1.人々の想いが花咲く丘で
妊娠に気づいてすぐ、食欲がなくなった。心配する夫がおろおろしながら、各国から珍しい食材を取り寄せる。酸っぱい果物を少し、甘くないお菓子をちょっと。痩せる私のお腹は反対に膨らんで。心配し過ぎて、ルードルフが倒れるかと思ったわ。
数カ月すれば落ち着いて、今度は腰痛に悩まされた。重いだろうに支えて抱き上げて歩く夫に苦笑いして、産む直前はもうお腹がはちきれそう。
出産の日は苦しくて痛くて、泣きながら神に祈った。女神パール様は出産を含む母子の味方だ。どうかこの子達を助けて、と。願いを聞き届けてくださったのか、子供達は無事だった。
祈りながら産んだ子は、一人目が女の子。つづいて男の子だった。お腹に二人もいたなんて! 用意した一つのお包みで、二人まとめて巻かれていた。受け取って顔を見た途端、出産の痛みが消えた気がする。実際は痛いんだけれど、そんなことどうでもよくなった。
可愛い、私の大切な宝物だわ。宝石のよう、と赤子を表現する理由が理解できる。大切で、壊れそうな輝きを放つ宝物だもの。王女にディアナ、王子にルトガーと名付けた。月の乙女の名前と、勇猛果敢な父親の名を少し借りて。
ディアナはやや浅黒い肌に銀髪、瞳の色は深い青だった。私の色より深い瞳は、肌の色同様にルードルフから受け継いだのね。ルトガーは私に似た白い肌に黒髪だった。目の色はやっぱり深い青で、双子らしいのは顔立ちと目の色が同じことくらい。性格も正反対だった。
大きくなるにつれて、お転婆になるディアナと後始末をしながら追いかけるルトガーがいる。幼い頃のお兄様と私のようだわ。そう話しながら、胸が痛まないことに気づいた。ああ、そうなのね。私の中で、過去がきちんと思い出になったんだわ。
傷跡でなくなった過去を話しながら、両親と兄の墓を訪れた。殺されてしまった父は、同行した騎士が命懸けで持ち帰った遺髪を納めている。気の触れた母が抱き締める形で、壺に入った両親は一緒に埋葬した。兄は焼けてしまったけれど、戦った証の剣と骨を。
あなた達が命懸けで繋いだ私という蕾は、夫を得て女王として花開いた。立派に結実し、王子と王女の二人を次世代へ残す。ムンパール王国の名は、新たなムンティア王国となって歴史に刻まれた。
立派な墓所は不要だ、そう笑ったお父様の言葉通りに小さなお墓を作る。お母様と一緒で、今頃は少し安心してくれたかしら? お兄様が守った私は幸せよ。白い石材で建てた墓を撫でる。周囲にはいつの間にか花が植えられていた。
立派な花壇と通路が出来て、人々が訪れる。どこからか話が漏れたのね。ムンパール国王だった父と兄を知る国民が花を手向け、同じように花壇に花を植えた。季節ごとに花が変わる花壇は、小さな苗木が風に揺れる。いつか大木に育ち、街の人々を見守るのでしょう。
手についた砂を払って立ち上がる私を、ルードルフの腕が支える。最近は無精髭も綺麗に剃る夫は、娘ディアナに「じょりじょりいたい」と拒まれたことが衝撃だったみたい。思い出して、くすっと笑った。
「どうした?」
「幸せだなと思ったのよ」
ざぁっと風が吹いて、振り返った墓の前に立つ家族の幻想を見る。ああ、なんて幸せで幸運な日なの。母の肩を抱く父と、私に手を振る兄――愛しているわ、いつまでも。だから私を見守っていてね。微笑みを浮かべて視線を逸らした。彼らの消える姿をみないために……。
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明日は、双子ちゃん(ディアナとルトガー)の日常編です(*´艸`*)