急げパイレーツキラー
「ケルベロス爆発!・・・そんな、シンノスケさん!マークスさんっ!嫌っ!」
ケルベロスの最期を目の当たりにし、正気を失いかけるセイラ。
「セラッ!しっかり見なさい。大丈夫、シャトルが離脱していますわ!」
ミリーナに促されてモニターを見直せば、光り輝き消えてゆくケルベロスの破片の中を離脱してくるシャトル。
「あっ・・・」
脱出の際に損傷したのか、シャトル本体に損傷を受けているようで、遭難信号を発信しながら一直線に向かってくる。
『救助要請。こちら護衛艦ケルベロスのシャトル。乗組員に重傷者あり、現在意識なし。至急治療の必要があります。繰り返す・・・』
「えっ、重傷者って?どちらですの?」
「通信の声はマークスさんですよ。だったら、シンノスケさんに決まっているじゃないですかっ!」
今度は混乱するミリーナを諫めるセイラ。
「2人共、それどころじゃないでしょう!早くシャトルを収容してコロニーに向かわないと!」
アイラが更に艦を加速させようとしたその時、ダグが割り込んでくる。
『アイラ、待て。今ザニーを呼んだ。ザニーのパイレーツキラーの方が速い。シャトルはこちらで収容する』
確かにアイラのA884も高速船だが、ザニーのパイレーツキラーには及ばない。
パイレーツキラーを呼び寄せてからでも遥かに早くコロニーに到着する筈だ。
「分かった、任せるわ。私達は一足先にコロニーに向かう」
アイラはシャトルの収容を止めて艦を回頭させ、サリウス恒星州中央コロニーに向かった。
ダグのシールド艦でシンノスケを収容したザニーのパイレーツキラーは直ちに発艦すると、サリウス恒星州中央コロニーに向かって速度を上げる。
「最高速度でかっ飛ばすぞ!マークス、シンノスケをしっかりと見ておけよ」
「了解しました」
ザニーのパイレーツキラーは船内のスペースが限られているのでシンノスケが乗せられたストレッチャーはブリッジの隅に置かれていてマークスがシンノスケを見ていた。
ザニーは最高速度でパイレーツキラーを走らせており、操船に集中しているのでシンノスケの方を振り向きもしない。
極限まで速度を上げたパイレーツキラーはサリウス恒星州の管制宙域上で先を行くA884を追い越していく。
「パイレーツキラーから港湾管理センター。現在重傷者を搬送中。緊急に医療機関に収容しなければならねぇ。最優先で入港許可願う」
『港湾管理センター了解。商船組合からの要請で第2区画医療センターが受け入れ準備を整えています。第2区画第8ドックに入港してください。救急車も待機しています』
「了解。入港する。・・・しかし、第2区画の医療センターか。組合も無理をしたな。シンノスケ、治療代に目を回すなよ」
ザニーのパイレーツキラーはドックに飛び込んだ。
コロニーに到着したシンノスケは意識が無いまま直ちに医療センターに搬送された。
一歩間違えば、それこそザニーのパイレーツキラーの到着がもう少し遅かったら命を落としていた可能性もある程の重傷であったが、現在の医療技術ならば問題なく助かる筈だ。
しかし、それでもシンノスケが深刻な状況に置かれていることに違いはない。
ケルベロスが沈む際、シンノスケは艦内で発生した小爆発に巻き込まれて顔面から上半身に掛けて大怪我を負い、どうにか意識を保ちつつ、這いつくばいながらシャトルに向かっていたところをマークスに助けられた。
シャトル収容時には既に意識を失っており、焼け爛れた顔面にはグラスモニターや眼鏡の破片が食い込んでいて、その左目は完全に潰れていたのである。
そのような状態のシンノスケは直ちに治療室へと運び込まれ、治療が始まったが、真っ先に医療センターに駆けつけたのは自由商船組合でシンノスケの担当であるリナで、リナに遅れること約2時間、帰還したセイラとミリーナも到着した。
「リナさん、シンノスケ様は?」
治療室の前の前のベンチで俯いているリナを認めたミリーナが声を掛ける。
顔を上げたリナは涙混じりの瞳で憔悴した表情だ。
「あ、ミリーナさん、セイラちゃん、お疲れ様でした・・・大変でしたね」
それでも平静を装い、組合職員として無事に帰還した2人を労うリナ。
「私達のことより、シンノスケさんは?」
セイラに詰め寄られたリナは静かに頷く。
「シンノスケさんは重傷で緊急治療中ですが、大丈夫、命に別状ありません」
「「よかった・・・」」
セイラとミリーナが胸をなで下ろしたのも束の間、続くリナの言葉に2人の顔が青ざめる。
「ただ、シンノスケさんの怪我は重篤で、右半身の熱傷や裂傷、右腕の骨折、そして左目を失っています・・」
「えっ?そんな、シンノスケさん、失明しちゃうんですか?」
「失明は失明だけど、正確には左の眼球が破裂しているそうです。火傷の人工皮膚移植や左目の義眼装着等の処置でまだまだ時間が掛かるそうですし、その後も無菌室に入院となるので暫くは面会もできないそうです」
説明するとリナは再び俯いた。
その横でミリーナは周囲を見回す。
「マークスさんの姿が見えませんが、マークスさんは無事ですの?」
「マークスさんは私と入れ替わりに急ぎの用件があると言って出ていきました。組合への報告は明日の予定ですので、多分サイコウジ・インダストリーに行ったのだと思います。・・・そうだ、マークスさんからこれを預かっていました」
リナはそう言うと鞄の中からフォトフレームを取り出してセイラに差し出した。
「これって、私の・・・」
「シンノスケさんが艦内から持ち出してきたそうです」
渡されたフォトフレームにはセイラと今は亡き両親の姿が映し出されており、フレーム本体には傷1つ付いていない。
それはセイラの部屋に置いてあったセイラの思い出の記録だった。
「まさか、これを回収するためにシンノスケさんは大怪我を?だとしたらシンノスケさんはバカです・・・うぅ・・・うわぁぁん・・こんなもののために、シンノスケさんは大バカですっ!」
フォトフレームを抱き締めたセイラは膝を落として泣き始める。
両親を亡くし、ケルベロスに乗る前に1人決意を固めた時以来、久方ぶりに声を上げて泣いた。