採掘船団護衛
出航後、予定の宙域でグレン達と合流したシンノスケはグレン達が乗る採掘船との専用通信回線を開いた。
ケルベロスの前面モニターにグレン達の採掘母船と探索船の映像が映し出される。
採掘母船には6人の男女、探索船には2人の女性が乗り込んでいる。
探索船の2人の女性は姉妹なのか、瓜二つだ。
『とりあえず自己紹介をさせてくれ。改めて、俺がこのチームのリーダーのグレンだ』
出航を急ぐあまり満足に自己紹介もないまま出航してきたが、これから危険を共にするのだからお互いのことを知らなければならない。
モニター越しではあるが、グレンがメンバーを紹介する。
先ずはグレンが乗る採掘母船ビック・ベアの乗組員だが、船長がチームリーダーのグレンで、副長はカレンと名乗るグレンにも負けない体格を持つ女性だ。
シャツを着ていても分かる程の筋肉だが、引き締まったスラリとした長身のため、豪快そうに見える一方で不思議な美しさがある。
その他は採掘艇のオペレーターであるランディ、アレン、マイキー、トッドの4人の男性。
何れも鍛え上げられたマッチョの集団だ。
この4人に副長のカレンが加わり、交代で採掘作業を行うらしい。
因みに、グレンも採掘艇の操縦はできるし、その腕は抜群らしいが、リーダーとして作業を指揮するため、基本的には採掘作業はしないそうだ。
そして、目標となるレアメタル等の探索や周囲の警戒を担う探索船シーカーアイの乗組員はアリーサとメリーサの双子の姉妹。
この双子の姉妹はグレン達とは対照的に小柄で華奢な2人組だ。
「改めまして、ケルベロス艦長のシンノスケ・カシムラと相棒のマークスです。自由商人になって初めての仕事ですが、宇宙軍での経歴は艦船乗務勤務が殆どです。最終階級は大尉、第2艦隊に所属する辺境パトロール隊の隊長経験もあります」
シンノスケの自己紹介にグレン達は感嘆の表情を浮かべる。
『ただ者じゃないとは思っていたが、宇宙軍上がりか!しかも、辺境パトロール隊っていえば本艦隊よりも実戦経験があるってことじゃないか?』
「えぇまぁ、ある程度の実戦経験があります」
グレンが言うように宇宙軍の本艦隊とパトロール隊では実戦の機会がまるで違う。
多少の緊張関係はあるが、戦時ではない現在、戦艦や空母、巡航艦等の強力な艦船を中心とした艦隊が戦闘任務に就くことは殆ど無い。
しかし、国と国の境界付近の警戒に当たるパトロール隊は宇宙海賊やその他の不審船、領宙を越えてきた他国の艦船との不期遭遇戦に陥ることがあるため、必然的に実戦経験が豊富になるのだ。
グレンは大きく頷いた。
『予定していた護衛艦が出られないって聞いた時にはどうなることかと思ったが、逆にラッキーだったかもな、ワハハハハッ!』
大声で笑うグレンに同意する仲間達。
一見すると楽観的に見えなくもないが、グレン達も宇宙で危険な仕事をこなしてきた連中だ、今回の仕事について楽観的に考えているわけではないことはその雰囲気で分かる。
「最善を尽くします」
シンノスケも余計なことは言わないが、グレン達を守りきるためには事前に確認すべきことがある。
「ところで、幾つか確認しておきたいことがあるのですが、いいですか?」
『何だ?』
「私の艦は複数の船を指揮する指揮艦機能を有しています。データリンクシステムを搭載している船ならば連携することが出来ます。それからもう1つ、グレンさん達の船は自衛用火器は装備していますか?」
シンノスケの問いにカレンが答える。
『データリンクシステムは有るけど、情報が共有できるだけで、軍用艦のようにリンクシステムを介した遠隔操縦はできないので貴方の船から送られた情報に従って私達が船を動かす必要があるわ。自衛火器はビック・ベアとシーカーアイには対空レーザー機銃があるわ。でも牽制くらいにしか使えないわよ。他にビック・ベアの船首には障害物破壊用の低出力ビーム砲が1門あるけど、正面しか狙えないから対船戦闘では役に立たないわね。採掘艇2隻は完全に丸腰よ』
