出航準備
ラングルド商会の船団護衛を引き受けたシンノスケだが、その目的地がダムラ星団公国となれば、もう一つの目的が発生する。
レイヤード商会とのレアメタル取引だ。
出航までまだ余裕があるのでレイヤード商会に希望のレアメタルについて問い合わせてみた。
「№1247を20トンと、№854が10トンか」
レイヤード商会からの返答を確認し、それぞれのレアメタルのサリウス恒星州における取引価格を確認する。
「№1247の価格は安定していますが、№854は高騰している上に品薄ですね。10トンも仕入れられるか微妙なところですし、仮に仕入れられても予算が足りませんね。組合から借り入れるか、無理を承知で信用取引を持ちかけるか、方法は2つですね」
マークスの報告を受けてシンノスケは考え込む。
「うーん、俺達は貿易を主としているわけではないから負債を抱えるリスクは避けよう。№1247を注文どおりに20トン仕入れるとして、№854はどれくらい仕入れられる?」
「5トン程度ですが、それも在庫があってのことですね」
とりあえず組合に仕入れの申し込みをしてから手続きと情報収集のために、組合に出向くことにした。
とはいえ、マークスはエンジンが換装されたケルベロスの最終点検の立ち会いがあるため、セイラとミリーナを連れていくことにする。
セイラはケルベロスの正式なクルーなので、今後は貿易等についても仕事を担ってもらう必要もあるだろうからシンノスケと共に経験を積み重ねてもらう必要があるし、ミリーナはシンノスケを言いくるめた(シンノスケがチョロすぎるのたが)交渉術が今後何かの役に立つかもしれない。
3人が組合に到着すると、例によってリナが受付カウンターから手招きしている。
「シンノスケさん、こっちこっち。お待ちしていました」
お待ちしていたと言われてもリナが待っている理由が分からない。
シンノスケが用があるのは商品取引のフロアだ。
「リナさん、次の仕事の手続きは済んでいますよね?今日はレアメタルの仕入れに来たんですよ」
シンノスケの言葉に頷くリナ。
「商品取引担当者からシンノスケさんがレアメタルの仕入れに来ることの引継ぎを受けました。実は、組合の業務改善方策の1つにセーラーさんの仕事をサポートする専属担当の制度の試験運用が始まったんです。まだ一定のクラスで実績のあるセーラーさんに限られていますが、シンノスケさんの専属担当には私が立候補しました。シンノスケさんに了承していただければ私が専属担当者となり、業務依頼の手続きから商品取引まで全て私が担当させていただきます」
聞けば、先の依頼放棄事案の再発防止策の一環として、一定の資格と実績を持つ自由商人に対して専属担当者が付くことにより信頼関係を構築し、組合の部門を越えて自由商人をサポートするということらしい。
今はまだ試験運用なので特定の自由商人と組合職員のみに限られているらしいが、ゆくゆくは全ての自由商人と組合職員に広げていく予定だとのことだ。
「どうですか?ご了承いただけますか?」
卑怯にも上目づかいでシンノスケを見るリナに抗える筈もない。
「分かりました。よろしくお願いします」
背後にいるセイラとミリーナの冷たい目線を受けながらシンノスケは組合の(リナの)提案を承諾した。
「私が言うのもなんですけど、シンノスケ様は女性に甘過ぎるのではありませんの?」
「シンノスケさん、軍隊でもそんな調子だったんですか?」
「いや、ほら、軍隊では男ばかりだったから・・・」
誤魔化すシンノスケ。
ちょうどその頃、サリウス恒星州の宙域をパトロール中の辺境パトロール隊のコルベットのブリッジ内。
「クシュンッ!・・・風邪かしら?でも、何か理由もなく突然イラッとしたわね」
艦長候補として訓練中のクレア・アーネス准尉が1人呟いた。
「ご注文いただいたレアメタルの仲介ですが、№1247はご注文どおり20トンご用意できますが、№854は品薄で、どの業者も欠品していますし、価格も高騰を続けています。シンノスケさんの予算でご用意できるのは3トンのみです。一応、業者さんからは信用取引での了承も得ていますが、それでもご用意できるのは5トンが限界です。いかがしますか?」
リナの提案にシンノスケは思案する。
どちらにせよ注文の10トンは用意できなそうだ。
「今回の仕事は船団護衛がメインですし、商取引では高いリスクを負うつもりはないので、今回は3トンにしておきます」
レアメタル貿易は未だに軌道に乗っていない。
今は商人として勝負に出る必要もない、堅実に実績を重ねることが優先だ。
「分かりました。直ぐに手配しますが、納品と積み込みは明後日になります」
「了解しました。来週の出航までに間に合えば結構です。注文主のレイヤード商会に№854については注文どおり用意できない旨を連絡しておきますよ」
今回の仕事はラングルド商会の船団護衛とレイヤード商会とのレアメタル取引である。
2大悪徳?商会を相手にするのだ、避けられるリスクは避けるべきだろう。
レアメタルの手配ができたところで、シンノスケはふとあることを思い出した。
レイヤードに頼まれていた宝石の評価と調査だ。
急ぎの仕事でもないが、もののついでだ、セイラは興味ないようだが、ちょうどリナとミリーナがいる。
一般女性と元帝国貴族の女性だ、意見を聞くにはちょうどいい。
シンノスケはカウンターの上に赤色、オレンジ色、薄いピンク色、青色、緑色の5つの宝石を並べた。
「実は、ダムラ星団公国のレイヤード商会から新作の宝石の市場調査のようなことを頼まれまして、協力してもらえませんか?」
誤解が生じないように宝石の素性とレイヤード商会から頼まれていることを丁寧に説明するシンノスケ。
リナは宝石を手に取って両手で包み込み、覗き込んでみた。
「へぇ、暗闇や水に浸けると光る宝石ですか?・・・わあ!キレイですねぇ」
「まあ、そうですわね」
宝石に負けじと目を輝かせているリナとは対象的に冷めた目で見ているミリーナ。
「とりあえず、好きな色の宝石を差し上げますので、後で評価を聞かせてください」
「えっ?差し上げるって、こんな高価なものをですか?」
新種のダイヤモンドであることを聞いたリナは流石に戸惑っている。
「まだ安定生産に至らないようで、高価になるかどうか、価格も定まっていないんで、そのための調査です。私もただで貰ったものなので、遠慮はいりません。どのくらいの値段が妥当なのかも考えておいてください」
素性と目的はどうあれ、シンノスケからのプレゼントには違いない。
結局、リナは赤色の宝石のネックレスを、ミリーナは緑色のイヤリングを手に取った。
「セラもどうだ?」
「私は・・・やっぱり要りません」
以前にも断られたが、セラはこの宝石に興味はないようだ。
結局シンノスケの手元には、オレンジ色、薄いピンク色、青色の3色の宝石の指輪が残った。
「意外にも指輪は人気がないな・・・」
呟いたシンノスケをリナ、セイラ、ミリーナは冷ややかな目で睨んだが、シンノスケは気付かなかった。