セリカ・クルーズ少佐
「クルーズ少佐。貴女の先程の口ぶりからすると、あの男達と少佐の目的は違うということですか?」
シンノスケの質問にクルーズ少佐は肩を竦める。
「カシムラさんにお尋ねしたいことがある。という点に関しては目的は同じですね。でも、私と彼等4人は別任務で動いていますので、先程までのご無礼は彼等4人によるもの、とご理解いただけると助かります」
つまり、男達と自分は別だから自分に非難の目を向けるな、ということなのだろうか。
だとしたら随分と虫のいい話だ。
「そうしますと、彼等は情報部員ではなかったということですか?」
クルーズ少佐はニコリと笑う。
「いえ、仮に非正規任務とはいえ、所属を詐称するわけにはいきません。彼等自身が名乗ったとおり、彼等は紛れもなく情報部員ですよ。少なくとも先週までは情報部には居ませんでしたし、来週には情報部員ではなくなると思いますが。彼等の真の目的が何であるかは私の任務には関係ありませんので知りません。たまたまカシムラさんにお話を伺いたいという目的が一緒でしたので、行動を共にしていただけです」
「つまり、少佐と彼等は全く別者だと?」
「はい、アクネリア宇宙軍の軍人であるということと、『今は』同じ情報部に所属しているという共通点はありますが、全く別の命令系統で動いています」
情報部員であるクルーズ少佐の方から話さない限りは先の連中のことは聞き出せなさそうだ。
「分かりました。私に聞きたいことがあるならば手短にお願いします」
それならば余計な時間を掛ける必要はない。
さっさと聴取を終えて帰ることにする。
「ご理解いただけて嬉しく思います。私がお伺いしたいのは・・・」
クルーズ少佐の話を要約すると、聴取内容は先の男達と同じリムリア艦艇との交戦記録についてだったが、航行データをサイコウジ・インダストリーに引き渡したことや、組合に提出したこと自体は何ら問題視しておらず、純粋に元軍人であり、現在も戦闘艦を扱う艦長の視点からリムリア銀河帝国の新鋭艦の評価を聴取することが目的で、航行データは既に正規なルートでサイコウジ・インダストリーや商船組合から入手する手続きに入っているそうだ。
「そうしますと、カシムラさんの評価ではリムリア銀河帝国の巡航艦と駆逐艦は特筆すべき点は無いということですか?」
「特筆すべき点が無いというよりは、特筆する程の情報を得られなかった、ということです。彼等が何を狙って旅客船であるブルーホエールを拿捕しようとしていたのかは分かりませんが、その行動に制限があり、艦の能力を十分に発揮していないように見えました。そうでなければ新鋭巡航艦と駆逐艦を相手にして無事ではいられなかったでしょう」
「なるほど。軽駆逐艦に匹敵するとはいえ、コルベット1艦で3隻の帝国艦艇を相手に民間船を守り、自らも生還したというのに、随分と謙虚なのですね」
クルーズ少佐のシンノスケに対する過大な評価にシンノスケは肩を竦めた。
「自己評価が低いのと臆病なのは私の美徳であり、戦場で生き残る秘訣ですよ」
シンノスケの言葉にクルーズ少佐はクスクスと笑うが、シンノスケは至って真面目だ。
「分かりました。それから、もう一つ伺いたいのですが・・・」
次にクルーズ少佐が質問してきたのはケルベロスに損傷を負わせた宇宙海賊の長距離砲についてだった。
「ケルベロスが攻撃を受けた際の航行データについても組合から提供を受けているのですが、あれは宇宙海賊が持つような装備ではありません。それについてカシムラさんのお考えを聞かせていただけますか?」
「確かに、あれは戦艦並のビーム砲で、あのクラスの船に装備するには無理がありますね。現に負荷が掛かりすぎるのでしょう。1回の戦闘では2回か3回の発射が限界だと思います」
「そのビーム砲を彼等はどのようにして入手したとお考えですか?」
「それについては分かりません。ただ、はっきりしているのは、あのビーム砲は正規にせよ、非正規にせよ、簡単に手に入るものではありませんし、そもそも強力過ぎて宇宙海賊が好んで使うとは思えません」
シンノスケの答えにクルーズ少佐は頷いた。
「ありがとうございます。私が聞きたかった以上のお話を聞くことができました。本日はご協力ありがとうございます。カシムラさんには今後もご協力いただくことがあろうかと思いますが、よろしくお願いします」
シンノスケが睨んだとおり、クルーズ少佐はシンノスケと今後の協力関係を築くつもりのようだ。
シンノスケにしてみれば乗り気ではないが、頑なに拒めば後が怖い。
「まあ、この程度ならば、私の仕事に支障が出ない程度には協力することもやぶさかではありませんよ」
「それで結構です。私も多忙な身ですので、協力をお願いする機会はそう多くはありませんよ」
「分かりました。それでは失礼させていただきます」
シンノスケとミリーナは席を立ち、退室すべくクルーズ少佐に背を向けた。
そんなシンノスケの背後からクルーズ少佐が声を掛ける。
「そういえば、私としては興味の無い話ですが、カシムラさんは軍の一部の幹部から随分と嫌われていますね。それこそ命を狙われても不思議ではない程度に・・・」
クルーズ少佐の言葉にシンノスケは振り返らずに答える。
「私としては、何も心当たりはありませんね」
「また、ご謙遜を。・・・本日のお礼に1つだけ、現在の第2艦隊司令官が着任した後に第2艦隊内に綱紀粛正の嵐が吹き荒れました。しかし、何事にも例外、といいますか、しぶとい者が居ましてね、閑職には追いやられてなお、軍内部での影響力の強い人物がいます。今回の情報部の臨時的な人事についてもそれが影響しているのかもしれませんね」
「それこそ、軍内部で片付けて欲しいことですよ」
「そう仰られても、私の任務外ですし、私も忙しい身ですからね。まあ、少なくとも今日のところは貴方達の安全は保証します」
シンノスケは肩を竦めながら聴取室を出る。
クルーズ少佐の言うとおり、聴取室の外、情報部分駐事務所内に男達の姿は見当たらなかった。