新しい護衛艦を手に入れろ
復帰を決めたシンノスケだが、そのためには新しい護衛艦を手に入れなければならない。
そこで先ずシンノスケは自由商船組合に赴くことにした。
先の仕事の報酬の受け取りと、沈んでしまったケルベロスの補償に関する相談のためだ。
また、自由商船組合では中古の船を扱っているので、その辺りも見てみようと考えている。
セイラとミリーナはアイラの船で仕事に出ているため、マークスを伴って自由商船組合にやってきたシンノスケだが、組合では事情を知っているリナが諸々の準備を整えていた。
「おはようございますシンノスケさん。計算の方は終わってますよ。因みに、この補償額は自由商船組合としてお約束できる最低補償額で、まだ交渉の余地はありますし、上司からもその辺を含めて説明するように言われています」
言いながらリナが提示してきたのは難民船団護衛の報酬と、組合が参加者を募った(シンノスケの場合は半ば強制的に)依頼で船を失ったことによる組合からの補償額だ。
提示額を見たシンノスケは眉をひそめる。
提示された補償額では中古の貨物船か、ケルベロスよりも遥かに性能が劣る小型の護衛艦位しか買うことが出来ない。
「やはり思ったようにはいきませんね」
「すみません。損害を受けた全てのセーラーさんに対して損害の程度に合わせて補償するとなると、この額になってしまうんです。これでも船を失ったセーラーさんには増額対応になっています。無論、提示額にご納得いただけなければ、上に掛け合います。シンノスケさんの貢献度を加味すれば、まだ増額の余地はあります」
申し訳なさそうに話すリナだが、確かに損害を受けた護衛艦乗り全員の損害を満額補償していたら組合が破綻してしまう。
そもそも、自由商人の仕事上の損失は余程のことがない限り自分で負担しなければならない。
組合からの指名依頼等で多少なりとも補償されるだけで御の字なのだ。
正にシンノスケのいう『事故と弁当は自分持ち』の世界なのである。
シンノスケは思案した挙げ句、補償についての決断は一旦保留して、もう一つの目的について確認することにした。
「中古船の方はどうですか?」
シンノスケに聞かれたリナは組合で取り扱っている中古の護衛艦のリストを示す。
「現在、私どもの組合で保有する護衛艦の在庫は7隻ですが、シンノスケさんの能力に見合う船は3隻です。それ以外は提示した補償額でもお釣りが来ますが、新人セーラーさんが買うような貨物船の改造型で、武装も物足りないと思います」
確かにリナが示した護衛艦の内4隻はC級護衛艦乗りの仕事に耐えられるだけの性能を有しておらず、問題外だ。
残りの3隻は沿岸警備隊払い下げの小型の巡視船とシンノスケが宇宙軍に入る時には既に退役していた老朽艦の駆逐艦とフリゲートだが、どれもぱっとしない。
船の無いシンノスケが贅沢を言える立場ではないが、自分やクルーの命を預け、苦楽を共にする船なのだから妥協するわけにはいかないのだ。
「これらの船ではちょっと無理ですね」
シンノスケの言葉にリナも頷く。
「やっぱりそうですよね。貨物船はともかく、程度のいい中古の護衛艦は直ぐに売れてしまうんですよ。それに、中古船を取り扱っているといっても、組合は艦船の売買を主にしているわけではありませんからね。船を買うならば専門業者に当たった方がいいかも、ですね」
リナの言うとおり組合の保有する中古船ではめぼしいものが無いのでシンノスケは次の心当たりに向かうことにする。
「分かりました。ちょっと他を当たってみます。補償額も含めて保留にしておいてください」
マークスと共に組合を出たシンノスケだが、実のところ、船の購入についてはこれから向かう先の方が本命だ。
そこで船を見繕うに当たり、どれ程の補償を得られ、どの程度の予算で交渉できるかを確認するために組合に立ち寄っただけなのである。
そんなシンノスケ達が向かったのはサイコウジ・インダストリーだ。
サイコウジ・インダストリーとシンノスケはケルベロスのデータ提供等の契約を結んでいたが、船が沈んでしまった以上は契約の継続が困難であり、その契約についての相談と、あわよくば程度の良い船を融通してもらえないかとの思惑がある。
サイコウジ・インダストリーに到着すると、2人は受付職員に別室へと案内された。
そこで待っていたのはいつもの営業担当者と2人のエンジニア。
「お待ちしておりましたカシムラ様」
「はい、申し訳ありませんが、ケルベロスを沈めてしまいまして。折り入ってご相談があるのですが」
「XD-F00のことについてはマークス様より聞き及んでおります。実は、私共もカシムラ様にご相談、といいますか、お願いしたいことがあるんです」
