宇宙海賊ベルベット
「敵船Fに発砲の兆候!直撃来ます!」
「そう何度も艦を壊されてたまるか!」
シンノスケはスロットルレバーと操舵ハンドルを思い切り引いた。
ケルベロスを後退させ、艦尾を沈み込ませながら艦を直立させる。
その鼻先をビームが通過した。
正に紙一重、間一髪だ。
「マスター、反撃します!艦を立て直してください」
「了解。今度は外すなよ」
「私の計算は完璧です。相手が避けなければ当たります」
「ダメだなこれは・・・」
シンノスケがケルベロスを水平に戻すとマークスは即座に主砲の狙いを定めた。
ブラックローズのブリッジではベルベットが嬉しそうに笑う。
「アハハハハッ!あいつ、私の攻撃をまた躱したよ。大したもんだねぇ。流石は私が見込んだ男だけのことはあるよ。ホント、殺してやりたいほど愛おしいねぇ」
「姐さん。敵の砲撃来ますっ!」
「分かっているよ!」
「正面です!」
ベルベットは船を右に横滑りさせてケルベロスからの砲撃を避ける。
「射程外なのに狙いが正確だね。・・・はっ、こっちが本命かい!」
瞬時に危険を察知したベルベットは反射的に船を上昇させた。
たった今、ほんの半瞬前にブラックローズがいた空間をケルベロスのビームが貫く。
1撃目で横に跳ねさせて2撃目で仕留める時間差攻撃だ。
「攻撃、躱しました」
「当たり前だよ。私を誰だと思っているんだい!あんな奴にやられる程腑抜けちゃいないよ。・・・しかし、これはちょっと厄介だねぇ」
ベルベットの船は民間船に戦艦用の主砲を無理矢理取り付けているのだが、それ故に様々な弊害がある。
「姐さん、ジェネレーターが異常加熱。主砲の砲撃はあと1回が限度です」
特にジェネレーターの出力が足りず、主砲は連射が出来ない上、発射出来る回数にも制限がある。
「次で仕留めないとジリ貧だね。その隙を突かれて距離を詰められると厄介だ。下手すると逃げきれないかもね」
「でも、奴等はこっちの砲撃があと1回だなんて分からないんじゃないですか?」
「敵を甘く見ちゃいけないよ。勘の良い奴は何にだって気付くもんさ」
ベルベットはモニター越しにケルベロスを睨みつけた。
「さて、愛しい貴方はどう出るんだい?」
シンノスケは超遠距離射撃を仕掛けてきたブラックローズを警戒しつつ、巧みに艦を操りながら速射砲やガトリング砲を駆使して襲い掛かる海賊船の対処をしていた。
とはいえ、海賊船の攻撃は積極性を欠き、半ば膠着状態に陥っている。
そもそも、周囲の海賊船は船団の足止めと牽制が役割らしく、本命はケルベロスを狙っている海賊船Fだ。
超遠距離射撃で護衛艦を排除した後に周囲の海賊船が船団を仕留める心づもりなのだろう。
『やった!敵船Bを撃沈しました!』
それでも、間抜けな海賊船の1隻がアンディのビートルに撃沈されている。
「マークス、主砲のコントロールをこっちに戻してくれ。代わりに他の武装の操作を任せる」
「了解しました。ユー・ハブ・メインウエポンコントロール」
「アイ・ハブ。ユー・ハブ・サブウエポンコントロール」
「アイ・ハブ」
シンノスケはブラックローズに主砲の照準を定めた。
「さあ、あれだけの威力の砲撃だ。ジェネレーターにかなり負担が掛かっているだろう?あと1撃か、2撃が限界か?」
互いの姿を望遠モニターで確認し合いながらケルベロスとブラックローズは睨み合う。
ベルベットもモニターに映し出されたケルベロスの姿を注意深く観察していた。
「どうやら気付かれたね。さて、どうしたもんかね。あの護衛艦の速度も馬鹿に出来ない。一気に距離を詰められると私らは圧倒的に不利だね。ただ、それを仕掛けてこないということは、護衛対象から離れるつもりはないということ。自分の役割を理解して愚直に遂行する奴は例外なく手強い相手だよ。・・・仕方ない、何の稼ぎにもならない大損だけど、命あっての物種だ。ここらが潮時だね」
ベルベット自身、2回の砲撃で護衛艦を仕留め損なった時点で今回の襲撃の失敗を悟っていたのである。
牽制に向かわせた船の1隻が沈められたが、あの程度で沈められる奴に用は無いし、海賊稼業を続けても長生きできないだろう。
そもそも彼等は仲間というわけではなく、たまたま徒党を組んだだけの別の海賊だ。
ベルベットは元々ブラックローズ1隻で稼ぐ海賊で、仲間の船というものは存在しない。
ベルベットの仲間はブラックローズの数名の乗組員だけだ。
女だてらに宇宙海賊をやっているが、その手腕が抜群な上、背後に太いスポンサーがいるおかげで強力な装備を保有している。
そのおかげでベルベットと徒党を組みたいという海賊が多く、彼等に請われて共同で仕事に当たることが多いのだった。
今回もそんな経緯で手を貸してみただけだ。
「姐さん。あんな旨そうな獲物を諦めるんですか?」
「そうだね、真っ当な海賊は退き際を弁えるもんさ。私の判断が不満な奴は好きにしたらいいさ。私はもう引き上げるよ」
すっかりやる気を無くしたベルベットの様子を感じたブラックローズのオペレーターは船団を襲っている4隻にもブラックローズが今回の仕事を降りる旨を伝える。
彼等がどうなろうと知ったことではないが、最低限の義理だ。
じわじわと後退を始めたブラックローズは反転すると急速離脱していく。
「敵船F、離脱していきます。・・周囲の敵船4隻も攻撃を止めて離れていきます」
セイラの報告のとおり、海賊達は襲撃を諦めたようだ。
「セラ、各船の損害は?」
「損害はありません」
「了解。ひとまず捌いたか」
シンノスケ達は海賊船全てが撤退したのを確認した後に隊列を組み直してダムラ星団公国へと向かった。
シンノスケ達の船団とは逆の方向に離脱したブラックローズのブリッジではベルベットがワインの栓を開け、ボトルのまま煽り飲んでいた。
完全に飲酒操縦で法律違反だが、宇宙海賊のベルベットにはそんなことは関係ない。
今回は襲撃失敗でエネルギーばかり消費しての大損だが、因縁の護衛艦との戦いの余韻もあり、とても心地良く、ワインの味もひとしおだ。
「あの護衛艦のキャプテンとは長い付き合いになりそうだね。私の手で殺してやりたいほどのこの気持ち、私の片想いでなければいいんだけどねぇ・・・」
ベルベットは額の赤い目を輝かせながら笑った。