2-1.お転婆姫と気弱王子
一般的に王子と王女が双子なら、元気いっぱいな兄とお淑やかな妹を想像するでしょう? 我が家は真逆だわ。ダメと叱ったのに、懲りずにスカートで木登りをする姉が果実を捥いで齧る。大木の根元で、気弱な弟は「叱られちゃうよ」と降りるよう促した。
いつもの光景なので、侍従や侍女は苦笑いで見守る。当初は危ないと心配したけれど、ほぼ毎日悪戯しているのをみたら、不安はなくなった。落ちてケガをしたことはないし、多少の傷を負っても自分の責任よ。そう突き放すアンネリースと違い、ルードルフは木の下で手を伸ばした。
「下りてこい、ディアナ」
「いやよ、あれをとるの!」
少し高い場所にある大きな果実を指差し、食べ終えたゴミをポケットに入れる。洗濯する子の負担が大きくなって申し訳ないわね。アンネリースは溜め息を吐いた。捨てるよりマシだが、汚れるのは確実だ。木登りをしている時点で、繕いの手間も発生する。
「一度、お裁縫と洗濯をやらせた方がいいわね」
他の人の仕事を増やしたんだもの。その結果を自分で尻拭いさせなくちゃ。もう四歳になるんだもの。王政の形を取っているが、別に世襲制にする必要性を感じない女王は溜め息を吐いた。後を継がなくても、人の苦労を増やして知らん顔する子に育てる気はない。
跡取りは優秀な子を養子にしてもいいし、あの子達のどちらかが頑張るなら応援するつもりだった。どちらにしろ、最低限の躾はしないとね。子供達に甘い夫に任せても、野生児に育ってしまう。日傘を差して見守る母に、木の枝から手を振る娘。元気なのはいいけれど。
「王女殿下は相変わらずですか」
署名の必要な書類を手に、宰相ウルリヒが現れる。最近では堂々とカミルを自分の副官にして、スマラグドスから引き抜いてしまった。貴族対応の出来る護衛官で、隠密仕事も可能なカミルは便利だろう。ウルリヒとの相性も悪くないようで、アンネリースは一歩引いて見守っていた。
もしカミルが過労状態になれば、すぐ引き離すつもりだった。実際は逆で、働こうとするウルリヒをカミルが上手にコントロールしている。ルードルフの副官だっただけあって、有能だわ。微笑んで書類を受け取る。
「あの通りよ、それとルトガーも」
姉の心配をしながら、おろおろとする。その左手は本を掴み、絶対に手放さないのだ。読書が好きで、大人しく室内でこまごました作業をするのが好きな子だった。男の子だから外で遊びなさい、なんて言うつもりはない。女の子が木登りするのも認めているのだから。
「王女様はボスにそっくりですね」
追いかけて、ウルリヒに薄布を被せるカミルが苦笑いした。先日も日焼けのし過ぎで、熱を出した彼を心配したのだろう。世話焼きなところは変わらない。カミル自身は日焼けに強いようで、白いはずの肌が黒光りするほど焼いていた。最近、視察が多かったせいかしら。
捥いだ果実を揺らして「おとうさま、はいっ」と勢いよく投げて寄越す。慣れた様子で受け止め、両手を広げるルードルフが「ほら」と促した。跨った太い枝の上に立ちあがり、ディアナは躊躇いなく飛び降りた。
最初の頃は悲鳴を上げたけれど、今では慣れたもの。ルードルフが受け止め損なう心配はないし、あの子もそれを理解している。ぽすっと腕に収まり、はしゃいだ声を上げて首に抱き着いた。
「さて、嫌な役はいつも私なのよ」
仕方ないわね、そう言い残して二人の元へ向かった。途中で抱き着くルトガーは、何度見ても怖いのか泣いている。抱き上げてあやしながら、お転婆姫に注意するため歩み寄った。