XC-F01 フブキ
担当者がシンノスケに提示したXC-F01フブキはアクネリア宇宙軍に配備が始まったばかりのユキカゼ型の試験実験艦とのことだが、シンノスケがこのフブキを護衛艦として手に入れるには大きな問題がある。
「ユキカゼ型って軽巡ですよね?」
シンノスケの懸念は当然だ。
民間護衛艦として認められているのは駆逐艦の武装に準じると定められているのだが、最新鋭艦として配備が進められているユキカゼ型は駆逐艦ではなく軽巡航艦なのである。
仮に武装を駆逐艦程度のものにするにしても、基本性能が巡航艦では色々と問題があるのだ。
しかし、目の前の担当者はシンノスケの懸念など想定済みという表情を見せる。
「何ら問題ありません。XC-F01フブキは軍の軽巡航艦として開発製造された試験艦ですが、フブキ自体は駆逐艦をやや上回る程度の能力しかありません。軽巡航艦としての能力を有しているのはXC-F02ハツカゼ以降です」
「それは、どういうことですか?」
担当者の説明にシンノスケは首を傾げた。
「これは当社の軍用艦開発の方針なのですが、軍で新型艦配備計画が持ち上がり、そのコンペティションに参加する際、我が社では軍の要求性能ギリギリの性能に抑えた艦を最初に提案するのです」
「それはどうして?」
「軍隊というのは非常に我が儘な組織でして、要求性能を十分に満たした船を提案して一次選考を勝ち残っても、二次選考や最終選考で更なる仕様変更をしてくることはままあります。最初から高性能艦を提案すると、伸びしろがなくなってしまうのです」
「そこで敢えて性能を落とした船を出すと?」
「はい。一見不利なように見えますし、実際にXD-F00の時には失敗しましたが、最近では軍の方でも当社の意図を理解しているようで、容易にコンペティションで脱落することが無くなり、上位選考まで残ることが殆どです。おかげさまで宇宙軍に配備されている駆逐艦、巡航艦の47パーセントは当社製であり、他に約15パーセントを友好国から輸入していることを鑑みると、この艦種における当社のシェアは他社の追随を許さないレベルにまで至っています」
誇らしげに話す担当者。
フブキの性能を改めて確認してみると、エンジン性能等は高性能駆逐艦と軽巡航艦の間、どちらでも通用する仕様になっている。
外見は実戦配備されているユキカゼ型に類似しているが、フブキは全長105メートルと、ユキカゼ型よりも30メートル程小型だ。
これで駆逐艦程度の武装ならば護衛艦としても認められるだろう。
価格についてもケルベロス同様のデータ提供の契約を結ぶ前提で抑えられており、船体に各種武装を追加しても手の届くものだ。
「確かに魅力的ですが、実際に見てみないと決断できませんね」
シンノスケの言葉に担当者も頷く。
「そう仰られると思いまして、実はXC-F01は本社からこちらのコロニーに向けて回航中です。2、3日中にはこちらのドックに到着します。実際に見てもらって、ご納得いただけましたら装備面のご相談をした上で契約していただきたいと考えております」
「それは随分と手回しがいいですね」
「それはもう、あのじゃじゃ馬のようなXD-F00を乗りこなしていたカシムラ様になら、きっと気に入っていただけると確信をしております」
そこまで自信を持って薦められるとシンノスケとしても俄然興味が出る。
決断するのは実際に見てからだか、シンノスケの気持ちは決まりつつあった。
そして、2日後、船が到着したとの連絡を受け、サイコウジ・インダストリーのドックを訪れたシンノスケとマークス。
案内された先のドックにXC-F01フブキが固定されていた。
「これは・・・実際に見るとやはり違うな」
「そうですね」
試作実験艦であるため船体は漆黒に塗装され、サイコウジ・インダストリーの識別表示がある他には開発番号すら示されていない。
「これが私共が自信を持ってお薦めするXC-F01フブキです。XD-F00に比べて機動力はやや劣りますが、速度はこちらが上回ります。各種武装を装備した上でのペイロードは100トン。自由商人の貨物船には及びませんが、護衛艦のペイロードとしては余裕がある方だと思います」
「確かに、ケルベロスの3倍以上ですね」
「加えて連絡シャトルの他に敵艦突入にも使用できる内火艇を1艇搭載しています。現時点、武装は全て外していますが、ウエポンベースは艦首に3箇所、艦底部に2箇所、艦尾に2箇所。他にミサイルランチャーを2基、宇宙魚雷発射装置が2基装備しています」
護衛艦としては十分な装備であり、装備面については申し分ない。
そうなると、操作性の問題だが、未だサイコウジ・インダストリーの試作実験艦との位置付けであるため、おいそれとは試験航行を行うわけにはいかない。
その代わり艦内は自由に見せてもらうことが出来た。
艦内にはブリッジに隣接する艦長室の他に個室が3室、2人部屋が3室ある。
食堂はケルベロスと然程違いはなく、ケルベロスと同型の自動調理機が備えられていた。
そして、シンノスケを驚喜させたのはシャワールーム、ではなくバスルームだ。
「素晴らしい、バスタブがあるぞマークス」
「そうですね」
シンノスケとは対照的に素っ気ない反応のマークス。
「マークス、バスタブに浸かって疲れを癒す感動を知らないのか?」
「はい、知りません。私は身体の洗浄にバスタブは必要ありませんし、疲れることもないので、疲れを癒す必要もありません」
バスルームがあることに感動したシンノスケはマークスの言葉など聞いていない。
「マスター、浮かれるのも結構ですが、まさかバスルームの有無で決めるつもりではありませんよね?」
「心境的には決めたいところだが、そういうわけにもいかないな。肝心のブリッジを見てみよう」
そうして最後にブリッジを確認することにしたシンノスケとマークス。
ブリッジに入ってみると、ブリッジ中央の一段高い位置に艦長席を兼ねた操縦席、操縦席の左前に操艦機能を有する総合オペレーター席、右前に航行管制、通信オペレーター席、操縦席の左後方に副操縦士席があり、全ての席が同じ方向、艦の前方に向いている。
担当者の許しを得て操縦席に座ってみるシンノスケ。
「これはいいな。凄くしっくりくる。相性の良い船は操縦席に座っただけで分かるものだな」
操舵ハンドルやスロットルレバーに手を掛け、シンノスケは感慨深げだ。
「しっくりくるのは当然です。サイコウジ・インダストリーの艦船は機種転換を容易にするために大半の船の操縦席は同じ規格のものを使用していますのでケルベロスと同じものですよ」
マークスの冷静な指摘にシンノスケはむっとした表情を浮かべた。
「そんなことは分かっているよ。こういうのは気分の問題だし、一度言ってみたかったんだから、つまらないことで水を差さないでくれ」
「・・・そうですか」
「呆れるな、マークス」
「いえ、呆れています・・・」
結局、シンノスケはXC-F01フブキを買うことを即決したのである。