ラングルド商会のやり口
ケルベロスの修理とレアメタルの積み込みも完了。
いよいよ出航の日が来た。
ケルベロスのブリッジではそれぞれが出航の準備を進めている。
シンノスケは艦長兼操縦士席でケルベロスを起動し、チェックを行っており、マークスは総合オペレーター席で航行計画等の入力中、セイラも通信オペレーター席で通信機器のチェック中だが、かなり手慣れてきているようだ。
今回、ミリーナに役割は無いが、操縦士見習いということで、シンノスケの作業をジッと見つめている。
「全て異常なし。出航する」
シンノスケ達はケルベロスを出航させ、アンディ等との合流地点へと向かう。
「そういえばシンノスケさん、船団護衛って、経験あるんですか?」
セイラの質問にシンノスケは頷く。
「自由商人になってからは無いが、宇宙軍にいた時に輸送艦隊の護衛任務をしたことがある。あと、船団ではないが、グレンさん達の採掘船護衛は複数の護衛対象を護衛する仕事だな」
そう答えるが、今回の任務の最大の懸念は護衛する船団ではなく、もう1隻の護衛艦であるビートルのアンディ達だ。
アンディ達が経験不足なのは承知の上だが、非常時に冷静さを失わずにシンノスケの指示に従えるのかが問題だ。
「そうは言っても、今回は宇宙海賊の襲撃の可能性は少な・・・いや、可能性はあるが、襲撃があってもまあ、どうにかなるだろう」
思わず非公式軍規に触れる発言をしかけて慌てて言い直す。
そのおかげで変な言い回しになってしまう。
「海賊の襲撃の可能性が低いってどういうことですの?」
未だにアクネリア宇宙軍非公式軍規を理解していないミリーナが首を傾げる。
「まあ、実際には船団を組むと宇宙海賊からの襲撃を受けるリスクは低くなるんだ。何故だか分かるか?」
シンノスケからの質問にセイラとミリーナは顔を見合わせた後に首を振る。
「「分かりません」わ」
「簡単な理由だよ。ある程度の規模の船団になると海賊の手に余るんだ。宇宙海賊は5、6隻でチームを組んで民間船を襲うことが多いが、それだって高度に連携しているわけじゃない。まあ、ある程度の役割分担はしているが、基本的には自分のことしか考えていない。むしろ仲間の船が沈んでも分け前が増えた、という程度にしか考えていない」
そこまで説明すればセイラもミリーナもシンノスケの言わんとしていることを理解した。
「分かりましたわ!」
「つまり、そんな宇宙海賊が大型船を含め、護衛艦に護衛されている船団を襲うのは逆にリスクが高いので、勇敢な船乗りでもない海賊はそんなリスクは負わないということですね」
「そう、分かり易く言えば、基本的に奴等は弱い者いじめしかしないということだ。ラングルド商会のやり口はそんな海賊の特性を逆手に取っているんだよ。民間貨物船とはいえ、自衛用の小口径機銃を装備しているが、それが船団ともなればその火力は無視できない。だから船団を組むときは護衛艦を雇う費用を抑制するが、念の為に多額の保険を掛けておく。まあ、多額といってもその都度保険に入るのは護衛艦を雇うよりは安いからな。で、雇う護衛艦は、1隻はある程度の経験や実績のある護衛艦乗りを雇い、もう1隻は経験が浅かったり実力が伴っていない者や、ラングルド商会に借りのある護衛艦乗りを雇って費用を抑える。逆に貨物船単独で航行する場合には費用を抑えつつも、一定のクラス以上の護衛艦乗りを雇うんだ」
「やっぱりゲスな商会ですわね」
「いや、そうとも言い切れないぞ。実際にラングルド商会はそうやって事業を拡大してきた。現実にラングルド商会は海賊に襲われるリスクを下げ、海賊に狙われても、それを排除して実績を積み重ねて商会の利益を上げ、顧客の信用にはしっかりと応えてきたんだ。端から見ると自分と顧客の利益ばかり追求する悪徳商会のように見えるが、ある意味、その姿勢は商人としては間違えていない。確かに護衛艦乗りにしてみれば厄介な雇い主だが、それでも依頼を受けた、又は受けさせられた護衛艦乗りの責任に過ぎないんだよ」
シンノスケの説明に2人は釈然としない表情を浮かべている。
説明は理解したが受け入れることが出来ないようだ。
「でも、私はそんな商会のことを好きにはなれませんわ」
「別に好きになる必要はない。俺自身、ラングルド商会のやり口は分かっていて、商人としては評価するが、見習おうとは思っていない。まあ、たまに護衛依頼を受ける程度の関係がちょうどいいな」
「そうですね、ラングルド商会のやり口はどうあれ、実際に現場で働いている皆さんまでが悪徳だとは言い切れませんね」
ラングルド商会の貨物船オリオンと仕事を共にしたことのあるセイラは頭の中の整理がついたらしい。
「まあ、そういうことだが、何事にも例外はある。宇宙海賊の中には10隻以上の徒党を組んで、高度に連携した海賊団もいるからな。まあ、そんな連中に出会うなんてそうざらにはないが、決して気は抜けないぞ」
何かを呼び込むような発言に気付かないまま航行を続けたケルベロスは目的の宙域に到着した。
もしも、この護衛任務で何かが起こったら全てシンノスケの責任である。