護衛艦と違い、民間船には最低限の自衛火器しか認められていないから仕方ないだろう。
「分かりました。もう1つ確認です。探索船のシーカーアイの方ですが、索敵能力はどの程度ですか?」
これにはシーカーアイの双子が答える。
『私達の船は小惑星に埋蔵するレアメタル等を探すことに特化しています。でも、広範囲に広がる小惑星の内部までサーチできる機能を応用して小惑星帯の中でも周辺の探索をすることができます』
そう説明しながらシーカーアイの探索範囲についてのデータを送信してきたが、その説明をしてくれたのが双子のアリーサなのか、それともメリーサなのかは区別がつかない。
データを確認したシンノスケは頷いた。
「なるほど、ちょっとした哨戒艦程度の能力があるな」
「そうですね。シーカーアイと本艦の索敵機能をリンクさせれば小惑星帯の中でも広範囲に警戒できます。少なくとも、奇襲を受けるようなことは無いでしょう」
マークスがケルベロスとシーカーアイが連携した際の索敵範囲をモニター上に示す。
小惑星帯の中では死角があることは仕方ないが、ある程度の範囲までは死角無く索敵出来る。
「よし、それじゃあケルベロスとシーカーアイ2隻での警戒方法と宇宙海賊に襲われた際の対処方法について決めておくか。現場に着くまでは3日あるし、任せていいな、マークス?」
「お安い御用です」
警戒の基本的な方針は決まったが、現場に向かう空の採掘船を襲う馬鹿な宇宙海賊はいない。
狙われるのは採掘作業の最中か、作業を終えてコロニーに帰還する復路の途中だ。
シンノスケとマークスは警戒を疎かにしないが、時間にゆとりがある間に色々と準備をしておくことにした。
2日後、ケルベロスとビック・ベア、シーカーアイの3隻は目的の小惑星の大運河に到着した。
『ここからは丸1日アステロイドベルトの中を航行する。小惑星の密度はそれ程でもないが、気をつけてくれ』
グレンが警告してくれるが、ケルベロスよりも遥かに大きく、足も遅いビック・ベアが航行できるならば何の問題もない。
『それでは、私達が先行します。進路上のアステロイドベルトの状況を各船に送信しながら最適のルートで進みますのでついてきてください』
アリーサかメリーサかは分からないがシーカーアイから周辺状況のデータが送られてきた。
小惑星帯に突入したシーカーアイにビック・ベアが続く。
シンノスケはビック・ベアの上方にケルベロスの位置を取った。
「レーダーレンジを中距離全周囲に設定、シーカーアイからの情報とリンクします」
マークスはケルベロスのレーダーを操作し、予定通りシーカーアイとケルベロスによる警戒網を構築した。
3隻は密集して小惑星帯の中を進む。
グレンの言うとおり小惑星の密度は濃くはないが、小惑星同士が衝突して不規則な動きをしてくる場合があるため、常に舵に気を配り、艦の位置を微調整しながら進む必要がある。
それでも、グレンは慣れたものでビック・ベアを巧みに操るし、アリーサとメリーサのどちらが操船しているのかは分からないが、シーカーアイも効率よく進めるルートを選び、進路の安全を確認しながら進む。
シンノスケにしても、パトロール隊の頃はケルベロスよりも機動力が劣るパトロール艦で小惑星帯の中を航行してた経験も豊富にあるのだから何の問題もない。
小惑星の運河の中を進むこと1日、シーカーアイから送られてくる情報に赤くマーキングされた小惑星が増えてきた。
小惑星の中をサーチし、埋蔵物の情報をマーキングしているらしい。
『よし、俺が睨んだとおりだ!もう少し進めばモニターが真っ赤になる程のお宝の山にぶち当たるぜ』
張り切るグレンだが、シンノスケの表情は険しい。
「嫌な予感しかしないんだが、マークスはどう思う?」
「嫌な予感という感覚は理解できませんが、危険な状況である可能性は高いですね」
「それを嫌な予感って言うんだよ。グレンさんのように勘のいいのは海賊にもいる。稼ぎ時を見逃さない奴はいる筈だ」
