ケルベロス対ブラックローズ
「えっ?ケルベロスが・・・」
A884のブリッジで管制席に着いたセイラがその目を疑った。
モニター上のケルベロスが反転して遠ざかっていく。
「追っ手を食い止めに行ったのよ。貴女達を収容した時に私も気付いたわ。離脱した敵船とは別の船、多分ケルベロスを撃ち抜いた船だと思うけど、それが接近してきているのよ。シンノスケはそのことに気付いていたんだわ」
アイラの言葉にセイラの表情が凍りつく。
「そんなっ!アイラさん、お願い・・」
「セラッ!」
セイラの隣の席に座るミリーナが鋭い口調で一喝した。
ミリーナの額の目は既に閉じており、両の目でセイラを見据えながら首を振っている。
「私はシンノスケに指揮を任された。その私の責任と判断で、ケルベロスの援護には向かえない。私達の任務は船団の護衛よ。シンノスケ達を助けるために船団を危険には曝すわけにはいかない。シンノスケ達はそれを承知で反転したのよ」
アイラに諭されてセイラは俯いた。
セイラ自身も分かっているのだ。
アイラの指揮の補助のためというのは方便で、シンノスケとマークスはミリーナとセイラを守るために2人をケルベロスから降ろしたのだろう。
ミリーナもそれを知っていたから先程のセイラの言葉を遮ったのだ。
「・・・すみませんでした。補助を続けます」
船団はアクネリアに向けて進み続けている。
間もなくケルベロスも索敵範囲外に出てしまい、モニターから姿を消すだろう。
セイラもシンノスケを信じる覚悟を決めた。
ケルベロスのブリッジは未だに警報が鳴り響いている。
今の状態で敵に対峙するのは自殺行為だが、シンノスケもマークスもそんなことは意に介していない。
「正面からやり合うぞ。エネルギーシールドを艦首にのみ集中」
「了解」
「操艦は俺、火器管制はマークスに任せるぞ。ユー・ハブ・ウエポンコントロール」
「アイ・ハブ。使用可能な武装を確認します。宇宙魚雷発射装置破損、ミサイルランチャーは使用可能ですが、残弾なし。艦首速射砲とガトリング砲は異常なし。主砲は使用可能ですが、出力60パーセントが限界です」
「正面火力さえ使えれば上等だ。行くぞっ!」
シンノスケはケルベロスを加速させた。
とはいえ、稼動しているのは第2エンジンのみ、最大出力でも通常航行程度の速度にしか上がらない。
ベルベットはケルベロスの動きを見て愉快そうに笑う。
「あの砲撃を耐えたのも驚きだけど、あの状態でも逃げ出さずに私に向かってくるかい。さすが、私が見込んだ男だねぇ。ゾクゾクするわ」
「姉さん、敵船を捕捉しました。撃ちますか?」
手下の言葉にベルベットは首を振る。
「まだだよ。勘のいい奴だ、ここから撃っても当たりゃしないよ。無駄玉を撃つとこっちの方が手詰まりになる。もっと手元に引きつけてからが勝負さ。船のコントロールを私に寄こしな。私自身の手で沈めてやるさ」
「アイサー」
ベルベットは操舵ハンドルを握りしめた。
ケルベロスのモニターでもブラックローズの姿を捉えていた。
「あれだけの長射程の主砲があるのに、この距離でも撃ってこない。一撃必殺を狙っているな。だったら好都合だ。一気に懐に飛び込んでやる」
シンノスケは停止させていた第3エンジンを再起動させ、スロットルレバーを一杯にまで押し込んだ。
第3エンジンが異常な数値を示している。
「第2、第3エンジンが同調しません」
「構わない!マニュアル操作で制御する」
「加えて、このままだと第3エンジン臨界まで180秒です!」
「承知の上だ!ギリギリまで引っ張る」
ケルベロスは急速に加速した。
ベルベットもまたブラックローズを加速させ、ケルベロスに接近しながら主砲の照準を合わせている。
「嬉しいねえ、そんなに私に抱き締められたいのかい?でも残念だね、私はあんたを殺さなければならないのさ。大切なスポンサーがそれをお望みだからね」
妖艶な笑みを浮かべたベルベットはトリガーを引いた。
「敵の砲撃、来ます!」
「了!」
マークスの報告と同時にシンノスケはケルベロスを横滑りさせる。
エンジンが同調していないことが功を奏し、不規則な機動で艦のバランスを一時的に失ったため、船体への直撃は免れたが、それでも艦首の半分をえぐり取られた。
「艦首速射砲破損、主砲にも更なる損傷!」
「遠慮は無用、反撃しろ!」
シンノスケはケルベロスを再びブラックローズに向け、マークスはガトリング砲を発射した。
有効射程外だが、当たればダメージを与えられる。
「第3エンジン限界です。臨界まで15.14.13・・・」
「第3エンジン、パージ!」
シンノスケは第3エンジンを切り離した。
第3エンジンを失って急激にバランス失うケルベロス。
シンノスケは必死で艦の制御を保ちながら艦首をブラックローズに向ける。
その時、ベルベットはケルベロスにとどめを刺そうとしたが、バランスを失って不規則な動きをしているケルベロスをロックすることができないため、直接照準をすべく照準器を覗き込んでいた。
「もう直撃させる必要もない。擦りでもすればお終いさ!」
ベルベットがトリガーに指を掛けたその瞬間、ケルベロスが切り離した第3エンジンが爆発した。
「チッ!」
爆発の閃光でベルベットの目が眩み、トリガーを引くタイミングが僅かに遅れる。
ケルベロスとブラックローズは至近距離まで接近しており、正面の目標に狙いを定める必要もない。
「撃てっ、マークス!」
「了解」
マークスはブラックローズに向けて主砲を発射した。
ほぼ同時にブラックローズの主砲が放たれる。
「クッ、直撃するっ!」