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04.手の届かない葡萄は甘くない

 侍女や乳母は、素直に「すまん」と謝罪があったことに驚いた。自分達は使用人だ。王女の嘆願を無視して見捨てる選択肢もあっただろうに、将軍である彼は荷馬車に乗せる選択をした。この点も含め、ルードルフへの評価は高まる。


 しかし、姫の護衛としては失格だ。昼過ぎから熱があったアンネリースの様子に気づかず、そのまま移動を続けたこと。姫がいるのに馬車を手配しなかったこと。もちろん移動速度を重視したのは理解できるが、馬車があればアンネリースの負担は軽くなる。


 進言しようか迷い、テントから顔を出して引っ込めた。無理だ。それが侍女達の判断だった。大柄な体は恐怖心を掻き立て、あの拳で一撃食らえば吹き飛んでしまう。熊か狼のような男であると震えあがった。頬や顎を覆う黒い髭も原因の一つだった。


 女神パールを崇めるムンパール国において、髭は忌避される。野蛮で粗野な印象を与えた。逆にスマラグドスで、髭は勇猛な戦士の証だった。その文化の違いを知らぬまま、両者は擦れ違う。


 翌朝、アンネリースの熱が下がった。まだ気怠い雰囲気ではあるものの、アンネリースは先に進むことを選ぶ。弱さを見せても守られる時期は終わった。彼女は誰よりそれを実感していた。熱があろうと平然と振舞い、不調を悟らせない必要がある。


 民が国を失ったのは、王族の失態だ。そう考えるアンネリースは、精神的に追い詰められていた。辛いし悲しい。両親と兄、家族を失った悲しみを嘆く暇もなく、弔う余裕もなかった。白い手に残されたのは、兄の遺品である耳飾りだけ。


「ばぁや、これを耳に通してちょうだい」


 兄のように穴を開けて通す。王女であるアンネリースの願いに、乳母は迷った。ムンパールの女性は体に穴を開ける飾りを使わない。だが遺品を常に身に着けたいと願う彼女の懇願に負け、裁縫用の針で尊き主君の耳に傷をつけた。


「ありがとう」


 昼食の休憩で行われた作業に、ルードルフは無言で目を逸らした。あの耳飾りを片方付けた、凛々しく若い王と戦った記憶が過る。正々堂々と玉座の前で戦いを挑んだ青年は、姫と同じ銀の髪をしていた。彼女の兄だろう。大切な家族を殺したのが俺だと知られたら……いや、関係ない。


 ムンパールの真珠姫と呼ばれる彼女は、今回の戦の褒賞となる。きっと高位貴族に下げ渡され、大切に愛されるはずだ。一番の功労を上げたとはいえ、一部族の長に過ぎない自分とは縁がない。ルードルフは自らにそう言い聞かせた。


 監視ではなく目が追ってしまう。彼女の些細な言動が気になる。こちらを見てほしいと願ってしまう。だがこの感情は毒だ。ルードルフは自らを戒めた。届かない葡萄に手を伸ばしても、疲弊するだけ。あの葡萄は甘くないのだと、高ぶる感情を抑えつけた。


「……陛下にご相談する価値はありそう」


 ぼそっと呟いた副長の口元の笑みに気づけないほど、ルードルフは己の感情に振り回されていた。

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