自由商人シンノスケ・カシムラ
銀河世界において、宇宙船は人々が生存する上で必要不可欠な存在だ。
銀河国家間はもとより、一国家の中でも人々が住む惑星やコロニー間を行き来する交通手段であり、様々な物資を運ぶ輸送手段、国の主権を守る戦力、人々の暮らしを豊かにする娯楽と様々な用途で運用されている。
20メートルクラスの個人用の小型クルーザーから全長が数百メートルに及び、数十万トンの貨物を運送する超大型船まで、様々なサイズや能力の艦船が広大な宇宙を航行している。
そんな中でシンノスケのケルベロスは全長85メートルのコルベットで、軍用艦としては比較的小型の船である上、船体の大半を動力や武装に占めているため、高機動、重装備である反面、ペイロードは30トン程度、武装の一部を降ろしても積載能力は50トンにも満たないことから自由商人の船としては中途半端な能力であることは否めない。
乗組員は1名から5名が基本だが、居住空間は個室が3室、2人部屋が2室あり、その他に浴室や自動調理機が備えられていて、ある程度の制限はあるが、長期間の航行にも支障が無く、現にシンノスケはサリウス恒星州のコロニーに拠点を構えはしたが、コロニー内に住む予定は無く、ケルベロス艦内で寝泊まりする予定だ。
そんなシンノスケが自由商人として登録したのがサリウス恒星州の自由商船組合である。
銀河国家にはサイコウジ・カンパニーのような大規模な企業や組織が数多くあり、莫大な資金と組織力で経済の中核を担っているが、全ての銀河の貿易や流通等を大企業だけが独占しているわけではない。
大企業が手を出さない小規模なものや、危険が伴う仕事等は各地の商船組合に依頼され、組合に登録している自由商人がそれらの仕事を請け負っている。
つまり、商船組合とは仕事を依頼する依頼人と自由商人を仲介する組織なのだ。
その商船組合に登録し、自由商人としての道を歩み始めたシンノスケだが、組合に登録したからといって何がどうなるものでもない。
とにかく仕事をしなければ稼ぎにはならず、それどころかケルベロスを専用ドックに停泊させているだけで莫大な費用が掛かるのだ。
とにかく仕事をしなければ何も始まらない。
自由商人としての仕事の仕方は2つあり、1つは自分が持つ資格で許された活動範囲内で自分の判断で自由に商取引や貿易を行うこと。
大きな儲けを見込める反面、リスクも大きく、全ては自己責任だ。
もう1つは組合に出された様々な依頼から自分の実力と自分の船の能力に見合った依頼を受けること。
組合が仲介している分、契約で示された報酬以上の儲けを見込むことができないが、契約上のリスクやトラブルは少なく、着実に稼ぐことができる。
そして何より、組合に出される依頼は非常に多く、選り好みしなければ仕事に困ることは無い。
どちらも一長一短あるが、商人としての経験もノウハウも無いシンノスケは組合の仕事を引き受けて経験を積む必要があるので、早速仕事を受けるべく組合を訪れてみた。
組合に依頼された仕事はネットワーク上に公開され、自由商人が持つ端末からでも請け負うことができるが、多くの商人は組合の窓口に出向いて直接手続きをしている。
窓口の職員と対面で手続きをし、その際の些細な雑談からでもネットワークに公開されていない情報等を入手するためだが、シンノスケの場合はそれに加えて新米の商人として組合の職員からアドバイスを受けようという魂胆があった。
シンノスケとマークスが組合に顔を出すと、受付のカウンターで組合職員のリナと大男が何やら揉めている。
「護衛艦が出られないってのはどういうことだ?」
「申し訳ありません。予定していたセーラーさんが別の依頼で船を大破させてしまいまして・・・」
「こっちは1ヶ月も前から依頼を出して準備していたんだぜ!契約金も納めてあるってのに今日になって出航できないなんてことあるかっ!代わりは手配出来ないのかよ?」
