってもいい。アンネリースは王族の義務を放棄するつもりはなかった。


 優しく辛抱強い国民が平和に暮らしていけるなら、穏やかな生活を続けられるなら、最高の恩返しになる。愛されて育ったアンネリースは、己の運命と価値を誰より理解していた。







「……邪魔だな」


「排除してしまえばいい」


「次の頭はいくらでも……」


 謁見の間を出た貴族達は、でっぷりと肥えた腹を突き合わせて、不吉な相談を始める。決定的な単語を避けたまま、話は水面下でじわりと広まった。

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