船乗りとしての自立
「損傷率35パーセントを超えました」
リナの声がブリッジに響く。
ザニーのパイレーツキラーだけでなく、シンノスケの戦闘艇が追撃に加わったことでアイラの計算が狂ってしまった。
「予想以上にやるじゃない!でも、ここでやられるわけにはいかないのよ!」
おかげでA884の損傷率が予想を上回っている。
「到達目標地点まであと少しです」
「あーっ!今にもキレそうだわ!でも、最後まで逃げ切ってみせるわよ!それまでは、想定終了までは我慢しなきゃ!」
アイラのストレスも最高潮だ。
アイラの怒りが沸騰しつつあることなどいざ知らず、調子に乗っているザニーと、生真面目にも最後まで手を抜かないシンノスケ。
動機は違えど2人の目的と行動は一致している。
「最後の仕上げだ、逃がしゃしねえぜ!シンノスケ、目標の前を塞げるか?速度を落とさせれば俺が撃沈してやる!」
「了解、やってみます」
シンノスケは更に速度を上げ、A884を追い抜いてその前方に回り込んだ。
A884のブリッジでも進路を塞ぐ戦闘艇を捉えていた。
「アイラさん、敵船が進路を塞いでいますよ」
「だから何だっていうのよ」
リナの言葉を意に介さないアイラ。
「いや、ちょっと危険なんじゃないかな~って・・・」
「大丈夫よ。あんな小さな戦闘艇を蹴散らしたところで私の船はびくともしないわ」
「でも、それだとシンノスケさんが・・・」
「私の道を塞ぐシンノスケが悪い!」
アイラはスロットルレバーを更に押し込む。
ラストスパートだ。
「シンノスケさん、逃げて~っ!」
シンノスケには届かないリナの声がブリッジにむなしく響き渡った。
狙いどおりA884の前方を塞いだシンノスケ。
「まさか、突っ込んでくるのか?」
全く速度を落とす様子がないA884に戦慄する。
その時シンノスケは確かに聞いた。
『逃げないと弾き飛ばすわよっ!』
『シンノスケさん、逃げて~っ!』
通信回線が開かれていない筈のA884からのアイラとリナの声を。
「うわわっ!」
慌てて回避するシンノスケと強行突破するアイラ。
『シンノスケ!逃げるんじゃねえよ!』
目標地点の目前、ザニーのパイレーツキラーがA884の追跡を続ける。
「いや、マジでヤバかったですよ!アイラさんの目が本気でしたもん!」
混乱してわけの分からないことを言うシンノスケだが、それでも反転して2隻の後を追い始める。
目標地点が近づいてきた。
A884の損傷率は38パーセント、ぎりぎりだ。
「目標地点に着けばいいのね?」
「はい。ポイントを通過すれば全想定終了です」
「その後は我慢しなくていいのね?」
「はい。・・・えっ?」
A884は目標地点を駆け抜けた。
「よしっ、私達の勝ちよ」
「想定終了です」
その直後、ザニーの砲撃が命中し、損傷率が42パーセントになったが最後の最後でアンディとアイラ達の勝ちだ。
アイラはA884を反転させた。
「あーっ!畜生、仕留め損なったぜ!」
もう一歩のところでA884を取り逃がしたザニーが歯噛みする。
『仕方ないですね。まあ、アンディ達の訓練の目的は達成されました。これはこれで上出来ですよ』
速度を落とすザニーのパイレーツキラーとシンノスケの戦闘艇。
その時、ザニーが異様な気配に気付く。
「・・・おいっ、何でA884がこっちに向かってくるんだ?」
『えっ?』
シンノスケとザニーは今度こそ間違いなく聞いた。
強制的に繋がれた通信回線から響くアイラ達の声を。
『あんたら!よくも好き勝手してくれたわねーっ!』
『アイラさん、撃っちゃダメ~ッ!撃つならせめて出力を絞ってぇ~っ!』
「おいっ!A884の主砲がこっち見てないか?」
『主砲だけじゃありませんよ!色々こっち睨んでます!よく分からないけど、マズいです。逃げた方がいいですよ!』
『逃がしゃしないわよ!全砲門、斉射!』
『シンノスケさん逃げてぇ~っ!』
「何でシンノスケだけなんだよ!」
『そんなことどうでもいいですよ!逃げますよっ!』
ザニーとシンノスケは反転して逃げ出した。
