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03.さすがに動かせませんよ

 早めに設営されたテントの中、アンネリースは熱い吐息を吐き出す。苦しくて喉が焼けるようだった。水が唇に触れ、舐めるように飲む。水をたっぷりと含んだ綿を唇に当てる乳母は、姫の境遇を嘆いた。快適な王家の馬車ならば、体調を崩すことはなかった。未婚の姫が、見知らぬ男に腰を抱かれて運ばれる無礼もないはず。


 国を滅ぼされたのに何を贅沢な……と思われても、乳母や侍女にしたら姫は守るべき大切な人だ。少しでも楽に過ごしてほしいと願うのは当然だった。目を閉じ手を組んで、女神に祈る。愛し子である姫をお守りください、と。


「随分、熱心に祈るのだな」


 不思議そうに呟くのは将軍ルードルフだ。兵や騎士に混じって野営の準備を手伝っていた。アンネリースの体調が悪いことに気づき、いつもより早く野営の支度を始めたが。どうやら遅かったらしい。熱を出して寝込んだ彼女をどうしたものか、困惑する彼に乳母達が看病を申し出た。


 これ幸いと任せたはいいが、逃げられぬよう監視する必要もある。近くで薪割りを行い、時々様子を見ていたのだ。何かにつけて祈る女性達の様子に、宗教観がないルードルフは驚きを露わにする。


「ああ、ムンパールは女神信仰が盛んでしたから」


 ムンパールの隣国ジェイドから合流した騎士の一人が、世間話に応じる。女神パールを信仰する民は、ジェイドにもいた。母親が女神信仰だった彼は、将軍ルードルフに求められるまま話す。自殺を禁じる教義に、ルードルフは驚きを隠せなかった。


 ジャスパー帝国が崇めるのは、黒き神だ。黒髪と黒い瞳を持ち、褐色の肌の男神だった。オブシディアンと呼ばれる信徒達は、恥を何より嫌う。王女アンネリースの立場に置かれれば、すぐに命を絶っただろう。ルードルフが自害を心配したのは、オブシディアンである皇帝を知っているからだった。


 自害されないなら、それは監視が楽になる。教義を破って信仰する女神に逆らう可能性はゼロではないが、可能性はかなり低いと感じた。もし絶望して自害するなら、もっと早い段階で命を絶ったと思うからだ。


 アンネリースを目で追うルードルフの様子は、兵達も気づいていた。よほど大切な姫なのだろう、猛将として名高い将軍閣下が守る人だ。尊敬する彼の為に全力で守り抜く。騎士も含めて結束したが、将軍本人は自覚がない。目が離せない自分も、心配になる感情も、理解できぬまま持て余した。


「姫君の体調が戻るまで、動けませんね」


 副長カミルの呟きに、ルードルフは溜め息を吐いた。こんなに苦しそうな姫を無理やり移動させるのは、感情的にあり得ない。だが主君が待っているのも事実で、どうしたものかと眉を寄せた。


「皇帝陛下に伝令を出されては? さすがに動かせませんよ」


「そうしよう」


 書類の作成や処理、作戦の立案はカミルに助けられている。現場での臨機応変さや働きに自信のあるルードルフだが、平時にはほぼ役立たずだった。足りない部分を補う副官に感謝しながら、将軍は姫の様子を見にテントへ向かう。


「体調はどうだ……っ、すまん」


 姫の汗を拭っていたらしく、胸元の白い肌が視界に入った。慌てて両手で閉めて後ろを向く。もちろんテント内に足を踏み入れる無礼は避けた。侍女達の「声をかけて返答があってからお入りください」の叱咤に、大きな体を丸めてもう一度詫びた。

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