とんだ初仕事
『よっしゃ!予想以上の成果だ。大儲けだぜ!』
作業終了予定時刻を迎えてグレンが満足げに声を上げた。
周辺にはレアメタルを埋蔵した小惑星がまだまだあるが、グレン曰く『退き際が肝心だ』とのことで、シンノスケもその考えには賛成だ。
仕事のみに限らず、勝負事等あらゆる世界で『まだ大丈夫』『もう少しだけ』と退き際を見誤って取り返しのつかない失敗をする者がいる。
特に宇宙船乗りはその退き際の見極めを誤ると命にかかわるような結果を招くのだ。
グレン達もそのことを肝に銘じているようで、余計な欲に駆られることなく、作業終了予定時刻をもってすっぱりと諦めて撤収することになった。
『仕事が終わったら長居は無用。恐い連中が現れる前にとっととずらかるぞ』
採掘艇を収容して撤収作業をするグレン達と警戒度を高めるシンノスケ。
「一番無防備になるこのタイミングを狙ってくるかと思ったが・・・」
「敵の索敵機能が我々以上、とはいえ僅かに上回る程度の物なのでしょう。我々がこの宙域にいることは探知できても、作業を終えたことまでは把握できていない筈です」
「だとすると、俺達がこの宙域を離れてアステロイドベルトから脱出するまでの間が本命か。長い1日になりそうだな」
撤収準備を完了したグレン達はシーカーアイを先頭に帰還の途についた。
『ここまでは恐いくらいに順調だったが、本当に恐いのはここからだ。しっかりと俺達を守ってくれよ』
「了解しました。おそらく、アステロイドベルトを抜けるまでの間が狙いなのでしょう。ここから先、非常時には本艦の指示に従ってください」
『了解だ。頼むぞシンノスケ、無事にコロニーに帰るまでがトレジャーハントだからな』
3隻はシーカーアイを先頭にアステロイドベルトの中を進み始める。
『復路は追跡者から逃れるために小惑星の密度の濃いルートを最短距離で進みます。少々危険なルートですが、しっかりとついてきてください』
メリーサ(6日目にしてようやく区別がついた)からの指示を受け、3隻は小惑星の中を縫うように進む。
アステロイドベルトの中を進むこと3時間程、状況が動いた。
「レーダーに反応、アンノウン2!方位6+5、距離125+5A(6時の方向、上方5度。距離125、5ずつ加速しながら接近中)」
後方から追跡する不明船が2隻、マークスが報告する。
『来たわね!ビック・ベアは足が遅いからいずれ追いつかれるわ。頼むわよシンノスケ』
『そうだぜ、奴等にお宝を奪われるのも、お宝を抱えたまま沈むのも御免だからな』
ビック・ベアの舵を握るのはカレンでグレンは指揮席でチーム全体を指揮する。
ランディ、アレン、マイキー、トッドの4人はビック・ベアの対空機銃の銃座に着いた。
「後ろの2隻は俺達を引き離すための囮だ。接近するまで放っておく」
「了解、進路上の潜在脅威に対する警戒を厳にします」
最後尾を進むケルベロスは後方の2隻を警戒しつつも突発的状況に備えた。
後方から追跡してきる2隻は一定の距離を保っている。
「単なる囮に2隻も投入するとなると、敵は結構な戦力を持っているぞ。少なくとも待ち伏せしている本隊は5隻以上だ。俺達が囮に食い付かなければ次の段階に入ってくるぞ」
シンノスケはグラスモニターを装着した。
「敵船発見、左右両舷。右舷2、左舷1、識別信号の発信なし」
「了解!以後は敵の方向と数のみ口頭報告、その他の情報は各船ともモニター上で確認。マークスは最適な脱出ルートを選択してシーカーアイと情報を共有しろ」
「了解」
シンノスケは全ての武装を起動する。
速射砲が展開し、地獄の番犬がその姿を現す。
「救難及び開戦信号を発信。続いて接近中の敵船に警告を実施する。レーザー通信を強制接続」
「了解。回線固定」
「接近中の所属不明船に通告する。こちらはサリウス州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロス。本艦は現在護衛任務中である。返答なく接近を続けるならば本艦は護衛任務遂行のため必要な措置をとる」
武装や交戦が認められている護衛艦とはいえ、必要な手順がある。
救難、開戦信号の発信と目標船に対する警告の実施。
基本的にこれを行わないと規則違反となり、罰則の対象となるのだ。
シンノスケの警告に対して接近中の船は返答しないどころか更に加速して接近して来る。
「重ねて警告する。接近中の船は本艦の警告に対して返答するか、直ちに回頭せよ。本警告以後、貴船等の行動に変化無き場合は交戦の意思があるとみなし、警告無しに攻撃、撃沈する」
必要な手順は全て完了した。
これで諦めなければそこから先は実力行使だ。
「敵船A、B、C、何れも行動に変化なし」
「ケルベロスから各船、本艦はこれより護衛戦闘を開始します」
シンノスケは右舷から接近する敵船を主砲でロックした。
グラスモニターに赤いマーカーが映し出される。
「敵船Aを主砲で砲撃。一撃で撃沈して敵の出鼻を挫く」
