リナの提案
「マークスさんっ!何で先に声かけちゃうんですか」
「そうですわ!ここは私達、いえ、私の役目でしょう!」
「セイラちゃんもミリーナさんも、今回位は私に譲ってくれても・・・」
一斉にマークスを非難するセイラとミリーナとリナの3人。
「いえ、お三方が揉めていましたので、公平性を期して代表で私がマスターに声を掛けたのですが?」
しかし、マークスは3人に詰め寄られてもどこ吹く風、ポーカーフェイスだ。
「何を言いますの、こういう時は乙女の役割ですわ!でないと納得できませんわよ!シンノスケ様だって違うって仰っていたじゃないですか!」
「ですが、そんな定石どおりでは新鮮味がないと判断しますが?」
「その定石というものが大切なのですよ」
ミリーナの意見に激しく同意するセイラとリナ。
セイラ、ミリーナ、リナが喧喧囂囂とマークスを責め立て、文字通り姦しい。
「3人とも、すまないが喧しい・・・」
絞り出すようなシンノスケの言葉に3人はハッと口を噤む。
シンノスケは改めて周囲を見回すが、視界の違和感がとてつもない。
右目と左目の見え方の差が激しくてクラクラするのだ。
医師やマークスの説明によれば、シンノスケの左目は完全に潰れており、義眼が埋め込まれたということで、正常な視力を提供する左目の義眼と、今までどおり極端な近視の右目のバランスが崩れているということらしい。
その他の熱傷や骨折等は問題なく治療できたが、当分の間は入院が必要だということだ。
「でも、シンノスケさんが無事で本当によかったです」
「そうですわね。船は失ってもシンノスケ様が無事ならば再起はできますわ」
「私も心配したんですよ。それなのに、私のフォトフレームなんかのために取り返しのつかない大怪我までして、シンノスケさんは大バカです。・・・でも、本当にありがとうございました。そして何よりシンノスケさんが無事だったことが本当に・・・グスッ・・・」
そう言って無事を信じて待っていた3人はシンノスケに笑顔を見せる。
セイラだけは涙目の笑顔だ。
「みんな、本当に心配を掛けた。申し訳ない。そして、ありがとう」
シンノスケの言葉に今度こそ皆が笑顔になった。
なにはともあれシンノスケが無事に意識を取り戻したことで室内の雰囲気は穏やかなものになったのだが、そこでシンノスケがあることに気付く。
「そういえば、ケルベロスが沈んでしまったからセラの住む場所が無くなってしまったじゃないか。とりあえずどこかのホテルにでも・・・」
「それならば問題ありませんわ」
ミリーナの言うことによれば、セイラは一時的にミリーナの屋敷に身を寄せているとのことだ。
「そうか、それならよかった。ミリーナ、すまないが暫くの間、セラを頼む」
「大丈夫、仲間ですので当然のことですわ」
そこにマークスが割って入る。
「マスター、私の心配はしてくれないのですか?」
「お前はどうせドックの隅にある事務所の小屋にいるだろう?あそこにはお前のメンテナンスセットの予備が置いてあるじゃないか」
「まあ、そうですが。もう少し私のことを心配してくれてもよいのではありませんか?」
シンノスケとマークスのやり取りに皆が笑った。
ケルベロスを失うという惨事の中でクルーは誰1人として欠けることなく生還することができたのだ。
シンノスケが入院し、ケルベロスも失ってしまったことでマークスとセラ、ミリーナは仕事をすることが出来なくなった。
しかし、そこでリナが機転を利かせる。
「シンノスケさんの入院中、セイラちゃんとミリーナさんは他の船のお手伝いということで仕事をしたらどうですか?セイラちゃんは優秀な管制・通信士ですし、ミリーナさんも見習いとはいえ船の操縦が出来ます。2人セットでの短期契約なら引く手あまただと思いますよ。シンノスケさんが復帰するまでの間にスキルアップしてはどうですか?」
リナの提案にセイラもミリーナも乗り気であり、早速組合内で自由商人に希望を募ったところ、2人を知る自由商人を中心に希望者が次々と現れた。
とはいえ、シンノスケが療養中の一時的なものだから2人を極端に危険な仕事に当てるわけにはいかない。
結果、食料品や医薬品を輸送する貨物船の護衛に付くアイラのA884に乗りこむことになった。
予定は3週間、その間はセイラとミリーナは戻ってくることはない。
「計画どおり。どうにも私だけ出遅れていますからね。この機会に2人との差を詰めさせてもらいます」
セイラとミリーナを見送ったリナは1人ほくそ笑んだ。




