情報部少佐
情報部員A、Bを前に胸を張るミリーナ。
「何を企図してシンノスケ様を陥れようとしているのかは分かりませんが、これ以上戯言を並べるつもりなら貴方達ではお話になりませんの。もっと話の分かる者を連れてきなさい!」
ミリーナが畳みかけるが、これは少し危険な状況だ。
ミリーナの法知識に圧倒され、反論も出来ない情報部員AとB。
見て分かる程に動揺と怒りに震えており、今にも腰のブラスターに手を伸ばしそうだ。
彼等が銃を抜けばミリーナも躊躇なく腰のサーベルを抜くだろう。
ミリーナの自信に満ち溢れた姿を見れば、彼女が相当な手練れであることに疑いはない。
加えて狭い部屋の中だ、第3の目が開き、予知の能力を持つミリーナならば男達が銃を抜き、発砲する前にサーベルを振るうことなど造作もないだろう。
流石のミリーナも男達を『斬り捨て』たりはしないだろうが、ブラスターごと腕の1本でも『斬り飛ばす』くらいのことはやりそうだ。
現にミリーナ自身が帯電しているのではないか、と錯覚するようなピリピリとした気配を醸し出している。
もはや情報部員なんか相手にしている暇はない。
そんなことよりもミリーナを抑えることが先決だ。
「待てミリーナ。物凄く気になるんだが、何でそんなにアクネリアの法律に詳しいんだ?」
強引に論点を変えることを試みるシンノスケ。
「そんなもの、1度読めば覚えますわ!」
情報部員達を睨みつけたまま、さらりと答えるミリーナだが、額の目が開いている状態のミリーナに睨まれた情報部員はさぞ恐ろしいことだろう。
現に2人は小刻みに震えている。
「ちょっと待て、今何て言った?」
「ですから、1度読めば覚えます。そんなの当たり前のことではありませんか」
「いや、当たり前のことではありません」
シンノスケはミリーナの肩を掴むと半ば強引に椅子に座らせた。
「1度読めば覚えるって、それもミリーナの覚醒した能力なのか?」
シンノスケの問いにミリーナはキョトンとして首を傾げる。
「何を言っていますの?そんなの覚醒能力の筈がありませんわ。普通、1度見たものや、読んだものは忘れる筈ありませんわよね?」
「いや、それは普通じゃないぞ」
「私も亡命者としてアクネリアで生きていくわけですし、船乗りを目指しているのですから法律や規則に従うのは当然。だから各種法令にざっと目を通して覚えましたのよ。軍の法令や規則はついでに覚えただけですけど」
「いやいや、ざっと目を通したり、ついでで覚えられるようなことではないぞ?」
「あら、私はそうですわ。子供のころから教師の説明、読んだ本、見た景色は1度で覚えましたのよ」
情報部員を置き去りにして話を進めるシンノスケとミリーナ。
ミリーナの記憶力は生まれついてのものらしいが、これはとんでもない才能だ。
ミリーナにかかればアクネリア銀河連邦の弁護士資格どころか、国際資格を取るのも難しいことではない。
これ以上目の前の連中と議論しても何も得られそうにないし、それならば一気にケリをつけた方がよさそうだ。
シンノスケは改めて情報部員に向き合う。
「せっかくここまで来たのですが、私の法務担当者の言うとおり、戯れ言のみを並べるつもりならこれ以上の議論は無駄でしかありません。建設的な意見が無いならば私達はこれで失礼させていただきます」
そこでシンノスケは横目でミリーナを見た。
椅子に座ってはいるが、サーベルに掛けた手はそのままだ。
「大人しく引き下がった方が貴方達の身のためだ」
シンノスケの言葉に情報部員の男達は何かを言おうとしたが、それを女性情報部員が遮った。
「貴方達の持ち時間は終了、時間切れです」
その言葉は情報部員の男達に向けられたものだった。
その言葉を聞いてミリーナに対峙していた時とは打って変わって完全に萎縮する情報部員。
「ここから先は私の仕事です。貴方達は退室しなさい」
淡々と話す女性情報部員に逆らうことが出来ないのか、男達は敬礼すると無言のまま部屋を出ていった。
部屋に残ったのはシンノスケ、ミリーナ、女性情報部員の3人だが、ミリーナは未だに敵意むき出しのままだ。
そんなミリーナを気にも留めていないのか、女性情報部員はシンノスケを見て敬礼する。
「ご迷惑をおかけしました。私はアクネリア銀河連邦宇宙軍情報本部所属のセリカ・クルーズ少佐です」
その自己紹介を聞いたシンノスケは一気に緊張した。
(情報部員が名前を名乗った?セリカ・クルーズ少佐って、まさか本名か?)
情報保守や情報収集を担い、非正規任務にも当たる情報部員が名を名乗る。
これは只ならぬ事態だ。
勿論、情報部員がその任務のために対峙する相手に名を名乗ることはあるが、その場合は殆どが偽名であり、ファーストネームまでを名乗ることはしない。
任務を効率的に遂行するために暫定的に偽名を使用するのだ。
しかし、目の前にいるクルーズ少佐はセリカ・クルーズと名乗った。
その名の真偽は分からないが、真の情報部員なら、限定的とはいえミリーナが読心の能力を持っていることも把握済みの筈だ。
その上でフルネームを名乗るということは、それが本名である可能性が高い。
情報部員が本名を名乗るケースは幾つかある。
例えば、相手に本名を知られても問題がない場合。
それは名乗った相手とあらゆる意味で今後はかかわり合う必要がない場合であり、相手の口を物理的に、生命的に封じることも含まれている。
他には、相手の信用を獲得する必要がある場合。
相手の信用を得て必要な情報の提供を受け、さらにその後の協力関係を築きたい時だ。
クルーズ少佐の狙いが何所にあるのか?
(これは、一筋縄ではいかないぞ)
シンノスケは警戒を強めた。