ミリーナ正式採用
第2艦隊司令部を出たシンノスケとミリーナ。
来るときには車に乗せてもらえた?が、帰りは送ってくれないらしい。
シンノスケも聴取に協力的ではなかったし、ミリーナに至っては敵対的だったのだから仕方ないだろう。
「徒歩で帰るには少し距離があるな・・・」
「でしたら我が家にご招待しますわ。お茶でも飲んで一休みしましょう」
言われてみればミリーナはサリウス恒星州のこのコロニーの官公庁街、宇宙軍第2艦隊司令部や中央警察局がある、この付近に屋敷を手に入れていたのだった。
聞けば、屋敷を守るマーセルス達の日常の足として車も手に入れたらしく、一休みした後に車で送ってくれるそうだ。
「そうだな。ちょっとお邪魔してお茶をご馳走になってから帰るか」
そう言ったシンノスケはミリーナの招待に応じることにしたのである。
(よしっ!今日はマーセルスとライズは夕刻まで不在と聞いていますし、アンとメイも今の時間は居ない筈。シンノスケ様を2人きりの空間に誘い込むことに成功ですわ)
邪なことを考えながら心の中でガッツポーズをするミリーナだが、当然ながらそんなミリーナの企みにシンノスケが気付くはずもない。
ミリーナの屋敷は第2艦隊司令部から徒歩で10分程、中央警察局からは5分と掛からない高級住宅地の中にあった。
周囲には高級役人の屋敷や官舎が建ちならび、確かに治安の良さは折り紙つきだ。
ミリーナの屋敷は周囲の屋敷と見比べると比較的こぢんまりしているように見えるが、それはあくまでも『周囲と比較して』のことであり、広い庭園に立派な建物で、元帝国貴族のミリーナや、マーセルス達が住むには十分な広さだろう。
屋敷の周囲や庭園には色鮮やかな花木が植えられているが、外からの視界を妨げる程の高さのものではなく、加えて屋敷の外周のフェンスには棘のある花が隙間なく植えられていて、景観的に美しい上に、フェンスを乗り越えて侵入することは地味に面倒くさそうだ。
そんなミリーナの屋敷に到着すると、屋敷の玄関でアンとメイの2人のメイドが出迎えた。
「あ、あれ?アン、メイ、なんで居ますの?」
当てが外れて唖然とするミリーナとわけが分からないシンノスケ。
「「本日はミリーナ様がお戻りの予定でしたので待機しておりました。マーセルスさん達も間もなく戻られます」」
「チッ!余計な気遣いを・・・」
なにやら様子がおかしいミリーナにシンノスケは首を傾げる。
「んっ?余計な、何だって?ひょっとして急にお邪魔して迷惑だったか?」
「えっ?そっ、そんなことありませんわ。私はシンノスケ様に対して閉ざす扉を持ち合わせていませんもの。さっ、シンノスケ様のご実家に比べれば小屋のようなものですが、遠慮なさらずにお入りください」
動揺をかくしつつ、屋敷について謙遜するミリーナだが、確かにサイコウジの屋敷とは比べものにならないが、シンノスケの今の住処は宇宙港のドックに停泊しているケルベロスなので、これまたミリーナの屋敷とは比べようがない。
案内された応接室でアンが煎れてくれたお茶を飲みながら一息をつくシンノスケとミリーナ。
「シンノスケ様、私、ちょっとだけ心配ですの」
「何がだ?」
「私は軍人の頃のシンノスケ様をよく知りません。でも、今日のようなことがあるということは、もしかして軍隊の中にシンノスケ様を好ましく思わない者が少なからず存在しているのではありませんの?」
「まあ、別に俺は敵を作ったつもりはないんだがな・・・」
シンノスケは苦笑しながら自分の軍人だった頃のこと、軍を除隊する羽目になったことをミリーナに話した。
「・・・やっぱり心配ですわ。シンノスケ様は船の操縦や戦いのセンスは一級ですけど、自由商人としての交渉術等はまだまだですの。今日のように間抜けな連中ならばどうにでもなりますが、あの情報部少佐のようなレベルになると全く太刀打ちできませんのよ」
「まあ、確かに俺は情報戦の類は不得手だからな・・・。商談ではレイヤード商会にいいようにあしらわれているし、商船組合でもリナさんの手のひらの上で転がされているような気がする。・・・そこでミリーナに頼みというか、提案というか、相談があるのだが」
「何ですの?」
シンノスケは情報部での一件で思いついた考えを伝える。
「今のミリーナは自らの希望により操縦士見習いとしてケルベロスに搭乗しているし、その目的に変わりはないだろう。ただ、もう1つ、俺の補佐という役割を引き受けて欲しいんだ」
「補佐、ですの?」
テーブルを挟んでいるが、ミリーナが前のめりになり、シンノスケは思わず仰け反る。
「あっ、ああ。法務担当という程大袈裟ではないが、色々な手続きや交渉事でサポートをしてもらったり、アドバイスをしてもらいた・・」
「やりますわ!ええ、やらせていただきますわ!」
シンノスケの話が終わる前に食い気味に承諾するミリーナ。
「あっ、ああ・・・。引き受けてくれるなら、艦の運用面では操縦士見習いという立場は変わらないが、ミリーナをケルベロスの正規クルーとして採用する。マークスとセイラにも相談する必要があるが、まあ、2人とも反対したりはしないだろう」
結局、思惑が外れたミリーナだが、邪な思惑以上の収穫を得ることが出来たのだから大満足だ。
その後、普通にお茶の一時を過ごしたシンノスケとミリーナはマーセルスの運転する車で商船組合にまで戻り、リナに情報部での一件を報告した後にドックに帰ってきた。
ケルベロスに戻ったシンノスケは早速マークスとセイラに事情を説明してミリーナを正式採用することを告げたが、案の定2人ともにミリーナを採用することに賛成であり、こうしてミリーナはケルベロスの正規クルーとして採用されたのである。