流星の如く
ケルベロスの砲撃はブラックローズの船体上部に命中し、ブラックローズの砲撃はケルベロスの艦首から右舷を貫いた。
「クッ!主砲と副砲をやられちまった。ずらかるよっ!」
正面から体当たりするかのような勢いのケルベロスの砲撃で船体上部に装備された主砲と副砲を破壊されたブラックローズ。
民間船を改造して無理矢理武装していたため、ケルベロスの一撃で戦闘不能に陥ってしまったのだ。
「ふんっ、まあいいさ。目的は果たしたしね」
ベルベットは船を反転させると宙域を離脱した。
アイラ率いる護衛艦隊に守られた船団はダムラ星団公国からの難民の第1陣としてアクネリア銀河連邦サリウス恒星州の管制宙域に接近しており、周辺宙域では沿岸警備隊も警戒に当たっているので護衛任務も間もなく解除される予定だ。
ケルベロスが脱落して随分と時間が経つが、ケルベロスも敵船も後を追ってくる様子はない。
それでもセイラとミリーナはシンノスケから指揮を引き継いだアイラの補助を粛々と務めていた。
サリウス恒星州自由商船組合職員のリナは事務所の端末で管制宙域を航行する船を見ていた。
連邦政府や宇宙軍からの情報でシンノスケ達護衛戦隊が難民船団に合流すると同時に戦闘に入ったことは把握している。
しかし、その後は他の護衛戦隊の情報と錯綜しており、シンノスケ達の状況が分からないまま、間もなく難民船団がサリウス恒星州の管制宙域に入るという情報だけがもたらされた。
「船団が無事ということは、シンノスケさん達は無事に護衛任務をやり遂げたということ。それならば皆さんも無事な筈・・・大丈夫、きっと大丈夫」
船団が無事であろうと護衛戦隊の全ての護衛艦が無事である保証などないが、その現実を思考から無理矢理排除してシンノスケ達が無事だと自分を信じ込ませる。
その時、モニターに複数の光点が現れた。
「来たっ!帰ってきた・・・AS-DD3-02、アイラさんのA884、DD3-03、ダクさんのシールド艦と・・」
光点毎に記される識別番号を読み取るリナ。
「DD3-05、ゴルゴーン・・・シンノスケさんのケルベロスは?」
モニター上にAS-DD3-01ケルベロスの表示が現れない。
リナの手が震え始る。
護衛任務を解除されたA884のブリッジでもセイラ、ミリーナ、アイラの3人が食い入るようにモニターを見ていた。
「シンノスケさん達、まだ戻ってこない・・・」
「駄目ですわよ。シンノスケ様のことを一番理解している私達が信じないと!」
今にも泣き出しそうなセイラと気丈に振る舞うミリーナ。
アイラはそんな2人を見守りつつモニターを監視している。
任務が解除された今なら反転してケルベロスを探しに行く選択肢もあるが、ここまでの戦闘で実体弾のミサイル等は底をつき、ビーム砲に費やすエネルギーも心許ない。
如何に護衛艦であろうとも、丸腰同然で管制外の宙域に出るのは危険過ぎる。
この場で待つか、一度入港して補給を済ませてから捜索に出るかのどちらかしかないと考えた矢先、レーダーに1つの反応を捉えた。
「これって・・・」
モニター上の識別番号はAS-DD3-01、ケルベロスだ。
セイラ達もレーダー上のケルベロスに気付く。
「これ・・・ケルベロスです。ミリーナさん、シンノスケさん達ですよ!」
「ええ、シンノスケ様だわ!」
セイラもミリーナもアイラも、レーダーの反応ではケルベロスの状態までは分からない。
故にケルベロスが無事に帰還したのだと思い込んでしまったのだ。
ケルベロスは航行していることが不思議な程に危険な状態だった。
メインエンジン、第3エンジンを失い、第2エンジンも損傷を受けて出力が上がらず、航行どころか、艦内の環境維持も出来なくなっている。
「マスター、これ以上は危険です」
非常灯すら消え、警報も鳴り止んでいるブリッジで僅かに残されているモニターの灯りを頼りに航行を続けてきたが、ケルベロスはその間に幾度も小爆発も起こしており、もう限界だ。
「チッ!ここまで騙し騙し持ってきたが、無理か・・・」
アクネリアの領域を目前にしてケルベロスの命運が尽きようとしていた。
そんなケルベロスの姿を航路上にある無人監視ステーションのカメラが捉えた。
「・・・シンノスケさん?嘘・・・」
モニターに映し出されたケルベロスの姿を目の当たりにしたリナは血の気を失う。
艦の姿勢制御が出来ていないのか、銀河標準値の水平を保てず、更に直進することすら困難なのか、艦が斜走している。
それはまるで難破船が漂流しているかのようだ。
その姿はアイラやザニー達の船のブリッジでも捉えられていた。
「A884からケルベロス、応答してください。ケルベロス、応答願います。・・・シンノスケさん、返事をしてくださいっ!」
必死で呼びかけるセイラだが、ケルベロスからの返信はない。
「おい、ありゃやべぇ、沈んじまうぞ!あんな状態でシンノスケ達は大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないでしょう!あの状態でも撃沈と大差ないのに、エンジンが稼動しているってことは爆散する可能性があるわ!直ぐに救助に向かうわよ。パイレーツキラーとゴルゴーンはこの場に待機して不測の事態に備えて。救助にはA884とシールド艦で向かうわ」
「「「了解!」」」
A884とシールド艦は直ちに回頭してケルベロスの救助に向かった。
ケルベロスのブリッジではシンノスケとマークスが最後の最後まで運命に抗おうとしていたが、それももう限界だ。
「通信設備全滅、エンジン出力急速に低下、逆に内部温度急速上昇。臨界値を超えました!」
「これまでか。仕方ない、艦を諦める!マークスは航行データのバックアップを取ったらシャトルの準備をしてくれ」
シンノスケは艦の動力をカットすると立ち上がった。
「了解しましたが、マスターはどうするつもりですか?」
「俺は回収しなければならないものがある。直ぐに後を追うから先に行っていてくれ!」
「軍規違反の連続です!このままでは本当に伏線を回収してしまいますよ!」
「そんな大層なものじゃない。万が一間に合わなかったらマークスだけても脱出しろ!」
言い残すとシンノスケはブリッジから駆けだして行く。
「冥府の底まで付き合ってもらう、との矛盾した命令。自己判断により先に下命された命令を優先します」
航行データのバックアップを終えたマークスはシャトルに向かった。
基本的に宇宙空間では炎が上がることはありえないのだが、ケルベロスの船体各所からは散発的に炎が噴き出している。
艦内で発生した小爆発が船外まで噴き出し、一瞬だけ閃光をあげているのだ。
「アイラさん、急いでください!」
「分かっているわっ!」
シンノスケ達の救助に向かうアイラ達。
足の遅いシールド艦を置き去りにしてケルベロスに向かう。
(間に合わないかも・・・)
アイラが思ったその時。
「シンノスケ様!逃げてっ!」
額の目を開いたミリーナが叫んだ。
救助に向かったアイラ、セイラ、ミリーナ、ダグのみならず、リナやザニーが見守る中、航行不能に陥ったケルベロスが閃光に包まれた。
「シンノスケさんっ!」
「シンノスケ、マークス!」
「シンノスケさん、マークスさん!」
「シンノスケ様っ!」
ケルベロスが爆発し、飛散するケルベロスの船体が流星のように輝きながら消えてゆく。
それはXD-F00ケルベロスの最期の輝きだった。