次なる仕事は?
押しかけ乗組員の要求に抗えなかったシンノスケはミリーナを見習いとして受け入れることを承諾する羽目になった。
「今日から仲間に入れていただきます。半人前の見習いですから掃除でも何でもやらせていただきますわ。でも、なにぶんにも世間知らずの身ですから、何でも申し付けてくださいね」
そう言ってマークスとセイラにカーテシーを披露するミリーナ。
「改めて、マークスです。よろしくお願いします」
「セイラです。お願いします」
突然のことだが、マークスとセイラには意外な程にすんなりと受け入れられた。
「2人共、ずいぶんあっさりと受け入れるな」
自分で採用したことを棚に上げるシンノスケ。
「そう言われましてもミリーナさんを採用したのはマスターですし。ミリーナさんが来た時点でマスターは断れないだろうと予測していました」
「私もミリーナさんが来たのでそのままケルベロスの一員になるのだろうと思っていました。私が言うのもなんですけど、シンノスケさんは女性からのお願いを断れませんから」
マークスとセイラから心外な評価をされたシンノスケだが、ミリーナに押し切られたことは事実なので反論することができなかった。
兎に角、ミリーナを乗組員として採用するからには済ませておかなければならない手続きがある。
シンノスケはミリーナとセイラを連れて組合に向かうことにした。
ミリーナの登録手続きを済ませるついでに新しい仕事でも見繕う予定だ。
「あら、シンノスケさん、とミリーナさん?・・・やっぱり、そうなりましたか」
シンノスケとミリーナを見るなり全てを悟った様子のリナ。
「どういうことです?・・・まさかっ!」
「いえ、私は何もしていませんよ。確かにミリーナさんにシンノスケさんが乗組員を募集していないか聞かれましたけど『募集はしていない筈ですけど、直接聞いてみたらどうですか?』って説明しただけですよ」
やはり、リナが一枚噛んでいたようだ。
リナもマークスやセイラ同様にこうなることを見越していたのだろう。
「はい、ミリーナさんの操縦士見習いとしての組合登録証です」
まるで予め準備していたかのようにいつも以上にスムーズに手続きを進めて登録証を発行するリナ。
しかし、こうなっては色々勘繰っても仕方ない。
半ば諦めの境地、半ば現実逃避するようにシンノスケは深く考えるのを止めた。
ミリーナの登録手続きも完了したので、改めて仕事を見繕うことにしたシンノスケだが、組合に出されている依頼のリストの中の1つに目がとまる。
「船団護衛か・・・。依頼主はラングルド商会で、大型貨物船2隻と中型貨物船6隻の船団をダムラ星団公国まで。船団護衛のための護衛艦2隻か・・・」
通常の護衛任務なら護衛対象船2、3隻に護衛艦1隻がセオリーであり、護衛対象が8隻なら護衛艦は3隻は欲しいところだ。
しかし、ラングルド商会が募集しているのは護衛艦が2隻。
1隻当たりの報酬は相場よりも割高だが、護衛艦3隻が必要な任務で護衛艦2隻とは随分と費用をケチったものだ。
こんな依頼は普通の護衛艦乗りならば受けないだろうと考えたが、既に1隻の護衛艦が依頼を受諾している。
「護衛艦ビートル、アンディだと?無茶だ!」
まさかのアンディが依頼を受諾しているのである。
他に誰が依頼を受諾したとしても明らかにリスクが高い。
依頼の条件を確認してみれば、護衛を受ける商人のクラスによって報酬額が決められており、クラスが低いほど報酬の上乗せ率が高くなっている。
護衛艦乗りになったばかりのアンディがその報酬に飛び付いたのかと思ったが、アンディの性格を考えると、それは考え難い。
傍らにいるセイラも同じ考えのようで、何かを訴えかけるようにシンノスケを見ている。
「この依頼、何か変ですわ。何故、船団護衛に掛かる費用を抑えようとするのかしら?これだけの船団です、万が一にも海賊に襲われでもしたら大損害ですわ。少しくらい費用が掛かっても優秀な護衛艦を雇うべきではありませんの?安全に対する費用をケチっては駄目ですわ」
ミリーナの疑問は尤もであるが、実はこの護衛依頼には裏があるのだ。
「これはラングルド商会の手口だよ。護衛艦と違って商船は保険に入れるから、護衛費用を抑える代わりに貨物船と積荷に対してしっかりと保険を掛けているんだ。その上で、見せかけだけの護衛艦で海賊が寄りつかなければよし、万が一海賊に襲われてヤバくなれば貨物船の乗組員は船を捨てて脱出する。真っ当な宇宙海賊は脱出シャトルまでは襲わないからな。で、海賊に船や積荷を奪われたとしてもラングルド商会は完全な被害者だから保険が支払われる。保険の掛け金によっては逆に儲かる程だ」
