ミリーナ覚醒
シンノスケとミリーナは5人の情報部員に取り囲まれた。
彼等が示した招請状なるものに法的な根拠は無く、招請に応じなければならない強制力は無いが、彼等はシンノスケに拒否をさせるつもりはないらしい。
そんなことはシンノスケも分かりきったことだが、それよりも問題なのはミリーナだ。
額の目を光らせながら腰のサーベルに手を掛けている。
キイイィィィ・・・。
鞘の中から高い音が僅かに聞こえる。
ミリーナのサーベルの刃が超高速で振動している動作音。
ミリーナがサーベルを起動させたのだ。
(マズい。この娘ってば、本気だ・・・)
「落ち着け、ミリーナ!」
シンノスケはミリーナを制止する。
「必要以上に威嚇、挑発してきたのは彼等ですの。そんな連中には手加減無用です。この場で斬り捨てられても文句は言わせませんわ」
「此奴等に文句が無くても俺の方に問題がある!ミリーナが手を出す必要はない」
「何をおっしゃいますか。シンノスケ様は私の雇用主。雇用主とは主と同意。私のご主人様に害を為そうなど言語道断!私がシンノスケ様をお守りします。地獄の底まで、例え時空を超えた来世まででもお供しますわ」
とんでもないことを言い出すミリーナ。
「待て待て。俺はあくまでも個人事業主でミリーナは見習い従業員だ。おかしな方向に話を飛躍させるな!第一、地獄の底までついてくると言われても、俺はまだ地獄に行くつもりはない!俺が今から行くのはこの連中が案内する情報部の施設だ」
慌ててミリーナを諫めるシンノスケ。
このままだと収拾がつかなくなりそうなので余計な抵抗をすることなく招請に応じることにした。
不安そうでありながら何も口を出すことが出来ないリナに見送られて連行された先はシンノスケの予想どおり、サリウス州中央コロニーの第2艦隊司令部内にある宇宙軍情報部の分駐事務所だ。
分駐事務所といっても、そこは秘匿性の高い情報部だ、公式の分駐事務所には情報部に関する物は何も無く、幾つかの事務机とお飾りの端末が数台、そして、取調べ用の小部屋が3部屋あるのみ。
普段は別の場所を拠点に活動しているのだろう。
「それではカシムラさんは別室でお話を伺います。リングルンドさんはこちらでお待ちいただきます」
シンノスケのみを案内しようとする情報部員だが、ミリーナは黙って従うつもりはないようだ。
「私も同席しますわ」
「規則により認められません」
情報部員の1人が冷徹に、事務的に拒絶するが、ミリーナも引き下がらない。
「規則ですの?そもそも招請状なるものが法的根拠が無いものではありませんか?仮に法的根拠のある軍法会議や審問会、果ては一般的な刑事事件の聴取であっても被疑者として扱われていない限りは弁護人等の第三者の同席は認められています。これはアクネリア宇宙軍規則やアクネリア銀河連邦刑事捜査法に明記されていますわ。根拠なく、あくまでもシンノスケ様の協力の下で行われる聴取なのですから私が同席しても問題ない筈です。無論、貴方達が拒否するのも自由ですが、私達がそれに従わなければいけない理由もありません」
まるで各種法令を熟知しているかのように話すミリーナは右腕をシンノスケの腕に絡め、左手を腰のサーベルに掛け、シンノスケから離れるつもりはないようだ。
ミリーナの胸がシンノスケの左腕に押し付けられる。
これだけで大惨事だ。
ミリーナの気迫に気圧されたのか、それともミリーナなど眼中にないのか、情報部員がミリーナの要求を聞き入れ、聴取室でシンノスケと同席するミリーナは情報部員3人の聴取を受けることになった。
残る2人の情報部員は室外に待機という名目で監視に当たっている。
「早速ですが、カシムラさん。ダムラ星団公国からの帰路において、リムリア銀河帝国の艦艇と交戦した記録をサイコウジ・インダストリーに提供したというのは事実ですね?」
「はい。元々私の船の航行に関するデータを提供するという契約を結んでいますので、その契約に従ったのみです」
「迂闊だとは思いませんか?」
「何がです?」
「カシムラさんも元軍人。それも宇宙軍大尉にまで出世したならば、他国の正規軍用艦と交戦した記録は軍の機密として取り扱われるものであり、おいそれと民間企業へと流出させてよいものではありません」
「宇宙軍の内規ではそのように定められていた筈ですが、今の私は軍人ではなく、一介の自由商人です。既に除隊した軍の規則よりも自由商人としての契約の方が優先です」
ここにきてシンノスケは違和感を覚えた。
(此奴等、本当に情報部員か?)
