2-3.酒は飲んでも飲まれるな
夜になって、ウルリヒやカミルも交えて酒瓶を傾ける。女王アンネリースは、夫ルードルフから渡されたコップを口に運んだ。
「今日のお説教は見事でした」
褒めるウルリヒに、なぜかアンネリースは居心地悪そうな顔をする。その様子に、ルードルフは何かを察したように頷いた。
「もしかして、同じ躾をされたのか?」
手にしたコップの酒を煽るように流し込み、頬を赤く染めたアンネリースはこくんと首を縦に振った。ぽつりぽつりと語られた内容は、何とも微笑ましい一家の様子を伝える。
悪戯をして服と絨毯にシミを作ってしまった。その際に、母である王妃が淡々と命じたのは、自らの手で服と絨毯を洗うこと。乳母ゲルダも手出しを禁じられ、そわそわしながら周囲を歩き回った。手出しそのものは禁止したけれど、口出しは問題なかったようで。
侍女や乳母の説明を聞きながら、自分で石鹸を運んで撒いて洗う。量が分からず大量に掛けたため、汚れが落ちても泡が消えなくて苦労したことも今は良い思い出だった。最後は微笑んで終わった話に、ウルリヒは大きく何度も頷く。この時点で酔っ払っていたようだ。
「これは王家の伝統に、ひっく……なりそうですね」
しゃくりあげる様子に、カミルが後ろで背中を叩き始める。さらに数回しゃっくりを繰り返し、水を飲んで落ち着いた。そんな宰相の姿に、アンネリースはお腹を抱えて大笑いする。飲むと涙もろくなり二日酔いで苦しむウルリヒと、対照的だった。
アンネリースは笑い上戸で、突然静かになったら眠っているタイプの酔い方だ。他者に迷惑をかける可能性は低いが、身の危険がある。夫ルードルフが「俺がいない場で飲むな」と言い聞かせていた。今日は四人で飲む状況で、いきなり杯を空けたのが原因だろう。
裏を返せば安心しきっているだが、ルードルフはやれやれと妻を捕まえた。笑い転げながら部屋の隅まで移動しそうだ。膝に抱き寄せると、嬉しそうに腰に腕を回して転寝を始めた。
「二人とも酔うの早いっすよ」
文句を言いながら、水でも飲むように杯を重ねるカミル。向かいで妻をしっかり確保し、瓶から飲みそうな勢いで薄い酒を流し込むルードルフ。どちらも酒に強く二日酔いの経験もなかった。スマラグドスの男達は酒に強く、飲まれたことはないのだが……そんな事情を知らないのは当人達だけ。
自分達は普通で、この二人がおかしいと思い込んでいた。結局二人きりになった飲み会の最中、扉をノックする音に気付く。小さな小さな音は控えめで、聞き逃してしまいそうだった。
「どうした?」
入れと匂わせるが、扉は開かない。妻にしがみ付かれて動けないルードルフの目配せで、カミルが立ち上がった。しっかりした足取りで扉まで歩き、開けたところで動きが止まる。
「ボス……」
「なんだ……っ、ルトガー?」
振り返って、慌てた。普段はしっかりしている母が、こんな姿で父に抱き着いている。きっと驚くだろうと思ったのに、おずおずと入ってきた息子は俯いていた。何かあったのかと尋ねようとして、くんと鼻をひくつかせる。
酒のせいでやや鈍いが、この臭いは……おもらしだ。恥ずかしいのと気持ち悪いのでいっぱいのルトガーは、もぞもぞしながら上目遣いに父を見上げる。
「……安心しろ、アリスには黙っていてやる。男の約束だ」
こくんと頷いたルトガーは、ほっとした様子で座り込んだ。