船内調査へ
小惑星に引っかかるように座礁している旅客船エメラルドⅢはシーグル神聖国船籍の旅客船で、記録によれば76年前に乗員乗客153名を乗せてシーグル神聖国からアクネリア銀河連邦サリウス恒星州に向けて航行の途中で消息を絶った船だ。
「76年前か、これは無理だな・・・」
微弱ながら遭難信号を発し続けているということは船の動力は生きている可能性がある。
エメラルドⅢクラスの船なら非常時の対応としてエネルギーの全てを生命維持に回せば100年やそこらはエネルギーが尽きることはない。
しかし、船内に残された人々が生きるためには食料や水が必要だが、100年分もの水や食料までは積んでいないだろう。
そして何より、76年という年月が過ぎている。
食料や水があったとしても船内で人が生きている可能性は皆無だ。
大抵の人類は寿命が尽きてしまうし、長命種の種族でも精神を保つことが出来ず、生き残ることは難しいだろう。
シンノスケはケルベロスを接近させてエメラルドⅢの船内をサーチしてみる。
「エメラルドⅢ船内に生体反応ありません」
セイラが報告するが、如何にケルベロスが優秀な船だとはいえ、探知能力が特出しているわけではない。
外部からのサーチだけで船内全てを網羅することは不可能だ。
「可能性は低いが冷凍睡眠等で生き残っている者がいるかもしれないな。移乗して船内調査をしてみるか」
シンノスケは考えるが、実は遭難船の救助では民間船にそこまでは求められていない。
遭難船を発見して通信を試みて、その返信等により生存者がいることが明らかな場合には生存者を救助するために可能な限りの措置を取る必要があるが、生存者が確認出来ない場合はそれ以上の対応を取る必要はなく、捜索の経過を記録して報告すれば救難義務を果たしたことになる。
その理由は、遭難船に移乗して調査することは非常に危険だからであり、民間船の善意による救難義務にそこまで課すことは出来ないからだ。
仮に遭難船に危険な病原体等が蔓延していた場合、移乗した者が感染する可能性があるし、そもそも遭難している船内に立ち入ること自体が危険で、二次遭難の可能性もある。
それでもシンノスケは船内調査を行うことを決めた。
「それでは、移乗する前にドローンによる先行調査を行いましょう」
マークスは手のひらサイズの小型ドローンを取り出した。
プロペラによる飛行や車輪による走行が可能なドローンで、映像情報の送信はもとより有毒ガス等の有害物質の検知も可能な小型ドローンだ。
加えて、コントローラーによる操作も可能だが、ドールであるマークスの思考システムとリンクしてマークスの意のままに操ることができる。
「そうだな、ドローンによる調査で船内の安全を確認した後に移乗するか」
シンノスケはエメラルドⅢの搭乗口にケルベロスを寄せると接舷用通路を接続した。
マークスは接舷用通路に入ると一旦ケルベロス側のハッチをロックしてからエメラルドⅢの搭乗口を開いてドローンを送り込む。
「搭乗口付近の空気は正常であることを確認」
搭乗口から流れ込んできた空気の状態を確認したマークスは再び搭乗口を閉じてブリッジに戻る。
「マークス、どんな様子だ?」
ブリッジに戻ったマークスにシンノスケが声を掛ける。
「搭乗口付近の船内環境に問題はありませんでした」
説明しながらマークスは船内に送り込んだドローンの映像情報をモニターに接続した。
モニターにエメラルドⅢの船内通路の状況が映し出される。
照明を最小限に抑えているため船内は薄暗いが、船のエネルギー自体はまだ残っているようだ。
「船内照明も生きているし空調も問題なさそうだな。マークス、記録しながら進めてくれ」
「了解しました」
マークスは船内通路に沿ってドローンを進める。
搭乗口から進み、角を曲がった先には凄惨な光景が広がっていた。
「はっ・・・」
セイラが思わず息をのむ。
モニターに映し出されたのは通路上に倒れる数十年の時を経た死体の数々。
エメラルドⅢの乗員乗客の骸だ。
ドローンを寄せてみれば、外傷の認められない死体もあるが、頭部を貫かれた痕がある死体もある。
「これは、争いの結果ではなく、苦しみから逃れるためのものだろうな・・・」
側頭部や、下顎部から脳天に向けて貫かれている死体の傍らにはブラスターが転がっている。
セイラは耐えられずに目を背け、シンノスケとマークスが冷静にモニターを観察しているその横でミリーナも険しい表情ではあるが、モニターを凝視していた。
ドローンを進めてみてもその先にあるのは死体ばかり。
ドローンでは扉を開くことは出来ないため調査できるのは通路や扉が開いている室内だけだが、それでもかなり広い範囲の調査が必要になる。
「ちょっと待ってください!今、何か動きましたわ!先の角を右の方に!」
突然ミリーナが叫んだ。
ミリーナ以外、マークスさえも気付かなかった。
マークスは即座にドローンを通路の先に向かわせる。
「何もありませんね」
通路の先にはやはり数体の死体があるだけだ。
「そんなはずはありませんわ!間違いありません。人影のような物が横切りましたわ」
シンノスケ達もミリーナが嘘を言っているとは思わない。
ドローンから送信されてきた映像を改めて確認してみる。
通路に倒れている死体から離れ、ドローンのカメラが通路に向けられる。
「ほらっ!そこですわ!」
「確かに、何か横切ったな」
確かに人影のようなものが通路の先へと横切ったように見える。
マークスは記録を戻し、スローにして再生するが、タイミングが悪すぎた。
カメラが通路に向けられた次の瞬間にはその影は通路の先へと姿を消してしまう。
しかし、ミリーナの言うとおり、何かの影が映し出されていたことは事実だ。
「小さいな。子供位か?」
首を傾げるシンノスケ。
「いえ、人である可能性はありません。体温のようなものはありませんでしたし、周囲の空気にも温度変化は認められませんでした」
冷静に分析するマークスだが、マークス自身その影の正体が何であるか判断できない。
「移乗するしかないな。俺とマークスの2人で調査に向かおう」
シンノスケは決断したが、ミリーナが声を上げる。
「私も行きますわ」
「何があるのか分からない。危険だ!」
シンノスケは首を振るがミリーナも引き下がらない。
「それでも一緒に行きますわ!何があるのか分からないなら私の能力が役に立つでしょう。どんな危険が潜んでいても何も問題ありませんわ。それに、異変に気付いたのは他ならぬ私ですのよ。私を除け者にするなんてあり得ません!」
確かに狭い船内ではブラスターライフル等の銃火器よりもミリーナの持つサーベルのような近接武器の方が有利な場合もある。
それにミリーナは一度言い出したら引き下がらないだろう。
シンノスケは腰に装着していたブラスターをミリーナに手渡した。
ラグザVX67火薬式拳銃と並ぶシンノスケ愛用の個人用携帯火器ペリルS27ブラスターだ。
「念のためだ。使っても傷をつけても、壊してしまっても構わないが、無くさないでくれよ。グリップのカスタムに拘りがあるんだ」
「大切にお預かりしますわ」
両手でブラスターを受け取ったミリーナは革帯のサーベルとは逆の右の腰にブラスターを装着した。




