押しかけ令嬢
「どういうことですか?」
謎の履歴データが送られてきた翌日、シンノスケのもとに就職希望者本人が押しかけてきた。
シンノスケのドックの端にある事務所でシンノスケの前に座っているのはミリーナだ。
「どうって、シンノスケ様のところで雇っていただきたくて面接にきたのですわ」
ミリーナはさも当然のように話すが、シンノスケにはさっぱり理解できない。
「いや、あの・・・うちは乗組員の募集をしていませんが?」
「分かっていますわ。だからこうして直接お願いにきたんですもの」
ミリーナの言っていることがますます分からない。
「あの、今のところうちの船は人手は足りていますが・・・」
「今は、ですわよね。将来的には副操縦士が必要になるんじゃありません?」
「その可能性は否定しませんが、ミリーナさんは船舶の操縦資格をお持ちですか?」
「事業用のものはありません。でも、民間用クルーザーの免許はありますのよ。ですので、今から私を見習い操縦士として雇い入れて、将来的に事業用資格を取得したら本採用していただければ結構ですわ」
まさかの操縦士見習いの押しかけだ。
セイラの見習いが終わったばかりなのに新たな見習いを雇えと無理を言ってくる。
「そもそも、マーセルスさん達はどうしました?」
「マーセルス達には新しく手に入れた屋敷の管理を任せています。帝国から持ち出してきた宝飾品やその他の財産で屋敷を手に入れた上、彼等4人を雇い入れることも十分に出来ますので、彼等は私が雇用しましたの」
「それだけの財産があるならばミリーナさんが無理に働く必要はないのでは?」
「あら、労働は尊いものですわ。世間知らずの私でもその程度の感性は持ち合わせていますのよ。それに、私とマーセルスはなるべく一緒に居ない方がいいので、私がシンノスケ様に雇い入れられるのも都合がいいのです」
「何故マーセルスさんと一緒に居てはいけないのですか?」
シンノスケはミリーナとの会話に流されて後戻りの出来ない致命的な質問をしてしまった。
「あら?言っていませんでした?私とマーセルスは帝国に命を狙われていますのよ」
「はっ?」
「まあ、私は正式に帝位継承権を放棄して亡命した身ですから帝国からも大して重要視されていませんが、マーセルスは別です。マーセルスは帝国の宮廷を裏切った男ですからね」
「・・・はっ!(マズい、これは俺が知るべき情報ではない)あのっ、ミリーナさん・・・」
「マーセルスは私が覚醒した際に宮廷から派遣された役人で、私の監視役でした。ただ、彼は宮廷内に漂う不穏な空気を察知し、私を守るために帝国を裏切ったのですわ」
世の中には知らない方がいいことはある。
しかし、ミリーナはそれをシンノスケに伝えてしまった。
シンノスケを巻き込む気が満々だ。
「ミリーナさん、そういうことは一介の自由商人に伝えるべきではないのではありませんか?」
「あら?水くさいですわ。私とシンノスケ様の仲ではありませんか」
(どんな仲だよ・・・)
「それに、マーセルスの安全はしっかりと確保しましたの。ですからシンノスケ様はそんなに心配しなくても大丈夫ですわ」
聞けば、ミリーナが手に入れた屋敷というのがサリウス恒星州中央コロニーの中心部、宇宙軍第2艦隊司令部や中央警察局等が密集している地区で、かつて軍の高官の私邸だった屋敷を買い取ったということらしい。
つまり、周辺の治安が抜群で、マーセルス達を狙うにしてもリスクが大き過ぎるというわけだ。
「なら、なおのことミリーナさんが危険な護衛艦に乗る必要はないでしょう?」
「護衛艦である必要はありませんが、長い航行に出るということが大切なのです。私もマーセルスも狙われる確率が低いとはいえ、一緒に居たのでは纏めて狙われてしまいます。だから私達は一度に狙われないようにする必要がありますの」
「その理由は?」
「私は亡命した身ですから、国際法に従ってリムリア銀河帝国の不利益になるような言動はしません。ただ、帝国が法を犯して私かマーセルスを亡き者にしようと企み、それを実行したならば・・・それが2人同時でない限り、残された1人は帝国宮廷の根幹となる能力覚醒者の秘密を全世界に暴露することになりますわ」
とんでもない情報をぶち込んできたミリーナ。
これ以上ミリーナに付き合うとろくなことにはならない、というか、既に手遅れだ。
シンノスケが知ってしまったという事実を覆すことはできない。
「ミリーナさん、そのような重大な事実を私に背負わせるとは、貴女はズルい人だ」
少しばかり怒りを覚えつつも冷静を保つシンノスケ。
ミリーナから突き付けられた難題に対してどのような選択をすべきかを思案する。
「本当に大したことではありませんの。私達が狙われる可能性は極めて低いのですから」
「それが駄目なんですよ。良いにせよ、悪いにせよ、『可能性が低い』というのは、『それを引き当てる可能性が高い』ということです」
「なんですの、それは?」
「アクネリア銀河連邦宇宙軍の非公式軍規に定められていることです」
「ひこうしきぐんき?変な規則ですわね。でも、まあ本当に大丈夫ですわ。この話をわざわざしたのはこれから共に宇宙に飛び出すシンノスケ様に隠し事をしたくなかったからですわ」
「そういうことは採用されてから言ってください」
「あら?私を雇ってくださいませんの?」
心底不思議そうに首を傾げるミリーナ。
断られることなど微塵にも考えていないようだ。
「大した自信ですね」
「自信というものではありませんの。私は知っているのですわ」
ミリーナの額の目が開いた。
「私はシンノスケ様の船に乗るって、知っていますの」
ミリーナの能力故のことなのだろうか、自信に満ちた表情だ。
「しかし、当の私は決断を下していませんよ。どちらかというと、どうやって断ろうかと思案しているところです」
「あら、それではセイラさんが可哀想ではありませんの?」
ミリーナは突然アプローチを変えてきた。
「セラが?どうしてです?」
「だって、長い航行に出ている間、まだ若いセイラさんはシンノスケ様とマークスさんに囲まれて女の子1人で大変なのではありませんか?ならもう1人くらいは女性クルーが居た方がセイラさんの精神安定上良いのではありませんの?」
急に現実的なことをぶつけられ、シンノスケが僅かに動揺する。
それをミリーナの額の目は見逃さなかった。
「今、もっともな話だと思いましたわね?さあ、決めてしまいましょう。必ずお役に立ちますわ」
ミリーナの能力の読心だ。
予知もそうだが、読心の能力を発現されては交渉では極めて不利で、勝ち目は低い。
シンノスケはため息をつく。
「見習いとして給料は一般的な4等船員の半額。私とセラに対して承諾を得ずに能力を使わないこと。この条件でよければ・・・」
「問題ありませんわ。よろしくお願いします。・・・ところで、シンノスケ様とセイラさんに対して能力を使わないことは分かりましたが、マークスさんは?」
「マークスはどうでもいいです。むしろ読心出来るならやってみてください」
シンノスケはミリーナを相手に完全に敗北した。