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01.私の世界が崩壊した日

 幸せな思い出が燃えて崩れたあの日、アンネリースは人生のどん底に叩き落とされた。圧倒的な戦力差、絶望的な国力の違い、無慈悲な攻撃。すべてにおいて負けた日、未来の夫は彼女に惚れて守り抜く決意を固める。二人の出会いが世界すら変えた――これは知識豊かな美姫と蛮族呼ばわりされる剛腕で無骨な男の、今もなお語り継がれる物語。










 燃え盛る炎が王宮を嘗める。大陸の南海岸に面し、ムンパールの真珠と呼ばれた都は陥落した。幼い頃に遊んだ庭、必死で勉強した部屋や国民に手を振ったテラスも……すべてが炎の中で崩れ去る。手に残ったのは、兄の形見である小さな耳飾りだけ。


 戦争にならないよう話し合いに出向いたお父様は殺され、ショックで倒れたお母様も儚くなった。お兄様は剣をもって戦い、先ほど玉座で亡くなられて……私は取り残された。座り込んだアンネリースは敵国の騎士に囲まれ、逃げる場所がない。


 この後の運命を思うなら、死んでしまいたい。滅びた国の王女なんて、政略結婚か褒賞にしかならないわ。それでも……アンネリースは死を選べなかった。さらりと銀糸の髪が揺れる。


 命が惜しいとは思わない。けれど、彼女が信じる女神は自殺を禁じていた。もし自害すれば、父母や兄の魂とは二度と巡り合えないから。いつか、数世代後でもいいから会いたい。女神様の御慈悲に縋る以外、アンネリースに希望はなかった。 


 乳母が「姫様」と叫び、侍女が泣きながら手を伸ばす。彼女らの命を守るのは、王族である私の使命だわ。そう思い、アンネリースは涙を拭った。か弱い彼女らを囲むのは、剣を突きつける鎧姿の大柄な軍人だ。毅然と顔を上げ、アンネリースは姫として最後の務めを口にする。


「投降します。我が国民を傷つけないと約束してください」


 無駄に奪わず、虐げず、この領地で暮らすことを許してほしい。私が説得すれば国民も従ってくれるはず。願いを聞き届けられるなら、最後の王族であるこの身を捧げましょう。アンネリースの覚悟と願いに、騎士達を押しのけた男が頷いた。


 大柄で野生の獣のような風貌だった。頬や顎を覆う髭とぼさぼさの髪は黒く、肌も褐色に近い色をしている。真珠の肌と謳われたアンネリースとは正反対だが、その瞳の色は同じ青だ。空と海の色ほどには違いがあっても。


「我がスマラグドスの名に懸けて、約束は守る」


 低く耳に心地よい響きが吐き出した約束に、ほっとして安堵の息を吐いた。周囲の騎士が何か文句をつけたようだが、彼は取り合わない。それだけの地位があるのだろう。運が良かったわ。アンネリースは頬を緩めた。これで祖国の民は守られる。


 王族として最後の義務を果たせるなら、この先何が起きようと頑張れるわ。青い瞳を細めたアンネリースは、そのまま目を閉じた。敗戦国の王女の首を刎ねて見せしめにされても、誰かに下賜されたとしても、信仰と民を守れるなら従いましょう。


 握り締めた真珠の耳飾りは、最後の戦いに赴く前に兄がくれたもの。お父様とお母様の形見もすべて焼けてしまった。スマラグドスと名乗った大男は将軍のようで、アンネリースを抱き上げて馬に跨る。傷つけられ降伏した民の間を、囚われの王女は敵将の馬で揺られた。


 敗戦を肌で感じた民が、奪われる真珠姫の姿に涙を落とす。これが大陸の真珠、ムンパール国滅亡の決定打となった。最後の王族、古きムンパール直系の血を唯一受け継ぐ姫。彼女に似合わぬ肩書きが増える中、王女アンネリースは家族の仇であるジャスパー帝国へ引き立てられた。

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