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エメラルドⅢの亡霊

 ミリーナを探すシンノスケの目の前に少女が再び姿を現した。

 シンノスケの目の前でジッとシンノスケを見上げている。


「君は一体何を望んでいるんだ?」


 少女に声を掛けるシンノスケだが、寂しそうな表情を浮かべた少女はシンノスケに背を向けて歩き出すと通路の奥に姿を消した。

 その先にあるのはレストランと娯楽施設だ。


「エメラルドⅢの亡霊か・・・。俺をそこに案内しているのか?」


 なんとなくだが、少女からは悪意のようなものが感じられない。

 だとすれば、少女が消えた先にミリーナもそこにいるのではないか。

 シンノスケはレストランへの扉を開く。


 レストランの中には数十体の遺体が横たわっていた。

 エメラルドⅢの乗客の殆どがここにいるようだ。

 そして、その部屋の中央にミリーナが佇んでいた。


「ミリーナ。勝手な真似をするな。心配したぞ」

「あの子がここまで案内してくれましたの。彼女に案内されて、ここに来て分かったような気がしますわ・・・」


 ミリーナは足下に倒れている白い法衣のようなものを着た遺体を見下ろしている。


「これは、シーグル教の神官か?」


 シーグル教、正確にはシーグル神聖教はシーグル神聖国の国教であり、人々の癒しと心の安らぎ、そして輪廻転生を教え説き、今や銀河中に勢力を拡大した宗教だ。


「正確には医療神官ですわ。シーグル教の教えである人々の癒しと心の安らぎを実践するため、シーグル教の神官は医療技術者と神官の両方の役割を担っていますの」


 そう言いながら倒れている神官の横に置かれた筒状の容器を指差した。

 筒の中で何かを燃やしたのか、白い灰が残されている。


「これは?」

「シーグル教の医療神官が使用するお香ですわ。リラックス効果があるため主に教儀の際に使用しますの。一定量を超えると麻酔作用や催眠作用があるため、非常時には麻酔や鎮静剤としても使用します。医療資格を持つ医療神官にしか扱えない指定薬品ですわ」

「詳しいな」

「私、歴史が好きですのよ。人類の歴史を学べば必ずシーグル教の歴史も学ぶことになりますわ。様々な惑星から発生した人類の歴史上これ程まで拡大した宗教は他に存在しません。他の宗教を弾圧せず、弾圧されず、全ての銀河の多くの人々の支持を受けた。とても興味深いですわ」

「流石の知識だな。俺も歴史は好きだが、宗教には興味が湧かなくてな。どうしても知識が宇宙船技術や軍事技術に偏ってしまったよ」


 シンノスケの言葉にミリーナは薄い笑みを浮かべた。


「この空間でこれほどの量を使用したということは、輪廻転生を信じて最期の時を迎えたのかもしれませんね・・・」

 

 もの悲しげに笑うミリーナの瞳から涙が流れる。



 マークスが冷却システム室に入るとそこに彼女はいた。

 室内の隅に簡易テーブルが置かれ、その上に横たわっており、真っ白なシーツが掛けられている。

 マイナス20度という室内の環境のせいか、生前の状態そのものだ。

 死亡して直ぐにこの部屋に安置されたのだろう。

 傍らには1枚のメモが置かれていた。


 そのメモは少女をこの場に安置したエメラルドⅢの乗組員によるもので、少女が死亡した日時等が記載されている。

 

『・・・・我々クルーは多くの乗客を守ることが出来なかった。船内には多くの乗員乗客が放置されているのに、ここにクララを安置することは私のエゴなのかもしれない。ただ、たった1人でこのエメラルドⅢに乗船し、たった1人で旅立ったクララを少しでもきれいな状態で家族の下に還したいと思う。クララはサリウス恒星州の祖父母の家に遊びに行くと言っていた。10歳の女の子には片道3か月の大冒険だ。敬虔なシーグル教の信者でもあるクララはこのような事態に陥ってもいつも前向きにニコニコと笑っていた。先の見えない絶望的な中で1人部屋で眠るのは不安だろうと女性クルーが一緒に寝ようと声を掛けてもそれを拒絶し、クララの周りだけは平和な日常が流れていた。それが我々クルーの心の平坦を保つ助けにもなっていたことは間違いない。クララの周りには常に笑顔があった。クララが栄養不足により衰弱し、体力の限界に近付いた時、周囲の大人達から冷凍睡眠を進められても、誰も知らない未来で目を覚ますのは嫌だと頑なに拒否していた。シーグル教の教えを守り、安らかな眠りを迎え、輪廻の輪に入ることを望み、眠るように旅立った。事故を起こした船のクルーとしては誠に勝手な願いだが、クララの魂が安らかに輪廻の輪を抜け、来世で幸せになることを心から願う。エメラルドⅢ2等船員航行管制員リード・フィルダー』


 マークスは安置されているクララの遺体を見た。

 ライムグリーンのワンピースを着て髪も綺麗に整えられ、並の人間が見たら眠っている、または冷凍睡眠状態だと誤認してしまうだろう。

 しかし、ドールであるマークスに誤認はない。

 そこにあるのは間違いなくクララの遺体であり、丁寧に安置されているだけなのだ。

 

「外見の一致率96.2パーセント。同一人物であると特定。矛盾した状況について非科学的な結論にしかたどり着けないため、結論を拒絶します」


 唯一、もう1人のクララが首に掛けていた可愛らしいネックレスが無い。

 周囲を確認するも見当たらない。


 ミリーナの姿も無いのでこれ以上ここに留まることは無意味だ。


「ミリーナさんの捜索を続けます」

 

 クララのネックレスは船内で紛失したのかもしれない。

 マークスは捜索対象にクララのネックレスを加えた。

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