初仕事からの帰還
予想以上の数の宇宙海賊に襲われながらも無事に小惑星帯から脱出した3隻。
『シンノスケ、かなり酷くやられたみたいだが大丈夫か?』
艦首が破損したケルベロスを見たグレンが心配する。
確かに外観的に見ればケルベロスは艦首右側が大破しており、グレン達が心配するのも無理のないことだ。
『『私達を守るために、すみません』』
アリーサとメリーサも申し訳なさそうに声を揃える。
「依頼主を守るのが護衛艦の仕事です。それに、あれだけの戦いでありながら本艦は速射砲を1門失っただけです。問題ありません」
実際には速射砲の他に実体弾のミサイル12発を使ってしまったわけで、実入りに対して損害の方が上回っているが、余計な気をつかわせないように強がるシンノスケ。
だが、内心はがっくり凹みまくっている。
それでも、シンノスケにとっては大損害だが、12隻もの宇宙海賊に襲われて1隻たりとも、誰1人も欠けることなく危機を脱したのだ。
これはケルベロスの性能に加えてシンノスケとマークスのコンビネーションによるところが大きい。
並の護衛艦ならば損害はもっと深刻なものになっていただろう。
とにかく無事に小惑星帯を脱出した3隻は帰還の途についた。
シンノスケとグレン達が小惑星帯に向かってコロニーを出航して10日、本日の受付業務も一段落したリナは周辺宙域を行き交う船の航行情報を見ていた。
護衛任務に出航したケルベロスから救難と開戦信号が送られてきたのが4日前、彼等が宇宙海賊との交戦状態に入ったことは間違いない。
リナも自分が担当した船乗りが帰還しなかった経験は何度もある。
これはリナに限ったことではなく、組合職員ならば誰しも経験することであり、決して珍しいことではない。
リナを含めた多くの組合職員は自分が担当した船乗りが帰らなければ、それを斡旋した者として心を痛めるのも自然なことだ。
今のところ、シンノスケ達の安否に関する情報は無い。
そもそも、何らかの事故遭難、宇宙海賊の襲撃等で船が沈んだ時、その情報がコロニー等に伝わることの方が少ない。
宇宙船が沈む直前に遭難信号を発信してその信号がキャッチされるか、他の船によってたまたま残骸が発見されたなら例外だが、多くの場合、宇宙の塵と化した船や船乗りは誰にも発見されることなく、行方不明の遭難船として扱われ、一定期間を経た後に事故遭遇の沈没として処理され、乗組員は安否不明のまま死亡として取り扱われるのだ。
「はぁ・・・・」
リナは本日何度目かのため息をついた。
何度情報を確認してもケルベロスの情報は入ってこない。
自由商人の船が帰ってこないことは珍しくはないし、そもそも帰還が遅れることは日常茶飯事だ。
それでも、他の護衛艦の代わりに依頼を受けてくれた新人の自由商人シンノスケ・カシムラのことが気になって仕方がない。
「慣れてはいけないけど、現実を受け入れなければいけない。・・・頭では理解しているつもりだったんだけどなぁ・・・」
何も出会ったばかりのシンノスケに対して特別な感情を抱いているわけではない、と思う。
この心のザワつきがシンノスケに仕事を斡旋した責任感からきているのか、それとも自分でも自覚していない別の感情なのか、今のリナには分からない。
もう1度だけ航行情報を見たら気持ちを切り替えようとしてモニターに目を落とした時、コロニー周辺の航路の端に現れた3つの船。
「えっ・・・?」
モニターに表示されているのはケルベロスとビック・ベア、シーカーアイの識別信号。
「帰ってきた・・よかったぁ・・・」
リナは心の奥底から安堵した。
しかし、ケルベロス等がコロニーに接近し、航路監視カメラでその艦影が確認できるようになると、リナの表情は一変する。
「何・・これ・・・」
モニターに映し出されたケルベロスは艦首右側が抉り取られるように大きく破損していた。
咄嗟に立ち上がったリナはシンノスケの専用ドックに駆け出したい衝動に駆られたが、すんでの所で踏み止まる。
「船は壊れているけど救助要請も出ていないから大丈夫な筈・・・。それに、特定のセーラーさんだけに肩入れしちゃダメ。私はここで待っていなくちゃ!」
リナは自分自身に言い聞かせるように受付の席に着き、気分を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。
無事に帰還したシンノスケはケルベロスをドックに停泊させるとマークスを伴って組合に向かう。
帰還したら先ずは組合に報告に行かなければならない。
「組合に報告したらサイコウジ・インダストリーに連絡をとらなければ・・・」
「使用したミサイルの補充や速射砲の修理について相談ですね。今回の依頼料を全てつぎ込んでも足りないでしょうね」
「とはいえ、ミサイルはともかく速射砲は壊れたままにはできないからな。海賊船の討伐報酬を合わせてどうにかならないかな?」
「インダストリーに相談してみて、ですね」
無事に帰還したのに景気の悪い表情で肩を落として歩くシンノスケとそもそも表情が変わることがないマークスは組合に到着した。
受付のカウンターに今回の依頼を担当したリナの姿を認めたシンノスケはカウンターに向かう。
「おかえりなさい!カシムラさん、マークスさん!」
カウンターに近付くや否や、リナの満面の笑みで迎えられたシンノスケは思わず仰け反った。
