エメラルドⅢ
S-21型、個体名マークスは艦船の運用支援から白兵戦闘までこなすマルチロール型の軍用ドールであり、更に高度な思考システムを搭載し、自分の判断で行動可能な自律型のドールだ。
マークス自身が説明しているとおり、感情なるものは持ち合わせていないが、マークスの主であり、相棒であるシンノスケはマークスに人権を持たせた上、ことあるごとにマークスを人として扱い、あるはずのないマークスの表情について『マークス、笑うな』とか『不満そうな顔をするな』等と言及してくるが、マークス自身はそんな自由商人のシンノスケの相棒として活動することが最適であると判断している。
そんなマークスはシンノスケ、ミリーナと共に船内調査のためエメラルドⅢに移乗しようとしていた。
生存者はいない筈だが、ドローンの映像のこともあるので、念のためブラスターアサルトライフル等で武装しての移乗だ。
「ドローンからの情報では船内環境に問題はありませんが、先ずは私が船内に入って確認します」
マークスはシンノスケ達をケルベロスに残してエメラルドⅢに乗りこむことにした。
「分かった。気をつけろよ」
「了解しました」
シンノスケの言葉にマークスは不合理さを認識する。
『気をつけろ』と言われてもマークスの思考システムは常に最善で合理的な選択するので『気をつける』必要はない。
それでもマークスはシンノスケのそんな言動の数々を『そういうもの』として処理することにする。
マークスはハッチを開いてエメラルドⅢに進入した。
「船内進入。空気の状態に異常なし。マスター達の活動に問題ないと判断」
シンノスケ達を呼び入れようとハッチを開けようとした瞬間、左右後方を監視するサブカメラが異常を検知する。
「左方、15.2メートルの位置、微弱な電磁障害によるノイズを検知。危険性は皆無と判断」
マークスはハッチを開くとシンノスケ達を呼び入れた。
エメラルドⅢに足を踏み入れたシンノスケは周囲の状況を確認する。
「先ずはブリッジに向かおう」
船のマスターシステムには事故の原因やその後の経過も記録されている筈であり、最終的には記録を回収する必要があるため、ブリッジの様子を確認するのは最優先だ。
ブリッジに通じる通路には異常は無かったが、ブリッジに入ると、そこには5人の乗組員の死体が倒れていた。
ブリッジ乗組員らしく、それぞれが持ち場の付近に倒れている。
「最後の時まで復旧を試みていたのですね・・・」
乗務員の骸を見るミリーナの瞳は彼等を慈しんでいるようだ。
その間にもシンノスケとマークスは船のシステムデータを確認する。
「船に装備されているコールドスリープ機器は20人分。20機全てが稼働していないからコールドスリープでの生き残りはいないか」
「マスターシステムのデータは残存しています。最後の生体反応が消失したのは74年11か月と8日前ですね。やはり乗員乗客全員が死亡しているようです」
マークスの報告の内容はシンノスケとミリーナも理解できるが、どうしても映像に映し出された影のことが気になってしまう。
ブリッジには船長の姿が無かったので、船長室に行ってみたところ、そこに船長がいた。
机の前の椅子から転げ落ちるように倒れている船長。
机の上には端末があり、その脇に端末からプリントアウトされた日記がファイリングしてあった。
シンノスケはファイルを手に取り、中身を確認する。
『船のマスターシステムが破損する可能性を鑑みて、データのみでなく、プリントアウトしたペーパーファイルにより記録を残す。×××年9月4日。船の航行システムに異常が生じ、航路を大きく外れた。しかし、システム復旧と航路への復帰が見込まれるため、クルーに早期の復旧と航路への復帰を命じる』
『9月8日。システムが復帰しないまま小惑星帯に迷い込む。遭難信号を発信する。航路を外れた時点で遭難信号を発しておくべきだった』
『9月9日。船が小惑星に衝突。航行不能に陥る。船内システムに異常なく。負傷者もいない。クルーはもとより乗客も落ち着いていることが救いだ』
『9月15日。本船は小惑星に座礁し、引きずられるように流されていく。検討の結果、救助を待つだけでなく連絡艇を出すことを決断。副船長以下5人のクルーにその任務を託す。本船は3か月の航行の予定であり、船内の食料と飲料水は半年分の備蓄があるが、節約するため、制限を始める』
『10月22日。連絡艇は戻らず、救助が来る兆候もない。脱出艇による脱出を検討したが、小惑星との衝突で脱出艇の半数が破損。全員の脱出は不可能。更に、脱出艇の航続距離と積載量では不安要素が大きいため、決断できない。船内において初めての死者。高齢の男性で、船医の診断によれば心臓に持病があり、ストレスによる心不全とのこと』
『12月1日。連絡艇は戻る様子もない。改めて脱出艇による脱出を検討。希望者を募るも皆がリスクを理解しているのか、希望者は15名と予想より遥かに少ない。脱出艇1隻を送り出すことを決断。乗員2名と乗客15名が本船から脱出』
『1月19日。本日までに更に5人の死者。2名は自殺、3名は高齢による衰弱死。死者の遺体は船内の保冷庫で保存する』
『1月29日。脱出した筈の脱出艇が航行不能の状態で漂流しているのを発見。通信に返答なし。救助も叶わずそのまま見送るしかできない』
『3月2日。衰弱死する者が増えてきたが、脱出を主張する者はいない。船内の秩序は保たれている。クルーの働きとシーグル神聖国の神官の協力に感謝しかない』
『3月10日。私自身の体調が急速に悪化。船長としての責任があるため自分を奮い立たせる。死者に自殺者が増えてきた。加えて死者の回収もままならず、死体が船内に放置されている。凄惨な状況だ』
『3月18日。椅子に座ることも苦しい程に悪化している。このままでは船の行く末を見届けることなく、多くの乗員乗客を残して私の命が尽きてしまうだろう。船長として不甲斐ない限りだ』
プリントアウトされていたのは3月18日のものが最後で、端末には3月19日の日付のみが記録されている。
おそらくその3月19日に船長の命が尽きたのだろう。
「船長が亡くなってから数か月もの間、残された人が生きていたんだな・・・」
シンノスケは船長が残したファイルを机の上に戻した。
最終的にはこのファイルと船長の端末も回収する必要がある。
「よし、マスターシステムのデータと船長が残した記録でこの船の事故の概要は判明するだろう。とりあえずデータの回収は後にして船内の捜索を進めよう」
気を取り直して船内調査に移行しようとシンノスケ達が船長室を出た時、3人は足を止め、シンノスケとミリーナは思わず息をのんだ。
「えっ?」
「まさかですの・・・」
シンノスケ達の視線の先、薄暗い通路の先に1人の少女が佇んでいた。