「それが・・・急なことでして、護衛艦を持つ他のセーラーさんに打診してみたのですが・・・。申し訳ありません、納めていただいた契約金は返納しますので・・・」
「それじゃどうにもならないんだよ!今回はアステロイドベルトの潮目がいい稼ぎ時なんだ!その分危険もデカいから借金までして高い契約金を用意したんだぜ?仕事に出られなきゃ俺達は大赤字どころじゃねえ、破産するしかないんだよ」
どうやら護衛艦を依頼した契約上のトラブルが起きているらしい。
シンノスケはマークスに目配せするとカウンターに近づいた。
「どうしたんですか?」
シンノスケが声を掛けるとリナに詰め寄っていた大男が振り向いてシンノスケを訝しげに見たが、シンノスケが着ている艦長服を見て目の色を変えた。
「その服、あんた護衛艦持ちか?」
男の迫力に一歩退きながらシンノスケは頷く。
「はい、自由商人としてはまだ新人ですが、護衛艦資格とコルベットを持っています」
ライセンスを示すシンノスケだが、ふと気がつくと目の前の大男の他に7人の男女に取り囲まれている。
「俺はグレン。仲間の此奴等と組んでトレジャーハンターをやっている。と言っても俺達が狙うのはレアメタルや燃料等の元になる物質で、トレジャーハンターなんて格好つけているが、平たく言えば採掘職人だ」
大男はグレンと名乗った。
「それで?グレンさん達は護衛艦が必要だということですが?」
「そうなんだよ!俺達が餌場にしているのは大企業が手を出さないアステロイドベルトの中だ。アステロイドベルトの中は大型船による採掘作業はできないし、大規模採掘作業に比べて実入りも少ない。そこで俺達のような小規模なハンターの出番ってとこだが、俺達がお宝を狙っているように、俺達のお宝を狙う奴等も出てくるってわけだ」
「所謂宇宙海賊のような連中に狙われるということですか?」
「そうだ。奴等はアステロイドベルト内に潜んで俺達がお宝を掘り当てるのを狙っている。採掘作業は特殊な機材が必要だし、技術も必要だ。海賊なんてやっている連中はそんな技術も無く、努力もしないで、俺達が掘り当てた物を奪い取ることしか考えてないんだ」
グレンの説明にシンノスケも頷く。
勤勉な者や努力家なら宇宙海賊に身をやつしたりしない。
「それで、急ぎ護衛艦が必要だということですか?」
「話が早い。俺達の餌場のアステロイドベルトは何百年もの周期を掛けて流れ続けている大運河だ。そのアステロイドベルトには数年に一度レアメタルを豊富に含む小惑星の一団が流れてくる稼ぎ時がある。俺の経験と勘で1ヶ月以上前からこのチャンスが来るのを嗅ぎつけていてな、腕っこきのセーラーを予約していたんだよ。当然危険な仕事だから契約金割り増しでな」
「借金までして、ですか?」
「まあな。自分で言うのもなんだが、本当の俺達はもっと羽振りがいいんだぜ。だが、前の仕事でヘタこいてしまってな。新しい採掘艇を買うのに蓄えの殆どを使っちまった。だからこそ今回の潮目を逃すわけにはいかないんで無理をして契約金を捻出したんだ。今回の仕事が上手くいけば契約金の借金は簡単に返せるし、前回のヘマの損失の補填にもなる筈だった。だがその矢先に肝心の護衛艦が出られないって、非道い話だろう?このままでは俺達は護衛なしで採掘に出なければならないが、丸腰の採掘船団など宇宙海賊に取っちゃご馳走以外の何物でもない。そうなれば俺達は破産どころか、宇宙の塵だ・・・クッ!」
グレンはわざとらしく泣いているふりをしているが、明らかにわざとだ。
そんな泣き落としに引っかかるようなシンノスケではないが、シンノスケがこの仕事を引き受ける選択肢はある。
シンノスケはマークスを見た。
「どう思う?俺達だけでやれると思うか?」
マークスがグレンに尋ねる。
「採掘船団とのことですが、我々はどの程度の期間、何隻の船を守ればよいのですか?」
グレンは泣いたふりを止めて顔を上げた。