ブチ切れたアイラにより攻守を交代しての延長戦が始まったのである。
想定終了から遅れること約1時間。
ダグのシールド艦とビートルが目標地点に到着した。
「何をやっているんだ彼奴ら?」
『さあ、訓練終わってますよね?』
想定外の想定訓練を目の当たりにしたダグ達は首を傾げる。
足が遅く、最後の追撃戦に参加しなかったダグは無事に難を逃れたのである。
逃げ回るシンノスケとザニーを追い回し、いたぶり倒したアイラの気が済むのに要した時間はたっぷり2時間。
シンノスケとザニーは仮に宇宙海賊になったとしてもアイラの船だけは絶対に襲わないことを心に刻んだのである。
アイラの気が済んで本当の意味で全ての訓練が終了し、アンディ達は中央コロニーに帰港した。
「「今回は本当にありがとうございました」」
訓練に協力したシンノスケ達を前に頭を下げるアンディとエレン。
「まあ、こんなに意地悪い宇宙海賊は他にいないから自信を持っていいんじゃない?」
「自信はいいが己惚れは駄目だぜ。出来ることなら初めの間は他の護衛艦との共同任務がいいぜ。俺達なら何時でも相談に乗るぜ」
アイラとザニーのアドバイスを受けるアンディ。
「ありがとうございます。あと、シンノスケさんに言われた機銃の増設も考えてみます」
アンディの言葉にシンノスケは頷く。
これでアンディ達の訓練は無事に終了。
シンノスケはもうセイラを見た。
「セラもお疲れさま。頑張ったな」
「はい。ありがとうございます」
シンノスケに褒められたセイラも笑顔を見せる。
そんなセイラをシンノスケはリナの待つ受付に連れていった。
「シンノスケさん。今回の訓練への協力、ありがとうございました。それと、手続きは済んでいますよ」
そう言いながらセイラを見るリナ。
「手続き?何のですか?」
首を傾げるセイラの前にリナは2枚のカードを差し出した。
「おめでとうございます、セイラさん。貴女は船員資格取得に必要な乗船時間1000時間と、乗務時間300時間をクリアしました。船員資格証と自由商船組合の登録証を発行します」
差し出されたのはアクネリア銀河連邦サリウス州港湾局発行の4等船員資格証と黒く縁取りされた自由商船組合の登録証だ。
「えっ?あの、でも、私・・・シンノスケさんの船に乗ってまだそんなに・・・」
確かにセイラがシンノスケの下に見習い船員として採用されてからそれ程期間は経っていないが、これには理由がある。
多くの生徒を抱え、実習航行も小分けにて実施しなければならない船舶学校と違い、実際の商船での勤務だと1回の仕事でも1週間以上の航行はざらであり、必然的に乗務時間もどんどん蓄積される。
セイラもシンノスケのケルベロスに来て2ヶ月程だが、その殆どの時間をケルベロスでの航行に費やしていた。
そして、今回、アンディの護衛艦に乗務したところで資格取得に必要な規定時間をクリアしたのだ。
これでセイラは1人の船乗りとして認められたのである。
「今日でセラの見習いも終了だ。これから先、セラは自分の人生について自分の責任において自由に選択できるぞ」
「えっ?」
「危険ばかりの護衛艦でなく、旅客船や貨物船、観光船等、選択肢はいくらでもある」
「えっ?それって・・シンノスケさんの船を降りろってことですか?」
「それも選択肢の1つだ」
「あの、私は・・・」
「なんだ嬢ちゃん、資格が取れたのか?ならちょうどいい、俺達の船に乗らないか?」
「何を言ってるのよ。貴方達みたいなむさ苦しい男の船になんか好き好んで乗る子なんていないわよ。それなら私のA884に乗りなさいよ。女同士仲良くやりましょ」
「だったら、俺達のビートル号も・・・」
突然ザニーやアイラ達にスカウトされるセイラ。
「あの、私は・・・シンノスケさん、助けてください~っ!」
皆にモテモテで困っているセイラの様子を見るシンノスケとリナ。
「助けてあげないんですか?」
「セラが自分で選択することです。職業選択の自由は法で認められた権利ですからね」
シンノスケは笑った。