3-2.近いのに叶わない恋
到着までは文句を並べるが、スマラグドスの領地に入れば諦める。いつものことなのに、どうして毎回同じ罠に嵌るのか。これが宮廷の謀略なら見抜いてみせるのに。
ぼやくウルリヒを馬から降ろし、カミルは荷物を担いだ。抱える大きさの筒状の荷物は、着替えや土産が入っている。馬の両側に掛けたので、二つあった。
「ウルリヒ、こっち担いで」
軽い方を投げる。咄嗟に受け止めたウルリヒは、溜め息を呑み込んで歩き出した。名を呼び捨てるのは、このスマラグドスの領地のみ。カミルに呼び捨てを許したのは、敬称付きで呼ばれる不快感からだった。
ムンティア王国では宰相の肩書きに相応しい扱いをしなければ、カミルの立場が危ない。だから構わないが、スマラグドスの大地では素人同然の私が「様」付きで呼ばれるのはおかしい。そう主張したのは、二度目の滞在だった。以降、ずっと呼び捨てだ。
目の前には立派なゲルがある。カミルの実家だ。以前から何度も世話になり、すでに自分の実家も同然のテントに顔を突っ込んだ。中で休んでいた母親が立ち上がる。
「お帰り、ウルリヒ。カミルも一緒?」
「ええ、一緒です」
この口調だけは直らないので、諦めてもらった。両手を広げて歓迎を示す彼女を抱き止め、ぽんぽんと背を叩く。中に入れば、すぐにカミルが同じように母と抱き合った。
「どのくらいいられるの」
「飽きるまで」
適当な返答だが、母はそれで構わないようだ。クッションを並べた絨毯を勧め、二人を座らせた。スパイスの入った甘い乳茶を並々と注いで差し出す。ウルリヒも慣れたもので、ぐいと飲み干した。二杯目を受け取りながら、深い息を吐く。
「孫はいつ見れるんだろうね」
ぽつりと言われ、カミルに目を向ける。孫と言われれば、当然息子であるカミルの嫁取り問題だろう。そう決めつけたウルリヒに、彼女は二杯目を満たしながら話しかけた。
「あんたもよ、ウルリヒ」
カミルが呼び捨てにし始めてすぐ、母も真似した。別に拘らないのでそのままにしたが、彼女にとってウルリヒも出来の悪い息子の仲間入りをしたようだ。
「私も?」
「当たり前さ。二人も息子がいて、嫁も孫もいないなんて、あたしくらいだよ」
嘆くように告げて、作業をしに外へ出ていった。驚きすぎて固まるウルリヒに、カミルは肩を竦める。
「あの人の懐の大きさは、計り知れないな。にしても、俺に孫はできないと思うぞ」
「なぜだ?」
「好きな人が鈍いからな」
恋が実るのは諦めた。そう言われて、こてりと首を傾げる。見た目に動きは少ないが、頭の中はフル回転だった。カミルと出会ってから、彼のそばにいた女性を片っ端から洗い出していく。
恋をするような相手がいただろうか。その様子を見ながら、やっぱり恋は叶わなそうだとカミルは苦笑いを浮かべた。
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BLになりそこねた二人_( _*´ ꒳ `*)_うふふ。いや、未満ですからね。あと一つだけ番外編を書いて終わりかな?