改めて目の前の3人を観察してみる。
先ず、目の前でシンノスケを尋問している情報部員Aだが、帰還したばかりのシンノスケを組合で待ち伏せしていたのだから準備不足だったのかもしれないが、質問のレベルが低すぎだ。
そもそも、組合で待ち伏せしていたが、それ以前に情報が他に流れることを想定しなかったのだろうか?
次に情報部員Aに従う情報部員Bだが、冷静を装おっているが、僅かながらその視線が泳いでいる。
(やはり情報部以外の部署の連中か?)
そして、情報部員A、Bと一定の距離を保ち、シンノスケではなくその2人を見ている情報部員Cの女。
冷徹というよりは冷めた目で同僚である筈の男2人を見ている。
(この女だけは情報部員か・・・)
1人だけ正規の情報部員がいるようだが、この女はシンノスケ達に興味はなさそうだ。
シンノスケが3人を観察している間も尋問は続く。
「カシムラさん、貴方には軍事機密漏洩の疑いが掛けられています。これが事実であるならば極めて重罪です」
「はあ?」
稚拙過ぎる尋問にシンノスケが呆れの声を上げた瞬間、ミリーナがキレた。
「何なんですの貴方達は!尋問にもならない戯言ばかり!シンノスケ様を馬鹿にしていますの?」
ミリーナに気圧された様子の情報部員AとB。
この2人は間違いなく情報部員ではない。
「カシムラさんは軍を除隊していますが、機密の保秘義務は消滅していません。今は一般市民でもアクネリア宇宙軍規則等が適用されます。軍事機密漏洩の責からは逃れることはできませんよ」
自称情報部員Aの言葉にミリーナは深くため息をつく。
「いくらシンノスケ様がヌケているお方でもこんなことで誤魔化せませんよ!」
「おい!」
「貴方方の言葉は全てにおいて破綻していますの。つまり、この尋問は法的根拠が無いばかりでなく、不当なものですわ!」
さりげなくシンノスケをディスるミリーナに思わずツッコミを入れるが、ミリーナはお構いなしだ。
「リングルンドさん、同席は認めましたが余計な口出しは無用に願います。そうでなければ貴女も共犯とみなすことになりますよ」
「フンッ!余計な口出しなんかしませんわ。思い上がった貴方達に必要な口出しですの。お馬鹿な貴方達に教えて差し上げますわ」
「何をですか?」
「亡命者である私が言うのも烏滸がましいですが、アクネリア銀河連邦は法治国家ですの。貴方達の行動も全て法と規則に則って行われるべきですわ」
「そのとおり、我々は私情ではなく、法と規則に従って行動しています」
「私情でないことはそうなのでしょう。貴方達のような木っ端は上からの命令がなければ何も出来ないのですからね」
「・・・」
「先ず、軍事機密云々を喚いていますが『軍事上の機密とは軍が作成、または入手した情報で秘匿性の高いものである』とアクネリア宇宙軍情報規則第4条に定められています。貴方達が機密というのは、自由商人であるシンノスケ様が得た情報ですが、これは軍の手に渡っていませんから、そもそも軍事機密にはなりません。情報の保秘については、同じく情報規則第2条『アクネリア銀河連邦宇宙軍人は軍務上知り得た機密について、保秘を徹底する責任を負う』とされており、退役軍人に対する義務は同条第2項に定められていますが、そもそも軍事機密ではない情報を他に提供したところで宇宙軍規則には抵触しません」
突然軍の規則を話し始めるミリーナ。
軍規則は公開されているとはいえ、条文までそらで説明できるのは異様だ。
シンノスケもミリーナが話した規則自体は知っているが、流石に条文までは頭に入っていない。
「そもそも、自由商人に限らずですが『民間宇宙船の保有する機器、情報、その他の物はその宇宙船の所有者、または管理者に帰属するものである』国際航宙法第24条を準用したアクネリア銀河連邦航宙法第17条ですわ。そして、アクネリア銀河連邦刑事捜査法第125条『その者が法令に違反した証拠、または疑わしいとする客観的資料がない場合はその者を不当に拘束してはならない』貴方達は他にも色々と抵触していますが、全て教えて差し上げますか?」
情報部員だけでない、シンノスケまでもが唖然とした表情でミリーナを見ている。
ミリーナの意外な能力を目の当たりにしてシンノスケは若干引いていた。