シンノスケの説明を聞いてミリーナが顔をしかめる。
「いけ好かないですね。はっきり言ってゲスですわ」
「ミリーナの気持ちも理解できるが、ラングルド商会のやり口が間違っているかといえばそうでもない。儲けのためには手段を選ばない悪徳商会だなんて評判もあるが、それは別に犯罪ではないし、意外にも顧客からの評判は悪くないらしい。まあ、顧客の評判まで悪ければ商売は成り立たないが、ラングルド商会が今の規模まで拡大出来たということは、それが商人としての形なんだろう」
ラングルド商会にしてもレイヤード商会にしても、その善し悪しはともかく、商人としての確固たる立場を確立しているのだ。
ミリーナは釈然としない様子だが、シンノスケの説明を理解したらしく、それ以上は何も言わなかった。
しかし、ラングルド商会のやり口はともかく、アンディ達の件はどうにも腑に落ちない。
自由商人がどんな仕事を受けようと、その結果がどうなろうと、全ては自己責任であり、シンノスケが口を挟むことでもないのだが、事情を確認する程度なら問題ないだろう。
シンノスケは試しにリナに事情を聞いてみることにした。
「えっ?アンディさん達が依頼を受けた経緯ですか?それはアンディさんの判断ですよ」
にべもない答えだが、リナは周囲を確認すると声を潜める。
「・・・とはいえ、事情はあるんですよ。それでもアンディさんの自己責任の範疇ですが、実はアンディさん、ラングルド商会に借りがあるんです」
聞けば、アンディは訓練の後直ぐに対空機銃を手に入れようと組合に相談をしたらしいのだが、アンディの予算は新たな機銃を買えるようなものでは無かった。
そこにすり寄ってきたのがラングルド商会だ。
武器も取り扱っているラングルド商会は在庫の対空機銃をアンディに格安で融通することを持ちかけ、それにアンディが飛び付いたのだった。
「融通して貰った手前、護衛任務を断れなかったみたいですよ・・・」
「それは確かにアンディ自身の責任ですね。しかし・・・」
アンディの護衛艦ビートルに対空機銃の増設をアドバイスしたのはシンノスケだ。
それも含めてアンディの自己責任ではあるのだが、どうにも引っかかる。
「で、格安の護衛艦を確保して、もう1隻の依頼受諾を待っているんですよ。でも、経験のあるセーラーさんならこんな仕事を受けようなんて人はなかなかいませんからね。ギリギリになっても受諾者が現れなければアンディさんのように恩を売っておいたセーラーさんを引っ張り出すつもりなんですよ」
なるほど、護衛依頼は出しているが、全ては想定済みということらしい。
その時、セイラがシンノスケの袖を引いた。
「あの、こんなこと言うの凄く生意気だと思うんですけど、私も船員資格を取ってケルベロスの正式なクルーになりました。つまり、私も仕事に対して意見するくらいはいいですよね?」
「勿論だ。最終決定は俺が下すが、何か意見があるならば聞くぞ?」
セイラが何を言おうとしているのか、概ね予想はついている。
「あの、このラングルド商会からの依頼を受ける・・・なんてことは駄目でしょうか?」
セイラの意見にミリーナが目を輝かせるが、そこで言葉を発しないのは見習いとしての立場を弁えたのだろう。
「経験不足のアンディと我々だけで8隻もの船団を護衛するのは危険すぎる。それでも受けたいのか?」
「・・・正直言って私も怖いですが、アンディさん達のことが気になってしまいまして・・・。勿論、依頼を受けたアンディさんの責任であることは分かっています。でも、本当に生意気なんですけど、シンノスケさんなら何とかできるかな?って思います。それに、船団の中にオリオンがいるのも・・・」
ラングルド商会の貨物船オリオンはセイラの初仕事の際に護衛した船だ。
他の商人の船とはいえ、セイラにとって思い入れがあるのだろう。
セイラの言葉にミリーナは無言を貫いているが、自然とセイラの側に立ってシンノスケを見ている。
更にリナに至っては何時でも依頼受諾の手続きが出来るように端末を操作し始めた。
シンノスケはため息をつく。
「はぁ・・・。俺達が仕事を受けるとなれば、それもまた俺達の自己責任だぞ?」
「はいっ!分かっています・・・つもりです」
結果、シンノスケは船団護衛依頼を受けることにした。