「それは経験と現状分析に基づく確度の高い予測ですね」
「だからそれをひっくるめて勘だって言うんだよ」
呆れながらシンノスケはモニターを睨む。
確かに周辺宙域に船影はおろか、不審な点は認められない。
「海賊が『いない』のか、俺達が『見つけられない』のか・・・。おそらくは後者だ。だとすれば、敵は我々よりも優秀な索敵機能を持っているぞ。多分、我々の索敵範囲の外側から狙っている。しかも、ここから先シーカーアイはレアメタルの探索が中心となる。マークス、警戒を怠るな」
「了解。私は怠るという行動は・・・」
「そういうのはいい!本当に融通が利かないな」
シンノスケは鼻で笑いながら武装のロックを解除して臨戦態勢に入った。
グレンの予想通り、モニター上の小惑星の殆どが赤く染まる。
グレン達の目的地に到着した。
『よし、ドンピシャだ!お宝の山だぜ!早速始めるぞ』
グレンの号令一下で採掘作業が始まった。
『シーカーアイからケルベロスのカシムラさん。私達は小惑星の内部サーチの作業に入ります。周辺情報の送信は続けますが、範囲が狭まってしまいます。すみませんが後はよろしくお願いします』
アリーサかメリーサのどちらかが伝えてきた内容はシンノスケも予想していた。
グレンやアリーサ達の仕事の役割を考えれば当然のことだ。
ビッグ・ベアから2隻の採掘艇が発進した。
1人乗りの小型艇でありながら小惑星を掘削するためのドリルが装備された2本のアームと、掘り出した目標物を回収する2本のアーム、そして、船体を小惑星に固定するためのアンカー装備のアームが2本。
採掘艇のオペレーターは船体の制御をしながら6本のアームを駆使して作業に当たるわけだが、確かにこれは技術と経験が必要な作業だ。
シーカーアイが小惑星の中の埋蔵物や埋蔵量をサーチし、めぼしい小惑星にマーキングをし、その小惑星に採掘艇が取り付いて採掘作業をする。
「大胆に見えて緻密な作業だ、正に職人技だな。筋肉集団のイメージとはかけ離れた仕事ぶりだ」
「トレジャーハンターを名乗る採掘業者には荒くれ者のようなイメージも大切なのではありませんか」
「そんなもんか・・・。おい、マークス、お前予感というものが分からないとか何とか言ってたが、今度はイメージ云々なんて曖昧なことを言いやがって」
「そこはそれ、太古の昔より積み重ねられた記録の蓄積からの考察です」
「やかましいわ・・・」
軽口を叩きながらもシンノスケは警戒を怠らない。
作業現場を中心としてケルベロスを周回させて可能な限り広範囲の索敵を続ける。
異変は2日目に起きた。
「・・・ん?今、索敵範囲の端に反応があったな」
モニターの端に一瞬だけ現れた光点。
シンノスケとマークスはそれを見逃さなかった。
「はい、直ぐに索敵範囲外に出ましたが間違いありません。追跡しますか?」
「いや、止めておく。護衛艦の我々を誘き寄せる罠かもしれない」
シンノスケは作業中のグレンに報告する。
「ケルベロスからビッグ・ベア、かなり遠いがレーダーに不審な反応を確認しました。狙われている可能性が高い」
『直ぐに襲ってきそうか?』
「いえ、護衛艦を誘き寄せる罠かもしれませんし、反応自体がスペースデブリ等の誤認かもしれません。それでも最大限の警戒を必要とします」
シンノスケの意見を聞いてグレンは少しばかり思案すると決断した。
『狙われているなら仕方ない。直ぐに襲ってこないなら、何時でも逃げ出せるように算段しながら予定通り作業を行う。終了予定まではあと9時間、がっぽり稼がさせてもらうぜ!』
依頼主がそう腹を決めたならシンノスケはその方針に従って最善を尽くすのみだ。
「マークス、何時でも戦闘に入れるように準備してくれ。それから、撤退時のルートについて、あらゆる事態を想定して複数のプランを立てておいてくれ」
「了解しました、マスター」
シンノスケとマークスの初仕事がいよいよ本番を迎えようとしている。