「お願い?それは一体?」
首を傾げるシンノスケに営業担当者は端末のモニターを示す。
そこに映し出されているのは無数の船の残骸だ。
「これは、まさかケルベロスの?」
「はい。マークス様からの知らせを受け、直ぐに我が社の回収船を向かわせて回収してきたものです。当然ながら全ての残骸を回収することは出来ませんでしたが、可能な限り集めたものです。私共のお願いというのはこれを全て買い取らせていただきたいのです」
「エンジンを破損した時も同じようなことがありましたが、こんな残骸でも価値があるものなんですか?自分の船の残骸ではありますが、これは最早スペースデブリそのものですよ」
シンノスケの言葉にエンジニアの1人が口を開く。
「私達エンジニアにとってはこれらの品々は、データ収集のための宝の山です。例えそれが10センチに満たない破片でも、提供いただいた最後のデータと照らし合わせれば貴重な情報を得ることが可能です」
エンジニアの説明を聞いても理解できるような、理解できないようなシンノスケだが、そもそもシンノスケでは回収出来ず、スペースデブリのままにするしかない残骸をわざわざ回収してきて、挙げ句に売って欲しいというならば断る理由はなく、シンノスケにしても予期せぬ収入であり、元々無いものなので金額に拘りはない
「分かりました、サイコウジ・インダストリーの研究開発の役に立つならお譲りします。価格はそちらの言い値で結構です」
担当者から提示された金額を確認したところ、まあまあ高額だが、船の部品としての買い取り額としては常識の範囲内である。
シンノスケとしては降って湧いたような話に時間を割くつもりではないので、サイコウジ側の提示額で承諾し、改めて本題にはいることにした。
「それでは、私からのお話なのですが、ケルベロスを失ったことによりサイコウジ・インダストリーに対して航行データを提供するという契約は今回のデータ提供で最後になってしまいました。しかしながら、私としても今後も自由商人を続けていくつもりでありまして、そのためには新しい護衛艦を手に入れる必要があります」
「そこで当社にご相談ということですね?」
営業担当者の目がキラリと光る。
「そうですね、他社の護衛艦も視野にはありますが、先ずは扱い慣れたサイコウジ製の護衛艦を確認してからと思っています」
「これは、営業担当として意地でもカシムラ様を繋ぎ止める必要がありますね。カシムラ様が他社の船に乗るなんて事態になったら私の首筋が寒くなってしまいます」
そんなことを言いながら端末を操作する担当者。
「サイコウジ・カンパニー内での懸念は必要ありませんよ。私は独立した自由商人で、この立場についてはカンパニーとは一線を引いています。私とサイコウジの関係はビジネスではなく家族としての関わり合いに過ぎません」
シンノスケの言葉に嘘偽りは無いし、義姉のエミリアもその辺りは弁えている。
多少の介入はあってもサイコウジ・カンパニーにとってシンノスケは星の数程いるビジネスパートナーでしかないのだ。
「それは理解しています。会長はそのような判断をするお方ではありません。私が恐れているのは貴重な実戦データの提供元を失うことなんですよ。そのようなことになったら当社にとって計り知れぬ損失です」
そう言いながらモニターを見せてくる。
そこには数々の駆逐艦、フリゲート、コルベット等が映し出されていた。
どれも現用艦か、一世代前のもので、護衛艦として運用するには十分な性能であり、価格についても最大限譲歩してくれているようで、シンノスケでも手の届く設定だ。
流石に現用艦となるとシンノスケの資金では足りないが、ローンを組めば無理なく支払える。
サイコウジ・カンパニー製の船はユニット構造でウエポンベースも充実しており武装は自分好みにカスタマイズできるので、ケルベロスよりもペイロードに余裕がある駆逐艦かフリゲートが欲しいところだ。
「なるほど、どれも良い船ですね。特に現用駆逐艦のグリフォン型やフリゲートのカゲロウ型が魅力的ですね」
モニターを見ながら話すシンノスケの様子を見て担当者は確信したようにニヤリと笑う。
「グリフォン型もカゲロウ型も自信を持ってお薦めします。しかし、これらの船を気に入っていただけるならば、より一層の自信を持ってこちらの船をお薦めします。XD-F00と似た出自の船ですが・・・」
担当者はそう言うとモニターを切り替えた。
モニターに映し出された船をみてシンノスケは目を見張る。
「これは、ユキカゼ型ですか?」
「はい。ユキカゼ型の試作実験艦XC-F01フブキです」