106.輝く未来は銀色に光る(最終話)
アメシス王国、叛逆の狼煙が上がる――。
まだ建築途中の王宮の一角、執務に使用する部屋でアンネリースは一報を受け取った。民の我慢が限界に達したのだ。予想していたとはいえ、仕掛けた側の気持ちは重い。他国の王宮であっても、陥落する姿は胸が痛んだ。
「陛下はお気になさらず。私の策ですから」
ウルリヒは淡々と告げる。女王は気に病む必要はない。宰相である自分が策を練り、手を下した。現実であり事実だが、真実ではなかった。アンネリースは自覚している。策を知っていて止めなかった自分にも責任がある、と。
「気にしないのは無理だけど、後悔はしないわ」
何もせずアメシス王国を放置すれば、あの悪環境が数十年続く。どれだけの民が虐げられ、搾取されて不幸になるのか。時間を巻いて早めることで、失われる人命を最小限に留めた。彼女はそう考える。
人の命の重さは、平等ではなかった。理想と現実は違う。誰かを犠牲にしなくては成し得ない偉業なら、犠牲にした人を無駄にしないことが最大の返礼だ。どうやっても取りこぼす人はでてしまう。どんなに手を尽くしても、届かない人もいる。
執政者はその痛みを理解し、身の裡に抱えてこそ、資格を得るのだ。多くの人の命を預かる以上、より多くを生かすために少数を切り捨てる決断もする。責任を負い、義務を果たし、それでも民に罵られる日が来るだろう。
選んだ険しい道は、どこまでも暗い。明るい未来はなく、自らの手で切り開くものだった。
「後悔なさらない?」
本当に? と重ねて疑う響きに、アンネリースは微笑みを浮かべた。真珠姫と呼ばれた頃から歳を重ねた顔は、それでも十分過ぎるほど魅力的だった。
「絶対にしないわ。後悔するってことはね、手を尽くさなかったからよ」
己の力をすべて発揮し、全力で戦った痕跡なら、どんなに無惨でも誇れる。作ってきた国と街、守った人々の暮らしを見ても後悔するなら、それは改善する余地があった証拠。手落ちを認める行為なの。
アンネリースの持論に、ウルリヒはなるほどと頷いた。強い彼女を支える夫は、頬を緩めて空を見上げた。傍らに置いた剣を手に取り、徐に身を起こす。
「ようやく俺の出番だ。留守にするが、子供達を頼む」
「ええ。安心して行ってきて」
見送るアンネリースの頬にキスをして、ルードルフは大股に出て行った。破綻するアメシス王国との国境に出向くのだ。入り込もうとする難民を整理し、逃げてくる王国貴族を捕獲する。隣国が崩壊した影響を、最小限に留めるための出陣だった。
「あの子達はどこかしら。お父様の見送りをさせないと」
アンネリースは女王の顔を脱ぎ捨て、母親に戻る。穏やかな表情で、執務室を出て行った。残されたウルリヒは、手元の書類をすべて引き出しに片付ける。これから、アメシス王国絡みの書類や手配が増える。
明日でも構わない書類は、先送りしよう。ついでに友人の久々の出陣を見送るのも悪くないですね。女王を追う形で、彼も執務室を出た。少し先で、双子の王女と王子に両手を取られた女王に追いつく。
王宮の二階に上がり、出発するスマラグドスの戦士に手を振った。
「早く帰ってね、お父様」
手を振る子供達と妻、友人に気づいたルードルフが剣を抜いて天に掲げる。きらりと光る銀の剣が、これからの未来を照らしていた。
終わり
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一応完結になります。お付き合いありがとうございました。ちょっと群像劇で小難しくしたら、予想より混乱しました/(^o^) \でも、楽しかったんですけれど。
あと数話の小話をつけて、完全完結にします。希望があればご連絡くださいね!