旅客船ブルーホエールを護れ
シンノスケはリムリア艦の攻撃に反撃しながらケルベロスをブルーホエールとリムリア艦の間に割り込ませた。
「敵艦は帝国軍のアクア・ランス級巡航艦とファイア・ソード級駆逐艦。何れも帝国正規軍の最新鋭艦です」
マークスの報告にシンノスケは頷く。
「了解。セラ、ブルーホエールにこのまま脱出するように連絡してくれ。背後は本艦が護るから後ろは気にするな。全速でアクネリア方面に進め、と」
「了解しました」
「脱出経路の選定はセラに任せる。ブルーホエールを誘導してくれ」
「えっ?はっ、はいっ!」
シンノスケはケルベロスのエネルギーシールドを艦首側に集中させると、リムリア艦に正対しつつ、艦を後退させながらブルーホエールの後を追う。
「マークスには主砲以外の武器の操作を任せる。ユー・ハブ・サブウエポンコントロール」
「アイ・ハブ。手加減の必要は?」
「ない!ただでさえ圧倒的に不利だ。難しいかもしれないが、隙があれば撃沈させて構わない」
「了解」
シンノスケもケルベロスを後退させながらリムリア艦からの攻撃を避けられるものは避け、ブルーホエールに命中しそうな攻撃はエネルギーシールドで受け流しながら一撃必殺の機会を狙う。
そんな中、1人だけシンノスケから指示を受けていないミリーナは副操縦士席でシンノスケの動きを注視していた。
その額には第3の目が開眼しており、予知の能力により敵の攻撃を予測しながら操舵ハンドル等を操る。
無論、ハンドルを切ろうが、スロットルレバーを操作しようが、副操縦士席は艦のシステムから切り離されているので何の影響もない。
操縦士になるためのイメージトレーニングだ。
不思議なことに予知の能力を持つミリーナの動きとシンノスケの操艦がほぼシンクロしている。
予知に従って動くミリーナの動きにほんの一瞬だけシンノスケの動きが遅れているが、予知の能力を持たないシンノスケの操艦は驚異的だ。
(凄いですわ、シンノスケ様。能力無しでこんなに鮮やかに攻撃を躱している。しかも、後方にいるブルーホエールを後退しながら護るなんて、まるで後ろに目がついているみたいですわ)
額に第3の目を持つミリーナが自分のことを棚に上げて唖然としている。
当然ながらシンノスケに特殊な能力などあるはずがない。
シンノスケはモニター上の敵艦の動きを見て、その攻撃のタイミングを見計らいながら、艦を操っているに過ぎず、それがたまたまミリーナの予知と一致しているだけだ。
驚いたことに、シンノスケはごく稀にミリーナが予知し、回避すべきと思う方向とは逆に躱すことがあるが、結果的にそれが最善手となっていることがある。
一見すると勘に頼った綱渡りのような行動だが、それは勘だけに頼ったものではなく、実戦で培った経験と、その経験に裏打ちされた勘が高度に絡み合っており、確信に満ちた行動なのである。
そうはいっても、以前に遭遇した帝国の特務隊が使用していた旧式艦とはまるで違う、帝国軍の最新鋭巡航艦と駆逐艦だ。
攻撃を躱すことが精一杯であり、速射砲やガトリング砲をはじめとした武器の操作を任されているマークスでも仕留めることが出来ず、追跡の足を鈍らせる牽制程度の攻撃に止まっている。
「ダムラ星団公国の領域から出ます」
セイラの声を聞いたシンノスケはスロットルレバーを緩め、後退の速度を落とした。
「よし。ブルーホエールにはこのまま進み、ポイントに到達したら空間跳躍に入って逃げるように通達してくれ。本艦はこの場で敵の足を止める」
「了解しました!」
ケルベロスが留まったのはダムラ星団公国の領域を出た排他的経済宙域だ。
ダムラ星団公国に侵攻した時点でリムリア銀河帝国は国際法を犯しているが、公国の領域を出ての軍事行動は更なる国際法違反となり、ダムラ星団公国以外の銀河国家からも非難されることになる。
「さあ、どうする?公国以外にも敵を作るか?」
シンノスケの言葉とは裏腹にリムリア艦3隻は公国の領域を抜けて尚攻撃を仕掛けてくる。
「敵艦の行動に変化無し。応戦します」
マークスが速射砲とガトリング砲の集中砲火を浴びせ始めた。
「了解!ならば大恥をかかせてやる!」
シンノスケは操舵ハンドルのレバーにある、ジョイスティックを操作して主砲の角度を調整する。
(えっ、マニュアル照準ですの?)
