夢の中のシンノスケ
僕のお父さんは大きな宇宙船の船長だ。
一度お仕事に行くとなかなか帰ってこなくて寂しいけど、お父さんがお仕事に行く時や、お仕事から帰ってくる時に港に行ってお父さんの大きな船を見るのが大好きだ。
僕にはお母さんがいないからお父さんが仕事に行っている間はお手伝いのおばさんが一緒にいてくれる。
おばさんは僕が悪戯をしたり、危ないことをすると物凄く怒るけど、とっても優しいおばさんだ。
だから僕はお父さんがなかなか帰ってこなくても我慢できる。
僕は生まれつき目が悪い。
本を読むのが大好きだけど、端末の画面の字を読もうとしても、字がぼやけて目を近づけないと読めないし、画面を見ていると目がチカチカしてきて気持ち悪い。
でも、家には紙の本もいっぱいあったから僕は友達と遊んでいる時の他はずっと本を読んでいた。
僕が本に顔を近づけながら本を読んでいるのを見たおばさんがそのことをお父さんに相談したら、お父さんに病院に連れていかれて、色々検査したら僕の目は生まれつきよく見えないことがわかった。
でも、病院で手術して小さな機械を目と頭の中に入れればよく見えるようになるって言われたけど、僕は手術も身体の中に機械を入れることも怖くて絶対に嫌だった。
お父さんも先生も
『痛くないよ』
って言っていたけど、怖いものは怖いんだ。
僕が
『絶対に嫌だ』
と言ったらお父さんは諦めて僕に眼鏡を買ってくれた。
眼鏡を掛けたら世界が急に明るくなった。
本の字もよく見えるし、端末の画面を見ていても目がチカチカしなくなった。
友達からは
『眼鏡なんか掛けて格好悪い』
って言われたけど、僕は眼鏡が格好いいと思っているから、友達の言うことなんか気にしない。
気にしないでいたら、いつの間にか友達も僕の眼鏡のことを言わなくなった。
僕が11歳の時、お父さんが仕事中の事故で死んでしまった。
おばさんやお父さんの会社の人達が事故のことを説明してくれたけど、何を説明されたのか覚えていない。
宇宙船ごと沈んでしまったお父さんは遺体すらも帰ってこなかったから、お父さんが死んだことを信じられなかった。
お父さんが死んでしまったことを理解したのはお父さんの葬式で、空っぽの棺を見た時だ。
棺の上に置かれたお父さんの帽子を見た時に、お父さんはもうこの帽子を被ることはないんだと実感した。
そして、僕は家族を失って1人になってしまったと不安になった。
おばさんは
『何も心配しなくていい。大人になるまで面倒見てあげるよ』
って言ってくれたけど、仕事で僕の面倒を見てくれていたおばさんにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないこと位は分かる。
それに、僕の家は会社の社宅だから家を出なければならないし、僕1人では生きていけないから身寄りの無い子供達を集めた施設に入らなければいけないんだ。
そう思ったらもの凄く不安になった。
でも、お父さんの葬式が終わった後、お父さんの会社の偉い人が
『私の子供になりなさい』
と言ってきた。
何が何だか分からなかったけど、僕と会社の偉い人は遠い親戚だと聞いた。
僕の姓はカシムラで、会社の偉い人はサイコウジと名乗っていたから親戚といっても本当に遠い親戚なのだろう。
僕なんかを引き取っても何の得にもならないのに、それでも僕を養子にしてくれるという。
僕も施設に行きたくはなかったからサイコウジの家でお世話になることにした。
一生懸命勉強して、大人になったらその分のお返しをしようと心に決めたんだ。
サイコウジの家は超お金持ちで屋敷もとんでもない大きさだった。
サイコウジの家には僕のお姉さんになる人がいたけど、僕の顔を見るなり
『変な眼鏡ね』
と言われてムッとしたけど、よく考えてみたら姉さんは眼鏡を掛けている僕を変だとは言わず、僕の眼鏡が変だと言った。
それが分かったら少しだけ嬉しくなったけど、後でよく考えてみたらやっぱり少しだけムッとした。
俺はサイコウジの家でお世話になり、ハイスクールを卒業させてもらえた。
義父は
『自分の進路を好きに選びなさい。大学に行きたいなら何も心配せずに挑戦しなさい』
と言ってくれた。
養子になっておきながらカシムラの姓を名乗っていることを義父は許してくれている。
義父は
『君のお父さんが会社に貢献してくれたことに比べれば些細なことだ。カシムラの名を大切にしなさい』
とまで言ってくれる。
確かにアクネリア銀河連邦でも有数の総合企業体であるサイコウジ・カンパニーを束ねる会長である義父にしてみれば俺の養育費など微々たるものだろうし、カンパニーの後取りは義姉がいるから問題ないのだろう。
そんな義父の言葉に甘えて俺は自分で選択した進路に進むことにした。
カンパニーは義姉が継ぐのだから我が儘をさせて貰った。
そして俺はアクネリア銀河連邦宇宙軍士官学校を受験し、無事に合格してサイコウジの家を出た。
「・・・間もなく睡眠ガスの効果が切れて覚醒します」
夢うつつのシンノスケの耳に何者かの声が聞こえてくる。
身体の自由は利かないが、頭の方は徐々にハッキリしてきた。
爆発に巻き込まれたことは覚えているが、どうにかケルベロスから脱出することができ、少なくとも命は助かったようだ。
目を閉じていてもやけに眩しく感じる。
周囲には複数の人の気配と何やら揉めている声がするが、どうやら誰が最初に声を掛けるのかで揉めているらしい。
そんなことはどうでもいいことだが、誰かが顔を覗き込んでいるのが分かる。
シンノスケはゆっくりと目を開いた。
「気付きましたか?マスター」
シンノスケの視界に最初に飛び込んできたのはマークス。
頭部のデュアルカメラでシンノスケを覗き込んでいる。
「・・・マークス、違う。何が違うのかは分からないが、申し訳ないがこういう時は違うと思う・・・」
まだ全身に力が入らないシンノスケは精一杯呟いた。