シンノスケはトリガーを引いた。
主砲が発射されて敵船に命中する。
駆逐艦クラスの主砲とはいえ、民間船に武装を施しただけの海賊船では直撃を受ければひとたまりもない。
ケルベロスの主砲の直撃を受けた海賊船が轟沈した。
「敵船Aを撃沈。残るB、Cは速度を落としながら後方に回り込み、敵船D、Eと共に後方から追尾してきます」
「了解!俺達を追い込もうとしているな。ケルベロスから各船、この先にも潜在脅威がいると思われます。以後はマークスの示すルートに従って下さい」
『『了解!』しました』
シンノスケは艦を180度回頭させ、追跡してくる敵船を正面に狙う。
そして、先行する2隻を艦を後退させながら追うが、小惑星帯の中を後退しながら戦闘を続けるのは非常に難しい。
「敵船が砲撃を開始。射程外のためエネルギーシールドで対処可能」
「了解。本艦は敵船の射線上に位置し、ビック・ベアとシーカーアイを守る」
射程外でも、流れ弾でも、そしてそれが偶然でも、防御の薄いビック・ベアやシーカーアイに当たると危険だ。
軍用のエネルギーシールドを装備しているケルベロスは2隻の盾となりながら交戦を続ける。
その間に不用意に突出した敵船を撃沈した。
「敵船Dを撃沈・・・進路上に新たな敵船F、Gが出現。脱出ルートのプランを変更。この先は私がナビゲートするのでメリーサさん、シーカーアイはビック・ベアの後方に下がってください」
『了解。シーカーアイ後退します』
マークスの指示により進路上の敵船を回避するが、そうすると必然的に敵船が合流し、ケルベロスが集中攻撃を受ける羽目になる。
戦闘が開始されて数時間、幾度かの脱出ルートの変更により予定よりも遅れてはいるが、着実に小惑星帯の出口に近づきつつあった。
「敵船Bが大破、航行不能。新たな敵船Hに高出力ビーム砲を確認。最重要の警戒を要す・・敵船Hが発砲!射線上にシーカーアイがいます。本艦の回避運動は不可。直撃、来ます!」
「ケルベロス、耐えろよっ!」
激しい衝撃がケルベロスを襲う。
「被害確認。艦首右舷に直撃。右舷側速射砲が大破、脱落。その他動力系には異常なし。本艦の交戦能力23パーセント減」
「だーっ!初仕事でいきなり壊してしまった!」
嘆きながらも更に2隻の敵船を撃沈するシンノスケ。
「敵船E、Gを撃沈。アステロイドベルト脱出まで1時間を切りました。進路上に新たな敵船I、J、K、Lが出現。行く手を阻んでいます」
「くそっ!大部隊じゃないか!しかし、奴等もこれが最後だろう。このまま突破するぞ」
「了解。ケルベロスから各船。前方の敵船を突破してアステロイドベルト外に脱出します。各機銃は牽制のために前方に砲火を集中。突破口は本艦が開きます」
マークスの指示を聞いたグレンが仲間達に檄を飛ばす。
『よし!ここまで来てやられたら目も当てられねえ!シーカーアイはビック・ベアの後方下部に着け』
『了解しました』
『さあ、皆、覚悟を決めろっ!シンノスケ達を信じて突っ込むぞっ!』
ビック・ベアとシーカーアイが密集する。
「1番ミサイルランチャー起動。後方、じゃなくて進路前方を封鎖する4隻にミサイルを叩き込む。ここまできたら出し惜しみはしないぞ」
「了解。ビック・ベア突破のタイミングと合わせます。・・・3、2、1、今!」
「1番ランチャー全弾発射!」
シンノスケが発射ボタンを押すとミサイルランチャーから12発の小型ミサイルが放たれた。
小型ミサイルとはいえ、直撃すれば小型船ならば一撃で撃沈できるし、ある程度の装甲を持つ軍用艦船でもダメージは免れない。
高速で飛翔する12発のミサイルがシーカーアイとビック・ベアを追い越して目標に向かう。
ミサイルに気付いた海賊船が回避運動に入るが間に合わない。
次々と着弾するミサイルに中央にいた2隻が爆炎に包まれた。
『今だっ!各銃座撃ちまくれっ!』
『了解っ。突破するわよ!メリーサ、しっかり着いてきなさい』
『了解しました』
ケルベロスが開けた突破口にビック・ベアとシーカーアイが突入する。
「敵船J、Lを撃沈。Iを大破させました」
「了解。本艦も脱出する」
ビック・ベア、シーカーアイに続いてケルベロスが後ろ向きのままで包囲網を突破し、小惑星帯の外に脱出した。
残る全ての敵船がケルベロスの前方に出る。
「いい加減に諦めろっ!」
シンノスケは前方に向けてありったけの砲火を放った。
「敵船Fが中破。敵船の生き残りは後退していきます」
マークスの報告にシンノスケはグラスモニターを外して深く息をつく。
「諦めたか。奴等も頭に血が上ったようだが、最後の最後で命惜しさが勝ったようだな」
海賊達が追ってこないのを確認したシンノスケは艦を回頭させて先に脱出したグレン達を追った。
海賊を退けたとはいえ、コロニーに帰還するまでが護衛任務だ。
「初仕事で12隻の海賊船と交戦。6隻を撃沈して3隻に損害を与えたが、引き換えに速射砲1門を大破させて、ミサイル12発の大盤振る舞い・・・とんだ初仕事だ」