うねりの始まり
「私をシンノスケさんの船の正式なクルーとして雇ってください」
シンノスケのドックに戻ってきたセイラはシンノスケとマークスを前に頭を下げた。
「何ごとですか?マスター」
事情を知らないマークスがシンノスケに尋ねる。
「実は・・・」
シンノスケはセイラが船乗りとしての資格を取得したことと、その後の経緯について説明した。
「それは・・・マスターが悪いです」
「えっ?俺はただ、資格を取ったならば、あらゆる選択肢がある、ということを伝えただけだぞ?」
「言い方の問題です。マスターの説明では真面目なセイラさんは『ケルベロスを降りろ』と捉えてしまいます」
マークスの言葉にセイラは頷く。
「しかし、俺はケルベロスを降りろなんて一言も・・・」
「ですから、言い方の問題です。『降りろ』と言ってなくても『このままでもいい』という選択肢を示していないではありませんか?そういう大切なことは最初に伝えないとセイラさんは不安になってしまいますよ」
セイラは何度も大きく頷く。
「確かにそうかもしれないが・・・」
「そういうところが欠落しているんですよマスターは」
「マークス、そんなに呆れるなよ」
「確かに私は今、呆れています。最近覚えました。マスターの言動に対して違和感を覚えていることについて、最初はシステムのバグかと思いましたが、これが呆れているというものだと理解しました」
「お前、そんなこと学習したのか?」
「あらゆる意味でマスターに教わりました。特にマスターの考え無しに短絡的な言動について私は呆れているのです」
「おい、ちょっと厳しくないか?そこまで悪く言わなくても・・・」
「まだ学習したばかりで、言語化するのに正しい選択肢が確立していないのです。そんなことよりも!セイラさんにしっかりと伝えてあげてください。そちらの方が最優先です」
マークスの言葉にひたすらに頷くセイラ。
「あ~、セラ。説明不足ですまなかった。別に俺達の船から降りる必要はない。セラが正式なクルーになりたいというなら俺達はセラを受け入れる。それも選択肢の1つだ」
セイラの表情がパッと明るくなる。
「よろしくお願いします。私、一生懸命頑張ります」
「ああ、セラがいてくれた方が俺達も助かるからな。よろしくな」
セイラとシンノスケのやり取りを見てマークスは満足げ?に頷いた。
「そういうことを最初に言わないのが悪いんですよ。セイラさん、マスターは一事が万事このとおりのお方です。厄介ですが、ご理解ください」
「はい!」
急に疎外感を覚えるシンノスケ。
「何だ、俺・・・叱られているのか?それとも単なる悪口か?」
「両方ですよ」
シンノスケはマークスに何も言い返すことが出来なかった。
こうして、セイラは無事に護衛艦ケルベロスの正式な乗組員となったのである。
セイラの正式採用と時を同じくして、リムリア銀河帝国宮廷では大きな事件が発生していた。
皇帝が突如として崩御したことを発端に、帝位継承権者が次々と謎の死を遂げたのである。
死亡した帝位継承者の数は5名。
帝位継承権第2位を有する皇子と継承権第4位の皇女を始めとし、直系や、そうでない継承順位が低い者も含まれている。
そんな混乱の中で帝国の新たな皇帝の座に就いたのは帝位継承順位第3位だった皇子ウィリアム・アル・リムリアで第1皇子を退けての強引な即位宣言だ。
この即位は陰謀渦巻く宮廷闘争の結果であることは誰の目に見ても明らかであったが、リムリア銀河帝国内ではそのことについて糾弾する動きは皆無だった。
実際には宮廷内や市民の間でも複数の声は上がったが、その当事者がことごとく事故死や不審死を遂げたり、行方不明になったり、直ぐにそのような動きは息をひそめたのである。
こうしてリムリア銀河帝国で皇帝の交代劇が繰り広げられたが、これはまだリムリア銀河帝国内でのことであり、他の銀河国家に影響が出るのはまだ先のこと。
それどころか、第1皇子や他の帝位継承者が健在である以上、玉座を巡って争いはまだ終わってはいない。
そのような争いが残る中での第3皇子の即位宣言。
これでも、今はまだ大きなうねりを呼ぶほんの小さな波でしかなかった。
リムリア銀河帝国における新皇帝即位の情報はアクネリア銀河連邦にも届き、シンノスケも知るところとなったのだが、シンノスケはあまり興味がなかった。
「紛争でも始まれば俺達の仕事にも影響はあるだろうが、今のところはそこまではいっていない。それならば、俺達は俺達の仕事をするだけだ」
ケルベロスの修理が終わったシンノスケは新たな仕事に取り掛かろうとしている。
とりあえず、ダムラ星団公国のレイヤード商会との取引でもしようかと考えていた矢先
・・・ピコッ!
シンノスケの情報端末の通知音が鳴った。
「ん?何だ?」
確認したところ、たった今セイラを正式採用したばかりで、乗組員の募集もかけていないのにシンノスケの下への就職希望の履歴データだ。
「なんだこれ?」
それは、シンノスケが意図しないまま、シンノスケの運命が大きく動き始めたことを告げる通知だった。