遭難信号受信
ミリーナの制服も無事に完成し、ガーラ恒星州での目的を終えたシンノスケ達はサリウス恒星州への帰還の途についた。
手ぶらで帰るのも不経済なので何か仕事はないかとガーラ恒星州の商船組合に尋ねてみたところ、サリウス恒星州まで工作機械を運送する依頼があったので、帰りは20トン程の荷物を積載している。
報酬は安価だが、ただ帰るだけよりは余程良い。
そんなわけで仕事を受けての帰路だが、サリウス恒星州に向けて航行するケルベロスの操舵ハンドルを握るのはミリーナだ。
航宙法により出港時や入港時、惑星やコロニーの管制宙域以外の宙域であれば船長の権限で資格を持たない者に船を操縦させることができるため、操縦士見習いのミリーナの訓練を行っている。
通常は船舶学校や軍隊、沿岸警備隊で取得する業務用の船舶免許だが、ミリーナのように自家用の資格を持つ者が有資格者の指導の下で一定時間以上の操船訓練を行い、資格取得試験に合格し、更に規定時間の乗務を行った後に業務用資格を取得する方法があるのだ。
実地訓練はともかく、資格取得試験の合格率は極めて低く、困難ではあるが、ミリーナはこの方法による資格取得を目指している。
「こんなに大きな船なのに、操縦系はとてもピーキーなのですわね。レジャー用クルーザーとは大違いですわ」
操縦系統に接続された副操縦士席で真剣な表情でケルベロスを操るミリーナ。
シンノスケは操縦士席でミリーナの操作にリンクした操舵ハンドルやスロットルレバー等の動きを確認している。
「ケルベロスは軍用艦として建造されたからな。船体の殆どはエンジン等の動力系や武装が占めているし、姿勢制御用のスラスターの数や能力も民間船とはまるで違うさ」
そうは言っても今のところミリーナの操縦に問題点は認められない。
かれこれ4時間以上マニュアル操縦で航行しているが、緊張しているとはいえ、何でもこなすミリーナらしく危なげない操艦だ。
先ずは初めての操縦なので、マニュアル操縦での航行はこれまでにし、オートパイロットに切り替えてシステム航行管理に移行しようとしたその時、周辺宙域の警戒に当たっていたセイラが声を上げた。
「遭難信号を受信。方位4・・・信号極めて微弱です」
ブリッジに緊張が走る。
シンノスケも直ぐにモニターを切り替えたが信号は途絶えた後だ。
「4時の方向か。セラ、受信した信号は救難信号でなく遭難信号だな?発信した船の素性は分かるか?」
「はい、遭難信号に間違いありません。ただ、反応が微弱で直ぐに途切れましたのでそれ以上は分かりません」
「航路から外れていて距離が遠いのか・・・」
宇宙海賊等に襲われて救援を請う救難信号とは違い、何らかのトラブルに見舞われて航行不能になった時等に発信されるのが遭難信号だ。
救難信号では一定の武装を有する護衛艦等が救援義務を負うが、遭難信号は受信した全ての船が救援義務を負う。
当然遭難信号を受信したケルベロスは遭難船を救助するために最大限の措置を取る義務を負うが、規則による義務以前の問題であり、船乗りとして取るべき選択肢は1つだ。
「本艦は直ちに遭難船の捜索と救助に向かう。セラ、救助活動開始の信号を発信してくれ」
「了解しました」
「マークスは受信した信号のデータから位置を特定してくれ。それから、航路外に出る必要があるだろうから周辺宙域の情報収集と警戒を頼む」
「了解」
「ミリーナ、操縦を代わる。こっちに回してくれ」
「了解しましたわ!ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ・コントロール。右舷回頭、強速前進!」
シンノスケは遭難信号が発信された方向に向けてケルベロスを急行させた。
最大船速でケルベロスを進めること数時間、極めて微弱な遭難信号を頼りに遭難船の下へと急ぐが、未だにその位置が特定できない。
「これは、距離があるというよりも信号発信の能力が著しく低下しているのかもしれませんね」
遭難信号の解析を続けるマークスが分析した。
「だとすれば船が致命的な損傷を負っている可能性がある。急ぐぞ!」
マークスとセイラだけでなく、ミリーナまでが僅かな反応を見過ごすまいとモニターを凝視している。
「反応、方位11です!」
セイラが遭難信号を捉えた。
直ちにマークスがその位置を特定する。
「11時の方向水平位置。距離4200。小惑星帯の中です。遭難船の位置をマークしました」
「了解!ポイントに急行する。宇宙海賊による囮の可能性がある。ミリーナは周辺宙域の警戒、セイラは遭難船との通信を試みてくれ」
ここまでくれば見失うことはない。
シンノスケは救助に向けた準備を始める。
「マークス、遭難船がどんな状況にあるか分からないが、接舷、移乗の必要があるかもしれない。準備してくれ」
「分かりました」
席を立ったマークスはブリッジを出て銃火器等を納めている倉庫に向かう。
「遭難船に向けて通信を送っていますが返答ありません」
セイラが報告するが、それを聞いたシンノスケの脳裏に次々と嫌な結末が思い浮かぶ。
「返信も出来ない程に危機的な状況か、それとも既に手遅れか・・・」
ケルベロスは目標ポイントに向けて小惑星帯の中に入った。
小惑星帯の密度は濃くはないが、かなり広大な小惑星帯であり、深くまで入り込むとケルベロスですら危険だ。
「間もなく目標ポイントです」
小惑星帯に入って数十分。
幸いにして目標ポイントは小惑星帯の浅い位置にあった。
「シンノスケ様、左舷前方にある一際大きな小惑星に反応がありますわ!」
シンノスケは指示された小惑星をモニターに映し出して拡大する。
直径5、6キロはありそうな小惑星だ。
「見つけた!小惑星の下部、宇宙船が座礁しています!」
セイラが声を上げた。
「了解、確認した。中型の旅客船だな。直ぐに船籍を照合してくれ」
「はい、船籍照合・・・シーグル神聖国籍の旅客船エメラルドⅢ。・・・えっ?同船は・・・76年前にシーグル神聖国からアクネリア銀河連邦サリウス恒星州に向けて航行中に消息を絶った船です」