「船団なんて言ってるがチンケなものだ。中型の採掘母船と採掘艇2隻、探索船1隻のチームだ。採掘艇2隻は母船に格納して現場まで移動するから、現場との行き来の時は採掘母船と探索船の2隻、採掘作業中は採掘艇2隻を加えて4隻を護衛してほしい。期間は、現場までは片道3日程。採掘作業は交代しながらぶっ通しで2日から3日間。俺達も海賊に狙われたくないからリスクは最小限にしたいからな。まあ、10日もあれば帰ってこれる」
グレンの答えを聞いたマークスはシンノスケを見た。
「10日間の連続業務ですが、私は休息を必要としませんので、マスターと私の2人でも遂行可能です。宇宙海賊との戦闘という不確定要素を含めれば楽観視はできませんが不可能ではありません」
シンノスケも頷く。
「慣れない輸送や貿易よりも多少の危険はあっても護衛任務の方が初仕事にはいいかもな」
シンノスケとマークスの会話を聞いたグレンがシンノスケの手を握る。
「頼む、引き受けてくれ!」
グレンだけではない、グレンの仲間達もシンノスケとマークスを包囲して逃そうとしない。
最早断れない状況だ。
「分かりました。依頼を受けましょう」
シンノスケの返答にグレンは抱きつかんばかりの勢いだが、正常な感覚の持ち主のシンノスケはそれを躱す。
「ありがたい!早速で悪いが、直ぐにでも出発したい。大丈夫か?」
「分かりました。契約手続きをして直ぐに出港しましょう」
シンノスケは受付カウンターで心配そうに様子を窺っていたリナに声を掛ける。
「グレンさんの依頼、私が引き受けます」
リナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。契約不履行は組合の信用にも関わりますので、引き受けていただいて本当に助かります。危険を伴う依頼ですが、宜しくお願いします」
半ば安心、半ば心配の複雑な笑顔で契約手続きをするリナ。
リナ・クエストは自由商船組合の職員となって5年、27歳独身の中堅職員だ。
やりがいのある充実した日々を送っており、自分の仕事に誇りを持っている。
組合の仕事は依頼者からの依頼を受けて自由商人にそれを斡旋する橋渡しとしての役割であり、組合を通すことで適切で公正な取引を維持し、それが様々な人々の生活を守っているのだ。
とはいえ、護衛業務に限らず、宇宙船乗りの仕事は常に危険と隣り合わせで、仕事を受けて宇宙に出た者が帰らないことも珍しくはない。
それこそ組合に登録し、初めて受けた仕事に出てそのまま・・という船乗りも何人も見てきた。
それでも仕事は次々と持ち込まれ自由商人の仕事も尽きることはない。
組合職員は仕事を受けて危険な宇宙に漕ぎ出してゆく彼等を見送ることしか出来ないのだ。
故にリナは仕事に慣れてはいけない、惰性に流されることも、戸惑うことも許されないと自分を律して、毎日笑顔でカウンターで仕事に就いている。
そして、旅立つ船乗りに対しての言葉を欠かさない。
「いってらっしゃい!」
リナはシンノスケとマークスを笑顔で送り出した。
グレン達が一刻も早く出航したいと言うのでお互いの自己紹介や細かい打ち合わせは後回しにし、シンノスケ達は直ちに出航することにする。
「港湾局管制センターと商船組合のドック管理室に出航申請・・・受理されました。いつでも出航できます」
総合オペレーター席のマークスからの報告を受け、シンノスケは艦のメインエンジンを起動した。
「ドック管理室、ケルベロス出航する。気密ハッチ解放!」
シンノスケの要請で専用ドックのハッチが開き、ケルベロスを乗せた船台が出航位置に移動する。
「船体ロック解除、ケルベロス出航!」
シンノスケはスラスターを噴射させ、操舵ハンドルを引いた。
ケルベロスが船台を離れる。
シンノスケとマークスの初仕事が始まった。
書き溜めていた分は本話で出し切りました。
次話以降は投稿の頻度が落ちると思いますがご容赦ください。
2、3日から少なくとも1週間に1回の投稿は維持したいと思います。
今後ともよろしくお願いします。