シンノスケの手元を注視していたミリーナは目を見張る。
通常はシステムオートで行われる照準をシンノスケは手動で行っているのだ。
シンノスケのグラスモニターにはロックオンマーカーの代わりに着弾予想値のマーカーが表示される。
システムオートの照準なら1秒と掛からないが、シンノスケが手動照準に要した時間は約3秒。
戦闘中の2秒差は致命的になり得るが、それでもシンノスケはその2秒に賭けたのだ。
「主砲発射!」
狙いを定めたシンノスケはトリガーを引く。
発射されたレーザーは先頭にいる巡航艦の左舷を掠めた。
「外れましたの?」
ミリーナは思わず声を上げたが、シンノスケは確信に満ちた笑みを浮かべている。
「よし、狙いどおり」
「えっ?」
ミリーナがモニターに映る巡航艦を見ると、左舷に損傷を受けた巡航艦はスピンし始めていた。
シンノスケが狙ったのは敵艦を撃沈させることではない。
船体を掠めさせることで動力系を破壊し、航行不能に陥らせることだ。
リムリア銀河帝国の艦船は船体が流線型であり、ケルベロスのようにエンジンが張り出していないため、エンジンのみを狙撃することはできないが、動力系を破壊することは可能だ。
システムオートだと敵艦の中心に狙いを定めてしまうが、手動照準ならピンポイントで狙いを定められる上、敵艦にロックオンを悟られることもない。
敵が1隻なら撃沈させることに躊躇いはないが、敵は指揮系統が確立されている軍艦だ。
指揮を執る巡航艦を撃沈すると、他の駆逐艦が指揮を引継ぎ、更なる攻勢を招く結果になりかねない。
そこでシンノスケは指揮系統を壊すことなく敵の足を止める策を講じたのである。
シンノスケの狙いどおり、操縦不能に陥った巡航艦と共に駆逐艦2隻も足を止めた。
シンノスケはその隙を見逃さない。
「よし、今だっ!」
ケルベロスを回頭させるとスロットルレバーを一気に押し込み、その場から逃げ出した。
「リムリア艦船・・・追ってきません」
「お見事でしたわ、シンノスケ様」
安堵した様子のセイラとミリーナ。
「まあ、上手くいったな。退き際を誤らない指揮官でよかった」
「「えっ?それって、どういうことです」の?」
「リムリア艦が何を狙ってブルーホエールを襲っていたのか分からないが、他国を攻めている最中に民間船にちょっかいを出した挙げ句に逃げられた。その上で横槍を入れてきた民間護衛艦のコルベットを巡航艦と駆逐艦の3隻掛かりでも仕留められなかったどころか、巡航艦を航行不能に陥れられた。これではいい笑いものだ。ここで引っ込みがつかなくて追撃を継続してきたら付け入る隙もあったが、敵の指揮官はぎりぎりの線で踏み止まってくれた。上に対してどう報告するのかは知らないが、これ以上の恥の上塗りはしたくないだろう。これでひとまず安心だ」
リムリア艦を振り切ったケルベロスはアクネリア方面への空間跳躍ポイントに到達した。
「跳躍ポイントに接近。周辺宙域に異常ありません。何時でも大丈夫です」
「了解。跳躍速度まで加速する。カウントダウン。5、4、3、2、1、ワー・・」
「空間跳躍開始です!」
「さあ、帰りましょう!」
危機を脱したセイラとミリーナの晴れやかな声がブリッジに響いた。