契約優先
リムリア艦から逃れ、一目散にアクネリアに向かうシンノスケ達だが、その道すがら国際宙域のアクネリアの境界付近で異様な光景を目にした。
「宇宙艦隊。第3艦隊に第18艦隊か・・・」
大艦隊の姿を目にしてシンノスケは思わず呟く。
そこに展開していたのはアクネリア宇宙軍第3艦隊と第18艦隊、総数数百にも及ぶ大艦隊だ。
「こんなに沢山の軍艦が・・・これって、ダムラ星団公国に支援に行くのでしょうか?」
圧倒されている様子のセイラだが、シンノスケは首を振る。
「いや、帝国と公国の紛争に介入するのなら横形陣でなく、移動に適した縦形陣で航行している筈だ。それをせずに横形陣でこの宙域に展開しているということは、現時点はまだ介入するつもりはないのだろう。公国から支援要請が来ていないのかもしれないな」
シンノスケの言葉に今度はミリーナが首を傾げる。
「でしたら、この艦隊はここで何をしていますの?」
「示威行動だな。帝国も侵攻作戦を開始した時点で周辺国の動きにも細心の注意を払っている筈だ。だから領域を護るように艦隊を配置して、我が国にも攻め込むつもりならば受けて立つ。という意志を示すと共に、公国からの要請があれば即座に介入する、と見せつけているんだ。この宙域に2個艦隊を配置しているということは、公国に通じる宙域領全体で見れば他に5、6艦隊は展開しているかもしれないな」
「威嚇のために艦隊を並べておくなんて、回りくどいですのね」
「確かにそうだが、実際に公国に艦隊を派遣するとなるともっと面倒くさいぞ。あまり多くの艦隊を派遣してリムリア銀河帝国対ダムラ星団公国の構図がリムリア銀河帝国対アクネリア銀河連邦の戦争に変わってしまっては元も子もないからな。多過ぎず、それでいて軍事介入するのに効果的で、公国の不評を買わない程度の戦力を見繕う。せいぜい3個艦隊ってところかな?それも派遣されるのは虎の子の一桁ナンバーの艦隊でなく、第10艦隊以降の二桁ナンバーの艦隊だろうな」
「ホント、面倒くさいですわね」
「艦隊を動かすには金が掛かるし、並べておくだけでも、宇宙港に仕舞っておくだけでも金が掛かる。それでいて限られた予算で戦力を維持しなければならない。軍隊の偉い幹部はそんなことに頭を悩ませるのさ。俺は偉くならないまま除隊したからそんな苦労は知らないけどな。ただ、示威行動とはいえ、数個艦隊の兵力を動かしたんだ、アクネリアとしても単なる脅しではないということだな」
シンノスケは展開する艦隊の邪魔にならないように迂回し、その勇姿を横目に見ながらサリウス恒星州への帰還を急いだ。
その後、アクネリアの領域内に入ったケルベロスは何ごともなくサリウス恒星州の管制圏内に入った。
「マークス、サイコウジ・インダストリーの担当者にケルベロスのドックまで来てもらうように連絡を入れてくれ。大至急だ、と」
「了解しました。最優先ですね?」
「ああ、組合への報告よりも先にだ」
シンノスケの言葉を聞いたマークスは全てを理解し、それ以上多くを尋ねない。
「了解しました」
そんな2人のやり取りを聞いたセイラとミリーナは互いに顔を見合わせながら首を傾げた。
ケルベロスがドックに入港するとマークスから連絡を受けたサイコウジ・インダストリーの営業担当者が既に到着していた。
普段の事務手続きであれば1人で来る担当者だが、至急案件だということと、シンノスケの意を汲んだマークスが上手く調整してくれたのだろう、屈強な男を2人連れている。
どちらの男にも見覚えが無いが、サイコウジ・インダストリーの警備部門の職員だろう。
ケルベロスを停泊させたシンノスケは3人をブリッジに招き入れた。
「カシムラ様、火急の用件とのことですが?」
担当者に対してシンノスケは今回の航行データが収められたケルベロスのデータディスクを差し出す。
「契約に従って航行データのコピーを提供します。早急に社に持ち帰ってバックアップを取ってください」
「いつも貴重なデータをありがとうございます。しかし、契約上のデータ提供ならこんなに急ぐ必要はないかと思いますが、何か特別なことでも?」
面白いデータでもあるのかと期待を込めた様子で尋ねる担当者だが、シンノスケの言葉を聴いてその表情を一変させた。
「私達はダムラ星団公国から戻ってきました。あの国で何が起きているのかはご存じだと思います。その帰路でちょっとしたトラブルに見舞われまして、リムリア銀河帝国のアクア・ランス級巡航艦1隻とファイア・ソード級駆逐艦2隻と交戦しました」
「アクア・ランス級巡航艦とファイア・ソード級駆逐艦、リムリア銀河帝国の最新鋭艦ではありませんか?」
「まあ、交戦といっても限定的でしたが、最終的には敵の巡航艦に損傷を与え、その隙を突いて脱出してきました」
真剣な様子で話すシンノスケの真意を理解した担当者は受け取ったディスクを持つ手は震えている。
「これは・・・途轍もなく貴重なデータです。カシムラ様、誠に申し訳ありませんが、一刻も早くこのデータを社の管理下に置きたいので、私共はこれで失礼させていただきます」
いそいそと引き上げて行く3人を見送ったシンノスケはマークスとセイラ、ミリーナを見た。
「これから少しゴタゴタするだろう。今から組合に報告に行ってくるから、留守は皆に任せる」
そう言って1人で出掛けようとするシンノスケをセイラとミリーナが慌てて止める。
「ちょっと待ってください。シンノスケさん1人で行くんですか?」
「先程から様子が変ですわ。一体何ごとですの?」
2人の言葉に振り返るシンノスケ。
