マークス
船内の捜索を概ね完了したマークスはレストランでシンノスケ達と合流した。
船内各所で確認した遺体とレストランで確認した遺体で全ての乗員乗客の死亡が確認されたため、シンノスケ達の船内調査もこれまでだ。
後は航行データや船長が残した記録を複製して持ち帰るのみ。
「引き上げよう」
やるせなそうな表情で静かに語るシンノスケ。
「シンノスケ様、全てではなくても遺体を収容することはできませんの?」
「それはできない。遭難信号を受信した船は生存者の救助活動は義務付けられているが、遺体収容は救助活動ではない。我々がエメラルドⅢから持ち出せるのは航行データ等の複製だけだ。他の物は何一つとして持ち帰ることはできない」
「ならこれも残していかなければいけませんのね・・・。あの子が案内してくれたこの部屋の隅に落ちていたのですけど」
ミリーナの手には可愛らしいネックレスがあった。
「これは、確か『思い出キラキラネックレス』だったか?」
思い出キラキラネックレスとは大手玩具メーカーが銀河中で販売している女の子向けの玩具だ。
可愛らしいネックレスでありながら映像や音声を膨大に記録できる機能を有し、持ち主の成長と思い出を記録することが可能で、100年以上前からモデルチェンジをしながら販売されている。
シンノスケの義姉のエミリアも持っていた大ヒット商品だ。
「データが残っているなら貴重な資料になる。データのコピーを作成するか、それが出来なければ回収する必要があるな」
シンノスケはミリーナが差し出したネックレスを受け取って覗き込んで確認する。
エミリアが持っていたバージョンでは再生機能を内蔵していてスクリーン等に投影可能だった筈だが、これは古い機種のようで専用端末が必要なようだ。
「マスター、私に見せてください」
シンノスケからネックレスを受け取ったマークス。
(内部に映像データと音声データの残存を確認。クララのネックレスと色と形状が一致)
マークスがネックレスの裏側を見るとクララの名前が刻印されていた。
(クララの所有物であると特定)
間違いなくクララのネックレスだ。
「どうだ?記録は残っているか?」
シンノスケの問い掛けに対してデータが残存していることを話せばこのネックレスは回収することになり、クララに返すことが出来なくなる。
真実を話して頼めばシンノスケも理解してくれる筈で、クララに返すことも出来るだろう。
しかし、船内調査の様子はシンノスケのグラスモニターやマークスのカメラ、ミリーナが装着している小型カメラで映像から音声まで全て記録されており、航行データ等と共に提出する必要がある。
その中で貴重なデータが記録されている可能性があるネックレスを回収しなければ、あらぬ疑いを向けられる可能性もあるのだ。
「・・・データは破損しています。回収する必要はありません。このネックレスは所有者であるクララに返還します」
ドールであるマークスはシンノスケに対して嘘をついた。
通常ではあり得ない行動だ。
シンノスケはマークスをジッと見た。
「・・・そうか、あの子はクララというのか。大切なネックレスを無くして困っているだろうな。早く返してあげないと・・・」
「ありがとうございます」
全てを見通しているかのシンノスケにマークスは頭を下げた。
マークスに案内され、3人はクララが眠る冷却システム室の前に立つ。
「室内はマイナス20度が保たれています。短時間なら問題ないと思われますが、凍傷になる危険性がありますので、このネックレスは私がクララに返してきます」
これはマークスが成すべき役割だ。
マークスの申し出にシンノスケとミリーナは無言で頷いた。
再び冷却システム室に立ち入ったマークスはクララが安置されている簡易テーブルの横に立つ。
首に掛けてあげたいが、凍結しているクララの身体を無闇に動かすことは出来ない。
マークスはクララのワンピースのボタンにネックレスの細いチェーンをくくり付けてクララの胸の上に置いた。
「お返しします。もう無くしてはいけませんよ」
マークスは優しく声を掛けると冷却システム室から出るために歩き出す。
『・・・ありがとう、おじさん・・』
その時、マークスの集音装置に女の子の声が検知され、足を止める。
「正体不明のノイズを検知。記録する必要を認めず。・・・私は製造されてまだ25年です。おじさんではありませんよ」
マークスは振り返ることなく冷却システム室を後にした。
報告に必要なデータの複製を回収したシンノスケ達はエメラルドⅢの船内調査を終えてケルベロスに戻った。
後はエメラルドⅢの位置データを記録し、更に船内調査済みであることを示すマーカーを取り付けるのみだ。
エメラルドⅢは小惑星に捕まっているから位置については直ぐに変わってしまうが、それでもシンノスケ達が記録した位置データはエメラルドⅢをサルベージする際には貴重なデータとなる。
尤も、エメラルドⅢがサルベージされるかどうかは分からない。
サルベージは困難であると判断されてそのままにされる可能性も高いのだ。
それらの判断はシンノスケ達の知るところではない。
シンノスケ達は自分達の役割を果たすだけだ。
全て作業を終えて接舷用通路を切り離してエメラルドⅢから離れるケルベロス。
ブリッジでは徐々に離れていくエメラルドⅢに対してシンノスケ達は敬礼をしながら見送った。
その後は何事もなく航行を続けて無事にサリウス恒星州に帰還したシンノスケ達。
輸送してきた工作機械を納品すると共に商船組合と港湾局等にエメラルドⅢの状況を報告して持ち帰ったデータを提出し、全ての手続きを終えた。
諸々の手続きを済ませたシンノスケとマークスはのんびりと散歩しながらセイラとミリーナの待つケルベロスに向かう。
「おじさん、本当にありがとう」
突然声を掛けられて振り返ったシンノスケとマークス。
振り返ってみると、そこには10歳程の女の子が立ち、マークスを見上げていた。
「ん?誰だ、マークスの知り合いか?」
「外見特徴の一致率48.2パーセント。同一人物とは特定できません」
「は?」
首を傾げるシンノスケを余所にマークスは少女の前に膝をつく。
「私はおじさんではありませんよ」
マークスの言葉に少女はニッコリと微笑んだ。
「そうだよね。おじさんはまだ25歳だもんね。・・・でも、本当にありがとう、おじさん。またね」
笑顔のままで踵を返して走り出した少女を見送ったマークスはゆっくりと立ち上がった。
「だから私はおじさんではありません」
そんなマークスの様子を見たシンノスケはニヤリと笑う。
「マークス、お前嬉しそうだな」
「・・・そうですね。私は嬉しさを感じています」
シンノスケとマークスは再び歩き出した。
夏の夜にオカルトチックなエピソードでした。
このエピソードはマークスが主役のつもりでしたが、ミリーナの行動の方に目についた方が多かったようです。
まったく、ミリーナさんには困ったものです。