リナはどんな時でも、特に自由商人が無事に帰還した時には笑顔を絶やない。
そんな笑顔に圧倒されてシンノスケの暗い気持ちの一部が吹き飛んだ。
「依頼を終えて無事に戻りました。確認をお願いします」
シンノスケはリナに今回の依頼のデータが記録されたカードを提出した。
「はい、お預かりします」
リナは端末にカードを差し込むとその内容を確認する。
「えっと・・・出航して6日目、採掘作業を終えて帰還する際に宇宙海賊の襲撃を受けた。信号の発信と警告、定められた手順も問題ありませんね。交戦した海賊は・・・えっ?」
端末を操作するリナの手が止まる。
「総数12隻、6隻を撃沈・・・それに、これ・・・。すみませんカシムラさん、ちょっとだけ待っていて下さい!」
突然立ち上がると端末を持って後ろにある事務所の中に駆け込んだリナ。
シンノスケとマークスは顔を見合わせた。
「何だ?」
「分かりません」
ちょっとだけ、と言われたが5分が経過してもリナが戻らず、どうしたものかと思案しているとリナが戻ってきた。
「すみませんでした。急いで上司に報告しなければならないことがあったものですから」
リナの言葉にシンノスケは首を傾げる。
「何か問題でもありましたか?」
「いえ、問題というものではありません。たった1隻の護衛艦で12隻もの宇宙海賊を相手にして撃退、しかも6隻を撃沈なんて前代未聞です。それに、カシムラさん達が相手にした宇宙海賊ですが、それぞれに賞金が掛けられた曰く付きの宇宙海賊です。特に、仕留めるには至りませんでしたが、記録上の敵船Hは特級の賞金首です。彼等は宇宙治安局でも問題になっていた宇宙海賊なので、緊急に報告しました。いただいたデータの解析に2、3日掛かりますが、賞金が掛けられた海賊船の撃沈が認められれば討伐報酬の他に賞金が支払われます」
そう言って討伐報酬と賞金の合計額を示すリナ。
確認してみれば、初仕事で大損害どころか、まさかの大金星の可能性だ。
「これは、予想外の金額だな」
サイコウジ・インダストリーとの交渉が上手くいけばケルベロスの修理とミサイルの補充をまかなえるかもしれない。
シンノスケに希望の光が差した。
討伐報酬と賞金が振り込まれるまでには数日間を要するということで、組合への報告を終えたシンノスケとマークスはサイコウジ・インダストリーのサリウス支社に赴くことにした。
実戦データの提供と、ケルベロスの修理と補充について相談するためだが、事前に連絡を取ってみたところ、直ぐにでも支社に来て欲しいとのことだ。
「カシムラ様とXD-F00のことは本社からも指示を受けておりますが、早速の実戦データの提供、ありがとうございます。複数の敵船に対して単艦による交戦記録とは、非常に貴重なデータです」
シンノスケからデータの提供を受けた担当者はデータの内容を確認して満足げだ。
「データにもあるように、ケルベロスの速射砲を1門破損してしまいました。その件について相談があるのですが」
シンノスケの問いにケルベロスの損傷を確認した担当者も頷く。
「高出力ビーム砲の直撃を受けたとのことですが、XD-F00のエネルギーシールドを貫いた上でのこの損傷、駆逐艦か、軽巡航艦の主砲クラスのビーム砲によるものです。宇宙海賊にしては贅沢な装備ですね。それは置いておいて、損傷した速射砲をそのままにはできませんね」
「修理は可能ですか?」
「もちろんです。XD-F00の装備はユニット構成ですから、修理や交換が容易な構造になっています。しかし、レーザー速射砲はこちらには在庫がありませんので、取り寄せるまでに時間を要します。そこで、私共から提案なのですが、速射砲に拘らないのなら、こちらなどは如何でしょう?お値段の方もお手頃です」
シンノスケの端末に送られたデータを見ると、それはビームガトリング砲のカタログだった。
「ガトリング砲ですか」
「はい。従来の速射砲に比べると威力は落ちますが、発射速度は向上します。速射砲は1門残っているのですから、もう一方をこのガトリング砲にすれば戦略の幅も広がるのではないかと思います。こちらは損傷した駆逐艦から取り外した中古ではありますが、性能に問題はありませんし、ご注文いただければ直ぐにでも取り付けが可能です」
そう言って見積もりのデータを送りつけてくる担当者。
中古のガトリング砲にミサイルランチャーのミサイル込みでの値段を提示してくるなかなかのやり手だ。
確かに、中古のガトリング砲ならばグレンから受け取った依頼料に海賊船の討伐報酬を加えれば手が届く。
「確かに、速射砲に拘る必要はないか・・・。むしろ、海賊船を相手にするならガトリング砲の方が良いかもだし・・・何れにしても損傷をそのままにしておくわけにはいかないな」
シンノスケは決断した。
提案されたレーザーガトリング砲を注文し、ミサイルランチャーの補充は賞金が振り込まれるのを確認してからにする。
現在のシンノスケの懐具合を鑑みれば仕方ない。
「とにかく、ケルベロスは3つの首があってこそ、地獄の番犬ケルベロスだからな。2つ首ではオルトロスになってしまう」
変な拘りを持つシンノスケ。
「・・・・」
マークスは無言のままだ。
「マークス、お前、今呆れたろう?」
「とんでもありません。私は呆れるという感情も持ち合わせておりません」
マークスは無感情に否定した