「これからのことを考えると俺とマークスは別に行動した方がよさそうなんだ。ならばマークスにはここに残ってもらう必要がある。多分ゴタゴタに巻き込まれるのは俺の方だろうから、こっちは1人で行く」
「「だったら私が!」」
同時に言いかけたセイラとミリーナは互いに睨み合う。
「ミリーナさん。私はケルベロスの正式なクルーです。ここは私に任せてください!」
「いいえ、トラブルが予想されるならば私が適任ですの。多少の心得はありますし、私の能力も役に立ちますわ」
勝手に火花を散らす2人だが、シンノスケは付き合いきれないので1人で歩き出す。
「「あっ!ちょっと待ってください」」
息がピッタリなセイラとミリーナは、ここで時間を掛けることは得策ではないと判断し、2人は極めて公平な(ミリーナが能力を使わなければだが)ジャンケンにより、ミリーナがシンノスケに同行することが決まったのである。
シンノスケとミリーナが自由商船組合に報告に来てみると、シンノスケの予想どおり、担当職員のリナの様子が普段と違う。
手続きを進める手際の良さに陰りはないが、何時もの笑顔もなく、どこか緊張した雰囲気だ。
「はい、ラングルド商会の船団護衛任務の完了を確認しました。アンディさん達のビートルもシンノスケさん達より先に帰還しています。本当にお疲れ様でした。報酬についてはシンノスケさんのカードに振り込ませていただきます」
「ありがとうございます」
任務完了の手続きを終えた時点でリナはシンノスケの顔をジッと見た。
「それから・・・次は旅客船ブルーホエール救助の件ですが、ブルーホエールは無事に目的地であるライラス恒星州のコロニーに到着しており、ブルーホエールからも不審船に襲われていたところをシンノスケさん達のケルベロスに救われたとの報告を受けています。この件につきましても提出いただいたデータを確認の上で報酬が支払われる他にブルーホエールを運行しているスターオーシャン・トラベルからも謝金の支払いの申し出があります。・・・その上で、ブルーホエールを襲っていたのがリムリア銀河帝国の軍艦だった。これに間違いはありませんか?」
何かを期待するように念を押すリナに対してシンノスケは頷く。
「事実をありのままに報告したとおりです」
シンノスケの答えにリナはほんの数秒だけ俯いた後に立ち上がる。
「シンノスケさん、私と一緒に別室に来てください。シンノスケさんにご用があるという方達がお待ちです」
(やはりな。でも対応が遅い)
リナの申し出はシンノスケにとって概ね予想していたとおりだった。
シンノスケとミリーナを組合の応接室に案内したリナは扉の前で振り返ってシンノスケ達を見る。
「この中でお待ちです。私は同席を許されていないので、シンノスケさん達だけでお入りください」
やや青ざめた様子のリナだが、この中で待っているのが何者であるかを知っているシンノスケは余計なことは尋ねない。
「分かりました。ありがとうございます。ミリーナはここで待っていても・・・」
「一緒に行きますわよ!」
ミリーナは意地でもシンノスケについてくるつもりのようだ。
ミリーナを伴って応接室に入ると室内で待っていたのはスーツ姿の5人の男女。
「お待ちしていました。護衛艦ケルベロスの艦長である自由商人カシムラさんですね?」
その中の1人の男が口を開く。
無難で丁寧な口調だが、決して友好的な雰囲気ではない。
(やはり軍情報部か・・・)
目の前の連中のことをシンノスケは知らないが、彼等が何者であるかは分かっている。
直接会って確信した。
「はい。自由商人シンノスケ・カシムラです」
シンノスケの傍らに立つミリーナがチリチリとした殺気を漲らせており、まるで全身の毛を逆立てた猫のようだ。
挙げ句に額の第3の目が見開かれている。
そんなミリーナを意にも介していない男はシンノスケだけを見ている。
「お気づきのようですが、我々は宇宙軍情報部の者です」
「でしょうね」
「ご理解が早くて助かります。早速ですが、カシムラさんにお尋ねしたいことがあります」
どうやらこの連中はシンノスケ達を座らせるつもりはないようだ。
この場での話は手短に済ませるつもりらしい。
「尋ねたいこととは?」
男はシンノスケにデータディスクを見せた。
先ほどリナに提出したばかりの物だ。
「カシムラさんはダムラ星団公国からの帰路で旅客船を襲っていた帝国艦と交戦した。この事実に間違いはありませんか?」
「あれが帝国艦船に偽装した宇宙海賊の類でなければ事実です」
「この情報は他に漏らしたりはしていませんか?」
「漏らすも何も、私は組合に所属する自由商人として組合への報告義務を課せられていますから、先程組合には必要な報告を済ませています。その上で、私は自分の仕事の成果を必要以上にひけらかす趣味はありません。しかし・・・」
「しかし?」
「私は保有するケルベロスの製造元であるサイコウジ・インダストリーとデータ提供の契約を結んでいます。その契約に従って今回の航行から戦闘データまで全てをサイコウジ・インダストリーに提供してあります」
シンノスケの言葉を聴いた男は動揺した様子も無く、表情も変えない。
「そうですか。カシムラさんはもう少し頭の回る方かと思いましたが、残念です」
「思考を巡らせた結果ですよ。私は自由商人です。軍の用件よりも契約優先ですからね」
「分かりました。自由商人シンノスケ・カシムラさん。我々とご同行願います」
男は懐から取り出した1枚の招請状を見せた。
「この招請は強制ではありませんが、カシムラさんならご理解いただけると思います。我々も余計な手順を踏みたくありませんので、ご協力願います」
シンノスケとミリーナは5人に取り囲まれた。